こんにちは、広報の山崎です。
今回は、Myoshinグループ代表である齋藤健太にお話を伺いました。
中学3年生の夏、アメリカから帰国した齋藤健太は、高校を1つの基準で選びました。
東京のキー局に、もっとも多く人を送り込んでいる大学の付属高校であること。
小学生の頃からの夢が、ニュース番組の解説員だったからです。逆算して高校を決め、狙いどおりに進学し、高校3年生でアルバイト/インターンとして報道番組の現場に入りました。
そして、その現場で夢を捨てます。
いま彼が掲げているのは、「世界最大の資本を、人類の発展に行使する」という目標です。
プロフィール
齋藤 健太(さいとう けんた)
2003年生まれ
株式会社Myoshin 代表取締役 / 株式会Zanshin 代表取締役
経歴
・タイ・バンコク出身。その後ドイツ・デュッセルドルフ、シンガポール、兵庫県西宮市、アメリカ・シカゴ、吉祥寺、アメリカ・アラスカ州に移り住み、現在は東京と新潟の2拠点で生活。
・早稲田大学高等学院を経て、早稲田大学に入学。
大学在学中に業務委託として独立。
Webマーケティング企業の第1号インターンとして営業代行に従事し、1年で月収100万円に到達。
・1年間のアラスカ留学を挟み、就職活動では4社から内定を得たのち、いずれも選ばず起業。
・社長インタビューメディア「ビジョン図鑑」を軸に複数事業を展開する。
夢は「ニュース番組の解説員」だった
― 昔から目指していた仕事があると伺いました。
シンガポールに住んでいたときです。親友のお父さんがテレビ局の現地駐在員をされていて、当時急成長していたシンガポール経済について、日本のニュース番組にレポーターとして出演されていました。
海外と日本の架け橋になれる仕事だ、とそのとき思ったんです。それが小学生のときからの目標でした。
― その後の高校受験は、どのような軸で選んだのでしょうか。
軸は明確でした。東京のキー局に、もっとも人を輩出している大学の付属高校に入ること。家が早稲田の家系だったこともあり、早稲田大学高等学院に進学しました。
大学受験がいらない高校だったので、3年間は自分の興味に全部使えました。テレビ局のことをひたすら調べて、高校3年生の後半には、実際に日本テレビの報道番組でニュースアシスタントとして働かせてもらっています。
憧れた現場で、夢が終わった
― 実際に現場に入ってみて、どうでしたか。
高校3年生の後半から、夕方と深夜、2つの報道番組にニュースアシスタントとして入っていました。そこで見えてきた現実があります。自分が目指していたレポーターというポジションに立てるのは、40代、50代になってからだということです。
仮に新卒で報道局に配属されたとしても、最初の5年から10年は雑務的な仕事が中心になる。どれだけ早くても、レポーターになれるのは15年ほどかかります。しかも、それだって確実ではない。
そのスピード感では遅いと感じました。10数年待つ人生は、私には選べませんでした。
― そこから、進路をどう変えたんですか。
レポーター以外にも、情報の架け橋になっているポジションがあると気づきました。落合陽一さんやショールームの前田裕二さんといった、コメンテーターです。こういう方々は、自分で事業を興して、自分の専門分野を磨いた結果として、メディアに出ている。
その在り方に、私は強く憧れを持ちました。
企業を興して自分の専門分野を磨く。そういう道もあるのか、と。起業に興味を持ったのは、高校3年の終わりから大学1年の夏ごろです。
月収が上がるほど、仕事がつまらなくなった
― すぐに起業するのではなく、なぜフリーランスを。
勢いで起業しても意味がないので。当時流行っていた業務委託なら、いわば「1人企業」ができると知って、Webマーケティングの会社にインターンとして入りました。
右も左も分からない状態でしたが、そんな私でもできる仕事がありました。営業代行です。企業さまが売りたい商材を、どう売るか。戦略の立案から実行まで任せてもらいました。第1号インターンだったこともあって、トントン拍子でいろいろな経験をさせてもらい、1年で月収100万円くらいまで伸びました。
― 目標を達成したあとに、何が起きましたか。
仕事がつまらなくなりました。
