生しじみラーメン『オルニ』を2026年4月現在、3店舗運営(松山/恵比寿/五反田)する、オルニ株式会社の広報リーダーの金山優です。弊社は「この世から二日酔いを無くす」というコンセプトの元、生しじみラーメン専門店としてラーメン屋を運営しているラーメンベンチャー企業です。
今回は、そんな会社を創業した熊崎の人柄から創業に至った経緯、これからの展望に迫るインタビューを実施しました。
熊崎雅崇(クマザキ・マサタカ)
1996年兵庫県生まれ。 学生時代は日本最大級ストリートダンスサークルの代表として活動。立教大学卒業後、SB C&S株式会社(ソフトバンクグループ )にて最年少マネージャーとしてITサービスの新規立ち上げを経験し、社長賞を2度受賞。2024年11月27日にオルニ株式会社を創業。ラーメンスタートアップとして、しじみラーメンで世界へ挑戦中。
――なぜ、熊崎社長はこの挑戦をしているのですか?
話すと長いのですが、正直に言うと、”負け”から全てが始まっています。昔は、自分のことを天才だと思っていました。サッカーも勉強もそれなりにできて、自然と輪の中心にいるようなタイプで。でも15歳のときに、それが一気に崩れたんです。高校のサッカー部で、いきなりBチームスタート。「あれ、俺って普通なんだな」って初めて気づきました。悔しいというより、プライドが崩れた感覚でしたね。ただ、そのときに思ったんです。「失うものがないなら、全部取り返せばいい」って。そこから毎日走り続けて、半年後には結果を出せました。この経験が、「負けから始める」という感覚の原点になっています。
<真ん中黄色いスパイクが高校時代の熊崎>
――その後も挫折は続いたのですか?
ありましたね。大学受験も全落ちしました。合格発表で自分の番号がなかったときは、
「人生終わったな」って本気で思いました。でも今振り返ると、あれが大きな転機でした。負けて初めて、「勝ちたい」と思えたんですよね。浪人して初めてのテストでは偏差値は48で、流石にこれまで自分は何してたんだと疑いました。そこから、毎日朝から夜まで勉強して、なんとか東京の大学に合格できました。あのとき初めて、「人生って、自分で変えられるんだな」と思えた気がします。
<5月の模試では偏差値48>
――学生時代はどんな経験が大きかったですか?
1つ目はダンスサークルですね。最初は全然できなくて、完全に足手まといでした。でもその分、裏方の仕事を全部やろうと思って。イベントの運営や会計など、誰もやらない仕事を拾い続けていたら、気づいたら代表になっていました。この経験から学んだのは、「人はスキルだけじゃなくて、役割で価値を出せる」ということです。
<大学3年引退公演での代表挨拶シーン>
2つ目は、大学4年の時に社員2名のベンチャー企業でインターンをした経験ですね。親でも先生でもない初めて社長という人を間近で見て、自分の人生をかけて成し遂げたいもののための命を使っている姿が、かっこいいなと思いました。この時にいつか社長になりたいという夢ができました。
<インターン時代の社員と同期>
――社会人になってからは順調でしたか?
全然です。最初に勤めた大手人材系の会社では、「これ、自分じゃなくてもいいな」と思い1年と少しで退職しました。その後、SoftBankで新規事業を任せてもらったんですが、結果は大失敗でした。売上は出ず、赤字。期待してくれた人にも応えられなかった。あの時は、本気で自分を嫌いになりかけました。
<ソフトバンク竹芝オフィス>
――そこからなぜ起業へ?
母の死がきっかけです。「いつか親孝行しよう」と思っていたのに、その“いつか”が来る前に終わっってしまいました。25歳の時に初めて、「人生って有限なんだ」と本気で理解しました。だったら、“本当にやりたいことに命を使おう”って決めれたんです。
<病室から母が見ていた、地元三田の景色>
――しじみラーメンとの出会いは?
完全に偶然です。自分が一番尊敬していた経営者から、「松山に閉店予定のラーメン屋があるから、一緒に行かないか?」とお誘いをいただきました。実は大学4年の就活中、著者・前田裕二さんの『メモの魔力』と『人生の勝算』を読んでいました。SHOWROOM株式会社の代表をされている方です。
実際に行った際には、正直あまり覚えていないのですが、とにかく「この味と歴史をなくしたくない」と思いました。気づいたら、「引き継ぎます」と言っていました。あの時は正直、何も後先考えていなかったです。1つだけ確信があったのは「これは、自分の人生を賭ける価値がある」と直感で思いました。
<前田裕二さんのInstagram>
――今の原動力は何ですか?
一緒に夢を追いかけてくれる仲間の存在と応援してくれる人への恩返しが原動力です。そして「まだ挑戦を続けているか?」この言葉を毎日、自分に問いかけてます。負けたあの日から、母が亡くなったあの日から、ずっと問い続けています。
<修行中の様子>
後編に続く(創業者インタビュー:修行から始まり、松山創業22年のしじみラーメン屋が東京進出)