「未来を創る仕事がしたい」
中学生の頃に聞いた先生の言葉が、ずっと心に残っているという西岡祥吾。高校の物理教師、大学職員、キャリアアドバイザーを経て、2026年に創業したCarrariaへ社員1号として加わりました。
一見すると、ずいぶん違う仕事を歩んできたようにも見えます。でも話を聞いてみると、そこには一つの共通点がありました。西岡が仕事で大切にしてきたこと、そして今、地方企業の採用に挑む理由を聞きました!
「未来を創る仕事」という言葉に、心をつかまれた
── 最初に教師を目指したきっかけから教えてください。
中学生の頃、数学の非常勤講師の先生が授業中に「私の仕事は未来を創る仕事」と話してくれたんです。
自分のお金で教材を作ってでも、授業を分かりやすくしたい。その授業をきっかけに数学を好きになる子がいたり、将来、数学に関わる仕事に就く子がいたりするかもしれない。だから、この仕事が好きなんだと。
その話を聞いて、「働く大人ってかっこいいな」と思いました。誰かのために自分の得意なことを使う姿に、強く憧れたんです。そこから教師になるという目標は、一度もブレませんでした。
── 物理を選んだのは、また別の先生の影響だそうですね。
はい。高校の物理の先生が、微積分を使って物理を教えてくれたんです。数式ひとつで目の前の現象を説明できることが面白くて、物理に夢中になりました。
大学ではブラックホールの理論研究に取り組み、新卒で地元の教員採用試験に合格。念願だった物理の高校教師になりました。
── 実際に教師として働き始めて、どうでしたか?
最初はもう、必死でした(笑)。学校のルールを覚えながら授業を作って、夜遅くまで先輩の先生に相談していました。
2年目には理科教科主任としてカリキュラム作成や教材選定を担当し、科学オリンピックの審査や運営にも関わりました。3年目からは全国模試の作問にも携わらせていただきました。
赴任校では数年ぶりに難関大学への合格者を送り出すことができ、学校の物理の全国偏差値も赴任から3年で10上がりました。忙しかったですが、充実していましたね。
充実していた。それでも、外の世界を見たくなった
── そんな中で、転職を考え始めたのはなぜですか?
生徒の成長を見られるのは、本当に嬉しかったです。ただ、自分が届けられるものが「目の前の学力を上げること」に限られているようにも感じ始めていました。
勉強した先にどんな人生や仕事があるのか。そこまで生徒と話したくても、自分自身が学校の外の世界をあまり知らない。そのことが、少しずつ気になるようになったんです。
教員5年目、2校目に赴任する頃には、自分の10年後、20年後の姿も見えてきた気がしました。一度、その道から出てみようと思い、まずは同じ教育分野の大学職員に転職しました。
── 大学職員の経験はいかがでしたか?
企画や大学運営を通じて学生に価値を届けようとすると、形になるまでには長い時間がかかります。その経験を通じて、自分は大きな仕組みを作ること以上に、目の前の一人と向き合う時間が好きなんだと気づきました。教員時代の進路指導のような時間ですね。
大学職員として働いたのは半年ほどですが、自分が仕事で何を大切にしたいのかを考える、大事な半年間でした。
「教員経験は、強みになる」。その言葉に背中を押された
── そこから人材業界へ?
はい。「もっと実力をつけて、自分の意思でキャリアを選べるようになりたい」と思って、民間企業への転職を決めました。
ただ、僕は新卒で就職活動をしたことがありません。社会にどんな企業や仕事があるのかも、エージェントと転職サイトの違いも、当時はよく分かっていなくて。最初の転職では、自分の知識不足による失敗も経験しました。
その後、リクルートエージェントに登録したところ、担当のキャリアアドバイザーから「リクルートでキャリアアドバイザーをやってみませんか」と勧められたんです。
── ご自身が支援を受ける側だったんですね。決め手は何でしたか?