収入は増え続けていました。しかし、収入が増えれば増えるほど、仕事に対するモチベーションがなくなったんです。自分の懐を満たすために働いていたので、ある水準に達したところで、仕事が「お金を稼ぐための手段」でしかなくなってしまった。キャリアへの憧れも、仕事そのものへの意欲も、全て消えました。
4社の内定を、全て断った
― つまり、働く原動力を失ってしまったわけですね。
このままだと、就職するかしないかも含めて、全部有耶無耶になる。だから一旦、両方の選択肢を取れるようにしようと考えました。大学2年の終わり頃です。
フリーランスをしながら留学もしていたので、就職活動はスムーズに進みました。外資系コンサルティングファームのトップ3に入るような会社、外資系投資銀行のトップ3に入るような会社、日系メガベンチャー2社。計4社から内定をいただきました。
― 内定を得たあと、2択を迫られたと。
このまま1人で進むのか。それとも一旦、箔をつけるために就職するのか。
そのとき気づいたことがあります。社会的意義のあることを成し遂げている経営者を振り返ると、「箔をつけるために行動する」という選択肢が、そもそも存在しないんです。
1つの企業に属することは、その企業のビジョンに自分を合わせるということです。それは、例え修行だとしても、私にとっては遠回りでした。仕事へのモチベーションはお金ではなく、自分が達成したい目標や社会的意義に沿っていないと楽しくない。だから、フリーランスを続けるのでも就職するのでもなく、自分の理想とする社会的意義を叶えるための法人を立ち上げることにしました。
ー なぜ「ビジョン図鑑」を始めたのですか。
就職活動をするなかで、周囲の就職活動の軸が「お金を稼げるか」や企業の表面的な部分に寄りすぎていました。内定先のインターンで、大きなギャップを感じたこともあります。
その企業が何を目指しているのか。そのビジョンに自分が興奮できるのか。それが学生の間に十分に広まっていない、そう思ったんです。学生が目指したい未来と、企業が向かう方向が合わないままでは、いい就職活動とは言えません。
そのミスマッチを直したくて立ち上げたのが「ビジョン図鑑」です。社長へのインタビューを通じて、経営者の素顔やビジョンを伝えるメディアとして続けています。
「世界最大の資本を、人類の発展に行使する」
― 現在掲げている目標を教えてください。
「世界最大の資本を、人類の発展に行使する」。これをグループ全体のビジョンにしています。
― ピンとこない、という人もいそうです。
歴史の教科書で戦国時代を学んだとき、「領土を血を流して取り合うなんて、野蛮な時代だ」と思った人は多いと思います。俯瞰すると、いま私たちが生きている資本主義の時代も、似たような構造です。片や飢えで亡くなる人がいて、片や国家予算を超える資産を築く人がいる。資本版の戦国時代に、私たちはいる。
1000年後の人がこの時代を教科書で学んだとき、はたして効率的な社会に見えるだろうか。過去でいちばんいいとされる時代が「今」であるがゆえに、私たちは完成していると錯覚しているだけなのではないでしょうか。
― その先に、何をしたいんですか。
最適な形の答えは、正直まだ出ていません。それでも、資本主義の時代に生きたからには、巨大な資本を人類が前に進むための技術に使う必要があると考えています。
たとえ国家予算を超える資産を築いたとしても、その資本の使い道が次の技術への投資や人類の発展に向いているなら、世の中は良い方向に進む。戦国時代から抜け出せる。そうした先人たちが積み上げてくれた良い循環を、途切れさせずに私たちの代でも実行していく必要がある。
ただ、思想だけ持っていても何もできない。だから、まずは資本を蓄えるフェーズにいます。それを人類の発展に行使するのは、数十年後の第2フェーズです。
今、株式会社Myoshinに入るメリット
ー 今のタイミングで株式会社Myoshinに入る意味は、何だと思いますか。
株式会社Myoshinは設立して1年ほどしか経っていない会社で、メンバーはまだ15人ほどです。業務のフローや評価の仕組み、カルチャーといった「型」は、正直まだ完成していません。
数年後に入る人は仕組みに乗る立場になりますが、今のタイミングなら、その仕組みを自分でつくる当事者になれます。
年次に関係なく重要な案件を任せることも多く、裁量は「ご褒美」ではなく「入り口」だと考えているので、実力があれば学生、社会人問わず活躍できます。
ー 学生でも主戦力になれると?
