こんにちは!株式会社REJECT 代表取締役の甲山翔也です。
面談で「REJECTって、どうやってここまで来たんですか」とよく聞かれます。うまく話そうとすると長くなるので、今回は出来事を時系列に並べるだけにします。解釈は最小限です。
◣ AGENDA ◥
① 2018〜2019:選手を辞めて、会社をつくった
② 2020〜2021:「所詮ゲーム」と言わせないために
③ 2022〜2024:勝つだけでなく、支える側の世界一へ
④ 2025〜2026:事業会社になった
⑤ この8年から、私が学んだこと
① 2018〜2019:選手を辞めて、会社をつくった
私は1999年に大阪で生まれ、10歳のころからeスポーツの世界にいました。2018年に選手を引退し、同じ年の12月3日に、REJECTの前身となる会社を設立しました。
2019年、当時まだ黎明期だったモバイルeスポーツに参入しました。PCタイトルが主流だった時期に、スマートフォンの競技に本気で取り組むチームは多くありませんでした。結果として、ここが最初の足場になりました。
② 2020〜2021:「所詮ゲーム」と言わせないために
2020年、「Not Just A Game 所詮ゲームなんて言わせない。」を掲げ、渋谷スクランブル交差点に、eスポーツチームとして初めて広告映像を出しました。選手に背番号をつけたのもこの時期です。アスリートとして扱われる土台を、自分たちでつくろうとしていました。
2021年4月、シリーズAで3.6億円を調達し、社名を株式会社REJECTに変えました。同じ年の9月には、東京都内にビル一棟のトレーニング施設兼オフィス「REJECT GAMING BASE」を開きました。
そして2021年、国内最高額となる賞金総額3億円のリーグ「PUBG MOBILE JAPAN LEAGUE」で初代王者になり、約1.3億円の賞金を獲得しました。会社として初めて、「勝つこと」が「事業の数字」になった年です。
③ 2022〜2024:勝つだけでなく、支える側の世界一へ
2022年3月、元選手で解説者としても活動する林祐人がジョインし、ストリーマー部門などゲームに関わる領域の立ち上げを担うようになりました。チーム運営だけだった会社に、エンターテインメントの軸が加わった時期です。
このころから掲げているのが「限界を超えろ。REJECT YOUR LIMITS」です。選手は競技力で世界一を、スタッフはサポーターとして世界一を目指す。具体的には、トップ選手のための寮、競技へのデータ分析の導入、健康とハイパフォーマンスを両立させるための学術的な研究支援、トレーニング施設の拡大、3DCG・VFXの導入、モバイル競技用の指サックの開発など、勝つための環境を会社側でつくってきました。
この間にPUBG MOBILEで世界一を獲り、世界大会への出場は累計15回、累計の獲得賞金は7.5億円を超えています。
④ 2025〜2026:事業会社になった
2025年は、会社の形が変わった年です。社員は1年で約30名から65名に増えました。シリーズBでUAEの投資家から10.7億円を調達し、映像制作会社の株式会社サイランを完全子会社化しました。格闘ゲーム部門にはウメハラ、ふ〜ど、ハイタニが加わり、VTuberは14名になりました。REJECT GEARはヨドバシカメラで取り扱いが始まり、味の素、NURO、Yogiboとのパートナーシップが続いています。
2026年1月、ストリートファイターリーグ Pro-JP 2025で初優勝。3月には両国国技館での『SFL: World Championship 2025』も制し、世界一になりました。夏にはEsports World Cup 2026、秋にはEsports Nations Cup 2026へ、複数部門が出場・日本代表選出。本社はいま虎ノ門にあり、上場準備を進めています。
⑤ この8年から、私が学んだこと
ひとつだけ書きます。「勝つこと」と「事業にすること」は、別の仕事だということです。
2021年に1.3億円の賞金を獲ったとき、それが会社を強くしたかというと、そう単純ではありませんでした。勝利を、デバイスやグッズ、スポンサー、映像、教育といった形に変えてはじめて、会社は続いていく。この8年は、その変換の方法を覚えてきた時間だったと思います。
次の8年は、まだ誰も座っていない椅子がたくさんあります。まずはカジュアル面談から。「話を聞いてみたい」だけで構いません。ご連絡お待ちしています。
株式会社REJECT 代表取締役 甲山翔也