先月の記事で、私は「つぎいち」というアプリを作っている、と書きました。 まだプロトタイプの段階で、使ってくれる人の声を聞きながら少しずつ進めている、と。
あれから一ヶ月。 いま私は、そのアプリをアプリストアに出すための、審査申請の準備をしています。
正直、自分でも少し驚いています。 「いつか出せたらいいな」だったものが、「もうすぐ出します」に変わっている。この距離を、この数ヶ月でようやく歩けたのだな、と思います。
正直に言うと、こわいです
新しい挑戦の話なので、本当は前向きな言葉だけで締めたいところなのですが。 正直に言うと、こわいです。
「誰かに見られる」と思うと、いまも手が止まりそうになります。 うまく動かなかったらどうしよう。「こんなの意味がない」と言われたらどうしよう。そう考えはじめると、公開ボタンの前で固まってしまう。
でも、ここで少しだけ笑ってしまうのです。 だって、私が作っているのは、まさに「止まってしまった人が、そこからもう一度動き出す」ためのアプリだから。
私はずっと、止まったところから戻る練習をしてきました。 電話のあとに作業へ戻れなくて頭が真っ白になったり、「いい感じにやっといて」の一言で何をすればいいか分からなくなったり。そのたびに、どうやって自分をもう一度動かすかを、考え続けてきました。
だから今回も、きっと大丈夫だと思っています。 こわくても、止まっても、また一歩だけ進めばいい。それを一番よく知っているのは、たぶん私自身です。
この数ヶ月で、やってきたこと
5月の記事で、私は「個人の努力より、設計で支える」という話を書きました。 「整理すればいい」が効かない人は、能力が足りないのではなくて、やることが"実行できる形"に変換されていないだけなのだ、と。
この数ヶ月は、その設計論を、実際に動くアプリにしていく時間でした。
- 頭の中にあることを思いつくまま書き出すと、AIがそれを「小さな一歩」に分けてくれる。「資料を作る」を、「まず、ファイルを開く」まで、ほどいてくれる。
- 作業を中断するときに一行だけメモを残すと、戻ってきたときに迷わない。
- そして、決して急かさない。「早くやれ」とも「サボるな」とも言わない。煽らない設計に、いちばんこだわりました。
〔画像:AI相談画面〕
作りながら気づいたのは、これを一番必要としていたのは、ほかでもない私自身だったということです。 自分のために作ったものが、同じところで困っている誰かにも届くかもしれない。そう思えたことが、ここまで続けてこられた理由でした。
だから、早く渡したい
こわい、と書きました。それは本当です。 でも、それ以上に「早く渡したい」という気持ちの方が、いまは少しだけ大きいです。
「やらなきゃ、は分かっているのに動けない」 その夜を、私はたくさん過ごしてきました。あれはサボりでも甘えでもなくて、ただ"実行できる形"になっていなかっただけなのだと、いまなら言えます。
もし同じところで固まってしまう人がいたら、つぎいちを、その人の隣にそっと置けたらいいなと思っています。
いまは公開前の準備中で、ウェイトリスト(先行登録)でお待ちいただけます。 「気になる」と思ってくださった方は、こちらからのぞいてみてください。
▶ creative-bublanina-599d0f.netlify.app
支援される側だった私が、支援を"作って出す"側になるまで、あと少し。 その最後の数歩を、こわがりながら、でも止まらずに、歩いていこうと思います。