株式会社Myoshinで営業を担当している渡部は、実は学生のインターンです。
大学生にもかかわらず、Myoshinではテレアポや問い合わせフォーム、メールを組み合わせた新規開拓から営業戦略の設計、アポイント獲得、営業組織の運用まで一貫して担当しています。
まさに、先程お話しした「仕組みを自分でつくる当事者」になっていますね。
また、取締役の2人は、どちらも25歳であるにもかかわらず、取締役を任せられるだけの活躍をしています。
島村はマーケティング戦略・実行と組織・業務基盤の構築を、中原は組織内のマネジメントと新規開拓、社員の採用を。
まさに、年次は関係ない。裁量をご褒美にしてしまうと、速度が足りなくなる。
実力があれば、年次は否定材料になることはありません。
ー Myoshinでは、どんな経験が積めますか。
私たちは戦略策定から広告運用、SNS運用、LP制作、SEOなどのデジタルマーケティング、アウトバウンドやインサイドセールスなどの営業支援、新卒・インターン採用支援まで、幅広い領域を一気通貫で担う「戦略代理店」を掲げています。加えて、アドサポ10やAIサポ5、ラクラクOEM、ビジョン図鑑、アポコミといった自社サービスも展開しており、職種に縛られず事業全体を横断的に動かす力が身につく環境です。
これまでに支援した企業は法人化前の期間も含めて2,000社を超え、手がけたプロジェクト数は3,000を超えています。契約継続率も8割ほど。規模は小さくても、考えて動かして結果を見るというサイクルを高速で回せるのは、成長のうえで大きな利点です。
ビジョン図鑑も2026年8月時点で1,500人を超える経営者を取材していて、代表を務めるラジオ番組「さいとうらじお」(渋谷クロスFM)も1周年を迎えました。こうした発信事業を通じて、20代のうちから多くの経営者と接点を持てるのも、この会社ならではだと思います。
あわせて、AIを事業の基幹に据えて最速で成長することも掲げているので、これからの時代に必要なAI前提の仕事の進め方を、実務として早い段階で身につけられます。
なぜ企業群なのか
― グループ会社という形を取っている理由は。
いま展開しているビジョン図鑑、営業代行、Webマーケティング、人材紹介。これらは今後どんな事業を立ち上げるうえでも、全部必要になる要素です。だから企業さまを支援しながら、その機能を社内に蓄積しています。
ただ、ここで力をつけた人が、他社の案件を手伝う立場だけで終わるのは、もったいない。
新しい事業を立ち上げるとき、その責任者や役員、あるいは代表として活躍してもらう。その人のポテンシャルがいちばん生きる場所にアサインできるのが、企業群の強みです。
営業やマーケティングで力をつけた人が、独立してまた小さくゼロから始める、という流れは業界としてよくあります。私たちが変えたいのは、まさにそこです。1人で0から資本の道を歩み直すのではなく、みんなで大きな目標を持っていれば、誰かが「新しいことをやりたい」と言った瞬間に、全員がそれを応援できる。そういう環境をつくりたいし、つくれる。
つまり、強くてニューゲームができるんです。
資金と人材、さらにある程度のノウハウを持った状態で新しい事業、新しい挑戦に取り組める。しかも、それらを株式会社Myoshinに所属した状態でできる。これ以上のことはありません。
だからこの求人は、1事業のインターン募集ではありません。長期の目線で、ビジョンに共感して一緒に走ってくれる人を探しています。
ー つまり、長期目線で挑戦したい人を求めている?
短期的に成果を出して終わり、ではなく、その先の事業立ち上げや経営そのものに関心がある人と一緒にやりたい。営業代行やWebマーケティングの現場は、成果がそのまま数字に表れる分、裁量も大きいです。第1号インターンだった私がそうだったように、経験の有無より、任された範囲でどこまで責任を持ってやりきれるかを見ています。
いずれ自分がやりたい事業を持ったとき、その責任者や代表としてアサインされる。そこまで見据えて、日々の営業やマーケティングの仕事に向き合ってほしい。
あのとき、幸せだった
― 「10兆、100兆」という目標について、周りから言われることはありますか。
よく言われます。「そんな高い目標を置いていたら、達成するまでずっと不幸じゃないか」と。
でも、逆なんです。
ー というと。
高校受験が終わって、進学先が決まった後に思ったことがあります。「受験期って、なんて幸せだったんだ」と。達成した瞬間ももちろん嬉しい。でも、あの高校に入ってこういう生活を送るんだと決めて、毎日仲間と塾や学校で切磋琢磨していた日々。それがいちばん幸せな状態でした。
だからこそ、10兆、100兆、1000兆ととんでもない目標を掲げています。
それを心の底から達成したいと思っているメンバーと、達成に向かって頑張る日々。この過程そのものが、幸せなんです。
「達成するまで不幸」ということは一切ない。目標に向かっている状態が、そのまま幸福です。この幸福な状態を保つために、大きな目標に対して日々前進し続けている。それがメンバー1人ひとりにも感じてもらえている。そう信じています。
学生のみなさんへ
ー 最後に、これを読んでいる学生へ。
主語は日本ではなく、人類です。この地球に住む1人ひとりが、より良い未来を描ける世界にしたい。
世の中を動かすのは、資本主義である限り資本を持つ組織です。だから私は、人類の発展に資本を最大限行使できる組織を、本気で目指しています。
私たちの強みは、採用のブランディングや見せ方を一切気にしていないところだと思います。本気でこの状態を目指しているし、本気で達成できるとみんなが猛進している。だからこそ本心で言える、数少ない会社なのかなと感じています。
自分が幸せになる分を稼ぎつつ、その先に人類のためという目標がある。そこまでの過程は、死ぬほど面白いと思っています。
ぜひ、来てください。