社会的養護のなかで暮らすことに不幸はなく、不幸だと思わせている社会にこそ、不幸がある。
■ プロローグ ― パッチ・アダムスとの出会いが、私の“原点”
強羅暁の星園(旧白百合園)は、今年でおよそ80年の歴史を迎える児童養護施設です。
私は縁あって、この施設の施設長を任せていただきました。しかし、就任当初から施設は老朽化の課題があり、建て替えに向けた施設長としての「ビジョン」が求められました。
「自分は、どんな施設をつくりたいのか?」
「子どもにとって、本当に幸せな場所とは何か?」
その問いに向き合う中で、気づけば私は“原点”に戻っていました。
私が福祉の世界に入った理由。その核にあったのは、パッチ・アダムスという一人の医師です。
映画『パッチ・アダムス』でも知られている彼は、「笑い」と「愛」と「文化」で人を治療する、世界的な医師で2021年にはノーベル平和賞にもノミネートされた社会活動家です。私は医者になるほど頭は良くないけれど、傷ついた子ども達に「笑顔」を提供できる保育士になってみたい、そう思ってこの仕事を選んだのです。
令和3年施設長になった年、私はパッチ・アダムスが日本で活動する際に支援されている「Clown One Japan」の代表を務める金本麻理子さんと出会い、その後にパッチご本人と直接交流する機会をいただきました。パッチ・アダムスの思想に感銘を受け、児童養護施設職員になり、これからも子ども達と笑顔で繋がる児童養護施設を築いていきたい思いを記した写真付きの手紙を渡すと後日、彼から一通の手紙が届きました。
そこにはこう書かれていました。
「あなたの深い夢は、希望に満ち、愛に満ち、そして面白さに満ちている。」
「すべての人が楽しめるようにしてください。
そうすれば、子ども達は思いやりのある、楽しい大人に育ってくれる。」
私は、その手紙を読んだ瞬間、自分の中で迷っていたものがすべて消えていくように感じました。
「そうだ。子どもの未来を本気で守る場所は、“笑顔”と“楽しさ”を中心に据えなければならない。」
この言葉が、私の理念の出発点になりました。
■ 私の25年 ― 男子棟、幼児棟、女子棟、そして施設長へ
私は20代の頃から社会的養護の現場に立ち続けてきました。
最初は男子棟からスタートし、その後幼児棟、女子棟を経験し、全体運営に携わるようになりました。
25年間、何百人もの子どもたちと出会い、笑い、泣き、悩み、喜び、そして巣立ちを見送ってきました。
その中で、私は一つの確信にたどり着きました。
「社会的養護のなかで暮らすことに不幸はなく、不幸だと思わせている社会にこそ不幸がある。」
子どもは「可哀想な存在」ではありません。
子どもは、可能性の原石です。
ただ、出会うまでに傷つきすぎただけ。
本当は誰よりも強く、優しく、面白く、輝ける力を持っている。
私たち養育者に必要なのは「良い子に育てることではなく、良い大人に育てること」 です。 そのための環境を提供し続けることこそ、児童養護施設の使命だと考えています。
■ Wellbeing ~笑顔で繋がる文化から、可能性を創造し続ける~
パッチ・アダムスとの交流から生まれた、私の理念がこちらです。
すべての子どもが“自分らしさ”を育み、人と繋がる喜びを感じながら、
社会で自立していける子を養育する。
管理ではなく養育を。
安心・安全を土台に、「笑って暮らせるあたりまえ」を提供し続けること。
この理念は、大きく5つのエッセンスからできています。
① 笑顔で繋がる
笑うことは、無理をしても、1人でもできる。
でも「笑わせること」や「笑顔で繋がること」は相手を深く理解し、尊重し、思いやることができてはじめて成立する。悪ふざけでは成し得ることができない高度な関わりです。
② 文化(Culture)
文化とは「人類の理想を実現していく精神の活動」。
私たちは「子どもが笑って暮らせるあたりまえ」を実現するために文化を育てます。
③ 可能性(Children)
子どもは可能性の原石。
ダイヤモンドのように輝かなくていい。
その子が“その子らしく輝けるよう沢山の大人の思いと手で磨き続ける。
④ 創造(Create)
時代が変わるなかで「ユーモア」と「新しさ」で未来をつくり続ける。
⑤ 続ける(Continue)
児童養護施設で出会った子ども達とは一生涯、必要としてくれる限り伴走します。
子育ては良い子どもに育てる仕事ではなく、良い大人に育てる仕事。
ーどんな大人になって、子どものうちにどんな支援が必要だったかー
アフターケアからインケアを見直し続けることで施設の養育は成長を続けます。
■ 「それは楽しいことなのか?」という問い
パッチ・アダムスが直接くれた言葉の中で印象深い言葉。
「その選択は、本当に楽しいことなのか?」
子どもにとって、職員にとって、施設にとって。
すべての判断基準がこの問いのなかにあります。
- 子どもにとって楽しい生活か?
