障害者年金と親元暮らしが採用を左右するという真実
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障害者雇用を語るときに、決して混同してはいけない立場の違い
障害者雇用について語るとき、しばしば障害者という大きな括りで一つの議論が行われる。しかし現実には、障害の種類、生活環境、家族の有無、年金制度の違いによって、まったく異なる条件のもとで働いている。この違いを理解しないまま語ると、努力論や根性論に回収され、制度の本質が見えなくなる。
今回、違和感を強く感じた投稿は次のようなものだった。
はっきり言うと障害者雇用って別にボランティアじゃないんですよ。 企業は利益を産まなきゃいけないのです。 せめて最低限でも意思の疎通がまともに取れない人はそれは受かりません。 なので障害者雇用なのに……と受からないことに文句を言うのは間違ってます。
投稿主のプロフィールを見る限り、軽度知的障害であり、親元から通勤している。そして、障害者年金が生涯継続しやすい知的障害という特性上、企業が最も重視する生活の安定性と自然に一致している立場にある。
さらに投稿内容を見ると、障害者雇用を語る際に「障害者=知的障害者」という前提で話が進んでおり、精神障害や発達障害、身体障害など、他の障害種別が置かれている状況を考慮していない点が目立つ。
知的障害という特性上、自分の生活環境を基準に物事を捉えやすく、他の障害者が置かれている状況や社会構造の複雑さを十分に把握しにくい場合もある。
そのため、本人に悪意があるわけではなく、自分の経験を基準に語ってしまっているのだと思う。
しかし、その結果として、障害者全体を一括りにした議論になってしまっている。
つまり、この投稿は、本人の努力ではなく、障害種別と生活基盤が企業の採用基準と偶然一致しているという構造を前提にして語られている。
それにもかかわらず、本人はこの構造を理解しないまま、障害者全体が採用されないのは努力不足であるかのように語っている。ここに強い違和感を抱いた。
この前提を理解しないまま「努力すれば受かる」「受からないのは文句を言う方が悪い」と語ってしまうと、障害者雇用の本質を見誤ることになる。
多くの企業が障害者雇用で最初に見るのは能力ではない
企業が障害者雇用で最も重視するのは、生活が安定しているかどうかである。 具体的には次のような点が判断される。
- 親元で暮らしているか
- 家賃や生活費の負担があるか
- 家族のサポートがあるか
- 通勤が安定しているか
- 生活リズムが崩れにくい環境か
企業が見ているのは本人の努力ではなく、生活基盤の安定性である。
心理学的に言えば、企業側は安定性ヒューリスティックという判断の近道を使う。人は複雑な情報を処理できないとき、最も分かりやすい指標に頼る。 障害者雇用においては、それが通勤の安定性であり、生活環境である。
障害者年金を前提にした採用という現実
ここで見逃してはならないのは、企業側が暗黙のうちに、障害者年金の存在を前提にして採用判断をしているという点である。
企業は次のように考える。
- この人は年金があるから生活が破綻しない
- 低賃金でも生活が維持できる
- 家族が支えているなら通勤も安定する
- 長期的に雇用しても大きなリスクがない
つまり、企業は障害者年金を生活安定の保証として扱っている。
そして、知的障害者や身体障害者は、制度上、障害者年金が生涯継続するケースが多い。 そのため、企業側の採用手法と非常に相性が良い。
これは本人の努力とは関係がない。 制度と生活環境が企業のニーズと一致しているだけである。
親元で暮らす障害者は企業から見て圧倒的に有利
親元暮らしには、企業が安心する要素が揃っている。
- 家賃の負担がない
- 食費や光熱費の心配がない
- 家族が生活リズムを支える
- 低賃金でも生活が破綻しない
- 通勤が安定しやすい
企業はこれを見抜く。 だから親元で暮らしている障害者は採用されやすい。
これは努力とは関係がない。 生活基盤が安定しているという事実が、企業の判断に強く影響している。
知的障害者や身体障害者は制度上も安定しやすい
知的障害者や身体障害者は、制度上も安定しやすい立場にある。
- 障害者年金が生涯継続するケースが多い
- 障害者年金の更新で落ちるリスクが低い
- 企業側が採用しやすいカテゴリー
- 親元暮らしの割合が高い
企業が求める安定して来れる人という条件を満たしやすい。
親元で暮らしていない障害者は構造的に最も不利
一方で、親元で暮らしていない障害者は、構造的に最も不利な立場に置かれている。
- 一人暮らしで生活費を全て負担
- 家賃、光熱費、食費が重い
- 低賃金では生活が成立しない
- 生活が不安定になると症状が悪化しやすい
- 就業すると年金は更新で落ちるリスクが高い(精神障害者の場合)
- 企業側が最も敬遠するカテゴリー(私生活での周りのサポートが期待出来ない)
- 年齢が上がるほど採用されない
精神障害者はストレス脆弱性モデルの影響を受けやすく、生活環境の不安定さがストレスを増幅し、症状の悪化につながる。 これは本人の意思や努力ではどうにもならない領域である。
さらに、精神障害者の年金は回復したら即停止という制度になっているため、企業が求める生活安定性を満たしにくい。 つまり、精神障害者は、企業が求める条件を個人の努力だけで乗り越えなければならない。 これは個人の努力を超えた構造的な問題である。
