好きではなかった。でも続けた。大嫌いだった9年間のバレーボール
「バレーボール歴9年です。」
そう話すと「バレーが好きだったんですね。」
と言われることがあります。
でも実は、私は9年間ずっとバレーボールが好きだったわけではありません。
むしろ大嫌いでした。
私がバレーボールを始めたのは小学3年生の時です。
当時、母から「バレーかバスケ、どちらかをしなさい」と言われました。
私はバスケがしたかったのですが、小児喘息があり、低学年までは週に1回点滴を打つこともあったため、「バスケは無理」と言われました。
こうして始まったのがバレーボールでした。
最初は地元のクラブチームに入りましたが、「どうせやるなら本気でやりなさい」という母の考えで、全国大会を目指す強豪クラブへ移籍しました。
練習は本当に厳しく、何度も辞めたいと思いました。
それでも最後の大会では全国大会に出場することができました。
中学校でもバレーボールを続けました。
本当は辞めたい気持ちもありましたが、当時の監督やコーチに勧められ、強豪校へ進学。中学1年生からレギュラーとして出場し、愛媛県1位を経験することもできました。
私にとって一番青春だったのは、この中学時代だったと思います。
仲間と一つの目標に向かって頑張る楽しさを初めて感じました。
高校進学では、人生最大の親子喧嘩をしました。
なぜなら、私は本気でバレーボールを辞めたかったからです。
普通の高校生活を送りたい。
放課後に遊びたい。
バレーのない生活を送りたい。
そう思っていました。
しかし、中学時代にお世話になった先生から声をかけていただき、最終的に高校でもバレーボールを続けることを決めました。
では、なぜ大嫌いだったバレーボールを9年間も続けられたのか。
理由は一つです。
母の喜ぶ姿を見るのが嬉しかったから。
私の家は共働きでした。
両親は忙しく、試合や練習に来られることも多くありませんでした。
それでも休みの日にはお当番としてチームを支えてくれていました。
私は小さい頃からアレルギーや喘息があり、家族にはたくさん心配をかけてきました。
だからこそ、「少しでも喜ばせたい」という気持ちがありました。
試合で勝った時。
結果を出した時。
母が喜んでくれる姿を見るのが嬉しかった。
そのために頑張っていたと言っても過言ではありません。
高校最後の総体は愛媛県2位。
全国大会には届きませんでした。それでも後悔はありません。
9年間、本気でやり切ったからです。
バレーボールを通して礼儀やマナー、継続する力、チームワークなど多くのことを学びました。
その中でも一番大きかったのは、
「人は目的があれば頑張れる」
ということです。
私はバレーボールが好きだったから続けたわけではありません。
母の笑顔が見たかった。
その想いがあったから続けられました。
今の仕事でも同じです。
楽しいことばかりではありません。