『生存率1%以下の人生』を超えて今も僕が生きていられている奇跡:その生い立ちを綴り続ける日々
Photo by Eduard Delputte on Unsplash
2026年3月現在、我がメンターの「平田さん、コーヒー屋さんやりましょう!」の掛け声と共に、コーヒーの活動を始めて、そろそろ丸6年になろうとしています。その後、それまでは出会えなった、本当に心温かい人達との出会いがコーヒーを通して急速に加速し、あの時消えていたはずの命が今日までつながり、今に至ります。
僕が感謝の心も謙虚さも持とうとせず、一人ぼっちのままでい続けていたら、間違いなく消えていた僕の命の灯火。そんな僕の灯火をサディスティックに笑いながら消し去ろうとするのではなく、人間性を以って支えようとしてくださった方々には、日々、感謝でいっぱいです。
3年ほど前ですが、僕は京都で子供向け(といっても上は高校生もいる)の福祉事業をされている方にじっくりと身の上話を聞いて頂く機会があり、その際、僕を虐待している時に最もイキイキして輝いている両親たちの虐待のみならず、支援者や医療者を名乗る人達、僕と同じように発達障害があったり、いわゆる「毒親育ち」だったりする人達からのハラスメントやいじめ、虐待を何度となく、心の中では血だらけになりながら生き延びてきた話もしてきた中、僕は思わずこう漏らしたことがあります。
『僕の人生は、"生存率1%以下の人生"かもしれません』
話を聞いてくださっていたその方は、僕がこう言ったことを否定しなかったばかりか、「いや、その通りだと私も思います」と共感してくださいました。
それ以来ですが、僕は時折、自分の人生は「生存率1%以下」と言うことが増えていきました。これは2025年の夏ごろのお話ですが、自殺防止の活動をされているある男性に、僕の受けてきた虐待のことのみならずこのことを話すと、「いや、もう、1%どころじゃないのでは…」と言われたこともあるほどです。
「不幸自慢」みたいな話がしたい訳では決してないのですが、「限りなく虐待に見えない虐待=ステルス虐待」を、心の中で血だらけになりながら生きてくるしかなかった僕。
ありがたいことに、その虐待のあり様を一つ一つ、伝えていく中で、僕が出くわした不幸を否定することもなく、無視することもなく、向き合って下さる方々が増えました。
特に、毒親からの独裁国家も顔負けの洗脳や歪んだ教育からの脱却は、想像を絶する地獄の闘いでしたが、それらの闘いで学び得たものも含めて、今の「にじのわ」の哲学の礎になっていることもまた事実でしょう。
僕の書かせて頂いたコラムを紹介します
そんな中で、2025年下旬から、僕が所属しているメディア団体「ワクセル」さんにて、僕の生い立ちにも関係するコラムを記載させて頂いております。
そのコラムのURLを、下記に貼らせて頂きます。
◆Vol.1:『感覚過敏・過集中と共に歩む、虐待サバイバーのASD体験記』
◆Vol.2:ブラック企業と家庭の地獄を越えて、見つけた本当の自分
◆Vol.3:【鬱注意】生存率1%以下の人生:僕の『製造者』=両親のこと
◆Vol.4:毒親サバイバーの僕が見つけた、逆説の「親不孝リスト」――幸せになることが、僕の最大の”親不孝”
(以下執筆・掲載継続中)