精神障害者の自立困難は「努力不足」ではなく「構造的な罠」
精神障害者が自立しにくい理由は、本人の努力不足ではない。 社会構造そのものが、精神障害者の自立を阻むように設計されている。
ここでは、その構造をさらに深く掘り下げる。
1. 生活コストの高さが直撃する
精神障害者で一人暮らしの場合ケース。 家賃、光熱費、食費、医療費、交通費。 これらをすべて自分で負担しなければならない。
障害者雇用の平均月収は手取りで12〜14万円台。 ここから生活費を払えば、貯金どころか生活が破綻する。
親元で生活費を肩代わりしてもらえる環境とは根本的に違う。
2. 症状の波が生活を直撃する
精神障害は、症状の波が生活そのものに影響する。
- 睡眠リズムが崩れる
- 朝起きられない
- 体調が急に悪化する
- 認知機能が低下する
- 不安や希死念慮が強まる
これらは本人の意思ではコントロールできない。しかし企業は、通勤の安定性を最も重視する。親元で暮らしている事で軽減出来るリスクが前提としてない。
つまり、精神障害者は企業が最も求める条件を満たしにくい構造に置かれている。
3. 年金制度が精神障害者に最も厳しい
精神障害者の年金は、更新で落ちるリスクが極めて高い。 少しでも回復すると、即停止される。
しかし、働きすぎると症状が悪化する。 働かなければ生活ができない。 働きすぎれば年金が止まる。
精神障害者は、制度の板挟みにされている。
4. 企業側の採用基準と最も相性が悪い
企業が求めるのは、安定して来れる人。精神障害者は、生活基盤と症状の両面で、この条件を満たしにくい。
つまり、精神障害者は、企業が求める採用基準と最も相性が悪い。
元投稿が見落としている視点
元の投稿は、意思疎通ができない人は受からない、受からないことに文句を言うのは間違いだ、と述べている。しかしこの言葉は、障害者雇用の採用基準が本人の努力や能力ではなく、生活基盤と制度によって決まっているという現実を見落としている。
親元で暮らしている知的障害者や身体障害者は、企業が求める条件と自然に一致している。 そのため採用されやすい。しかしそれは本人の努力の成果ではなく、制度と環境が企業のニーズと一致しているだけである。
一方で、親元で暮らせない精神含む障害者は、企業が求める条件を努力だけで乗り越えなければならない。 これは個人の努力ではどうにもならない構造的な不利である。
努力論ではなく、構造の問題
障害者雇用は努力で勝ち取るものではない。生活基盤と制度によって左右される。
親元で暮らしている障害者と、親元で暮らせない精神障害者を同じ土俵で語ることはできない。自立の難易度が根本的に違うからである。
今回の投稿のように、受からないのは努力不足だと語ってしまうのは、そもそも障害者の自立を困難にしている社会構造を理解していないからこそ生まれる言葉である。
では、どういう制度設計なら精神障害者の自立は可能になるのか
精神障害者が自立できないのは努力不足ではなく、制度そのものが自立を前提に設計されていないからである。
では、どのような制度設計なら改善できるのか。ここでは現実的に可能な範囲で、最低限必要な改革を整理する。
1. 障害者年金の「更新リスク」を下げる
精神障害者の年金は、症状が少しでも軽快すると更新で落ちやすい。これが生活不安を生み、働くことそのものを妨げている。
必要なのは、
- 就労しても即停止しない仕組み
- 症状の波を前提にした柔軟な審査
- 就労と年金の併用を前提にした制度
精神障害者が安心して働ける環境を作るには、まずここを変えなければならない。
2. 一人暮らしの生活コストを下げる支援
精神障害者の多くは親元に頼れず、一人暮らしを強いられている。しかし障害者雇用の賃金では生活が成立しない。
必要なのは、
- 家賃補助
- 公共料金の減免
- 医療費のさらなる軽減
- 交通費支援
生活基盤が安定しなければ、通勤の安定もあり得ない。
3. 企業側の採用基準を「生活基盤」から「業務設計」へ転換する
企業は現在、生活の安定性を採用基準にしている。
しかし本来は、
- 業務の切り出し
- 在宅勤務の活用
- フレックス勤務
- 症状の波を前提にした業務設計
こうした「働き方の設計」で対応すべきである。
精神障害者が安定して働けるかどうかは、本人の努力ではなく、企業側の業務設計の問題である。
4. 就労移行支援を「生活支援」とセットにする
現在の就労移行支援は、就職させることが目的化している。 しかし精神障害者に必要なのは、
- 生活リズムの安定
- 住居の確保
- 金銭管理
- 通院の継続
- 社会的孤立の防止
これらを含めた「生活基盤の総合支援」である。
就労支援と生活支援を切り離している限り、精神障害者の自立は難しい。
※今回の記事では就労移行支援の質の低さや闇の部分については本筋とは違う為スルーをする形にした。
結論
障害者雇用は努力で勝ち取るものではない。生活基盤と制度によって左右される。
親元で暮らしている障害者と、親元で暮らせない精神障害者を同じ土俵で語ることはできない。自立の難易度が根本的に違うからである。
そして、精神障害者が自立できないのは努力不足ではなく、制度がそう設計されているからである。 だからこそ、制度そのものを変えなければ、精神障害者の自立は永遠に実現しない。
主なデータ出典
厚生労働省「令和5年度障害者雇用実態調査」