教育系の企業からも内定をいただいていました。でも、自分がやりたいことを考えると、「誰かの人生に価値を返せる仕事がしたい」「競争のある環境で、自分がどこまでやれるか挑戦したい」という気持ちが強かったんです。
もう一つ大きかったのが、最終選考で当時の部長に言われた言葉です。僕は「教員経験は民間では通用しない。ゼロからのスタートだ」と思っていました。でも、その方は教員としての仕事を褒めたうえで、「キャリアアドバイザーなら、その経験を強みにできる」と伝えてくれました。
それが、すごく自信になりました。
── 入社後は、どんな日々でしたか?
子どもが生まれたタイミングでもあったので、毎日バタバタでした(笑)。早く成果を出したくて、先輩たちに仕事の進め方を聞いて回っていました。当時よく助言をもらっていた先輩の一人が、今のCarrariaの代表です。
最初の四半期は目標未達でしたが、その後は毎月120%以上を達成し、四半期でも150%以上を何度も記録しました。3年間で目標未達だった四半期は2回。全社表彰や部内MVPにも複数回選んでいただきました。
ただ、数字を追うほどに大事だと感じたのは、「お客様の人生の幸せをどこまで考え、そのために自分の力を注げるか」でした。
その後はもっと成長したくて、ハイキャリア領域に特化した人材ベンチャーへ。M&Aやコンサル領域の支援経験を積んだ先で、Carrariaに加わることになります。
元上司からの誘い。その先に、ずっと気になっていた課題があった
── Carrariaに入るきっかけは、代表のお二人からの誘いだったんですね。
そうです。お二人とも、リクルート時代にお世話になった上司です。独立して会社を立ち上げると聞き、声をかけていただきました。
正直、迷いがなかったと言えば嘘になります。でも話を聞くと、お二人が向き合おうとしていたのは、僕も現場でずっと感じていた課題でした。
── どんな課題ですか?
リクルート時代、僕は中国・四国エリアの企業を多く担当していました。採用に真剣なのに、良い人との出会いをなかなか作れない中小企業を何度も見てきたんです。
良い人材ほど都市部へ流れ、地方の企業ほど採用の情報も人手も足りない。その状況に、ずっと違和感がありました。
僕の地元は広島です。子どもが2人いるのですが、あの子たちが大きくなったとき、「地方で働く」という選択肢が当たり前にある地域であってほしい。地方を支える企業の力になりたい、という思いもありました。
だから、代表の二人から同じ課題意識を聞いたとき、「これは自分が本気で向き合いたいテーマだ」と思えたんです。お世話になった上司からの誘いはもちろん嬉しかった。でも、一番の決め手はそこでした。
社員1号。決まった役割がないから、面白い
── Carrariaでは、どんな仕事をしていますか?
営業も、企業の採用支援も、会社の仕組みづくりも。今は必要なことをみんなでやっています。「ここからここまでが自分の仕事」と決まっているわけではありません。
Carrariaは、中国・四国・九州エリアの中小企業を中心に採用を支援しています。軸となるのはRPO(採用代行)で、採用計画づくりから候補者を集める活動、選考の運営まで、企業と一緒に取り組みます。人材紹介事業も始めていて、それぞれの企業に必要な支援を考えながら、体制を作っているところです。
大変なこともあります。でも、会社の変化も、自分たちの仕事の成果も、近くで感じられる。社員1号として、その真ん中にいられるのは面白いですね。
── 最後に、地方で挑戦したい人へメッセージをお願いします。
もし「地方にいるから」と何かを諦めかけている人がいたら、地方だからこそ挑める課題もある、と伝えたいです。
Carrariaは、まだ立ち上がったばかりの小さなチームです。次に加わる人も、会社の形を一緒に作っていく仲間になります。中国・四国で腰を据えて、地域の企業や働く人のために何かを変えたい。そんな方と、まずは気軽にお話しできたら嬉しいです。
少しでも気になったら、ぜひ「話を聞きに行きたい」からご連絡ください。