- 職員にとって楽しさやゆとりのある環境か?
- 支援は“笑顔で繋がる”方向に向いているか?
- この選択は未来の可能性を広げているか?
「楽しい」は軽い言葉ではありません。
楽しさとは、希望・安心・信頼・ユーモア・文化 が揃ってはじめて成立する環境です。
私は今、職員にも、自分自身にも、常にこの問いを投げかけています。
「それは楽しいことなのか?」と。
■ 基本方針 ― 子ども・支援・職員・施設・社会を、物語として語る
① 子ども(顧客)
子ども達と1分でも1秒でも長く笑顔で繋がれる時間を共有したい。
子どもは可能性の原石であり、笑顔の中から創造力が育まれる。
② 支援(商品)
笑いは医学的にも認められた誰にでも効く最高の万能薬。
「笑い合う」のではなく、「相手の身になって笑顔で繋がる」支援を行う。
③ 職員(社員)
笑わせるには準備・ゆとり・規律・協調性・礼節が必要。
そのためにはまずは自分自身をケアできていること。そして身近な家族、友人その他大切な人もケアできてこそ、支援の輪が社会的養護で暮らす子ども達にも届くのです。
④ 施設(会社)
すべての指標は「それは楽しいことなのか?」にある。
集団なのでスポーツ同様にルールはあります。でもそのルールは職員にとっても子どもにとっても安心と安全に繋がるルールなのでしょうか。
「管理ではなく養育を」一緒に悩み考える日々にこそ成長があります。
⑤ 地域・社会
孤立する家庭や社会の中で、児童養護施設で子ども達1人1人に行っているチームアプローチの手法は地域を救う力を持つ。
「支援される施設」から「地域を支援する施設」へ。
■ エピローグ ― 手紙の最後に書かれていた言葉
パッチ・アダムスからいただいた手紙の最後に、こうありました。
「子どもたちを勇気づけ続けてください。
あなたは間違いなく、それができる人です。
幸運を祈ります! 興奮する、ヤッター!!」
私はその言葉を、何度も読み返してきました。
そして、強く私の心にあるもの。
「好きで施設で暮らしているわけではない子ども達に、1分1秒の笑いを提供する」
「巣立った子にとって“もうひとつの故郷”である施設を守り続ける」
「私達が提供し続ける”あたりまえ”とは何なのか。不適切な養育をせざるを得なくなった地域家庭の孤立に挑み、変わりゆく時代のなかで支え合う文化を継承する」
それが、私がこれからの人生をかけて取り組む挑戦です。
■ 最後に ― このストーリーを読んでくださったあなたへ
私は、同じ想いを持つ仲間と出会いたいと思っています。
- 子ども達の“人生の伴走者”として寄り添うことで成長したい人
- 笑顔で繋がる支援をしたい人
- 「それは楽しいことなのか?」の問いに誠実に向き合える人
- そして、自分自身とそれを支える仲間を大切にできる人
そんな人と、一緒に未来をつくりたい。
子ども達にとっての“もうひとつの故郷”を、共につくりませんか。