以前は、「忙しい」が口癖でした。忙しくしていることが、頑張っている証拠だと、どこかで思い込んでいたのかもしれません。でも、ある本を読んでから、その考え方をやめました。今では、「忙しい」という言葉を、意識的に使わないようにしています。何が変わったのか、書いてみようと思います。
「忙しさ幻想」という本が教えてくれたこと
これまでの記事で、「打席に立った数がすべて」「とにかくやってみる」という話をしてきました。それを読んで、「じゃあ忙しく動き回ることが正解なのか」と思った方もいるかもしれません。でも、実はまったく逆のことを大事にしています。
量をこなすことと、忙しいと振る舞うことは、まったく別の話です。動く量そのものは、これからも減らすつもりはありません。変えたのは、その状態を「忙しい」と表現しなくなったことです。
以前読んだ本に、こんなことが書かれていました。忙しいと感じる原因は、実はタスクの量ではなく、感情がつくり出しているものだ、という指摘です。
「時間がない」「余裕がない」と思っているとき、本当にやることが多すぎるとは限らない。むしろ、忙しくしていないと落ち着かない、頑張っていないと不安になる、という感情のほうが、忙しさの正体だったりする。そう言われて、心当たりがありすぎて、少し恥ずかしくなったのを覚えています。
本の中には、こんな言葉もありました。もし山の中で、時計もスマホもなく、電波も届かない場所にいたとしたら、そこに「時間」という概念は存在するのだろうか。時間というのは、人間が便宜的につくり出した物差しにすぎない。
この言葉を読んで、「忙しい」という感覚も、自分自身がつくり出しているものなのかもしれないと思い始めました。
「忙しい」は、自分に都合よく使われる言葉
忙しいと口にすると、上司からの誘いを断る理由になります。頑張っているように見られる効果もあります。つまり、忙しいという言葉は、自分を守るための便利な道具として使われがちです。
でも、それを言い続けていると、まわりから「忙しい人」というレッテルを貼られてしまいます。すると、いざチャンスが訪れたときに、「忙しそうだから」と遠慮されてしまい、声がかからなくなるんです。
これは、声をかける側にとっては、それは善意からくる気遣いです。でも、声をかけられる側にとっては、大きな機会損失になってしまいます。
だからこそ、常に「暇です」と言えるくらいの余白を持っておくべきだと思っています。暇であれば、チャンスが来たときに、すぐに手を挙げて取りに行くことができるからです。
イーロン・マスクほどの規模の企業を率いていても、1日は24時間しかありません。忙しさの正体は、時間の絶対量ではなく、使い方の問題なのだと思うようになりました。
スマホを見なくなってから、変わったこと
忙しさをつくり出しているものの一つに、スマホの存在があります。SNSを何気なく開いて、気づけば何十分も経っている。そんな経験は、誰しもあるのではないでしょうか。
今では、意図的にSNSアプリをアンインストールし、必要なときだけ入れ直して見るようにしています。惰性で情報を追いかける時間を減らすことで、気づけば頭の中に余白が生まれるようになりました。
忙しいと感じる時間の多くは、実は自分でつくり出している「なんとなくの時間」だったのかもしれません。
作業思考ではなく、成果思考で
忙しさをアピールする人の多くは、作業思考に陥っている気がします。やったこと自体が偉い、という感覚に少しずつすり替わっているんです。
学生時代、スタディプラスのような勉強時間を記録するアプリで、実際は勉強していないのに時間だけつけていたことがあります。
仕事でも、同じことが起きがちです。「これやりました」という報告のための報告になってしまう。本来の目的は、成果を出すことだったはずなのに、いつのまにか「やったこと」自体が評価の対象にすり替わってしまうのです。
本当に重要なのは、成果につながっているかどうかです。極端に言えば、ほとんど何もしていないように見えても、成果がしっかり出ていればそれでいいということ。
ただし、それが「意図してそうなったのか」「たまたまそうなっただけなのか」は、まったく別の話です。意図せず出た成果には再現性がありません。仮に真似しろと言われても、誰もついてこられないのです。
見切り品のシールを貼り忘れた日に学んだこと
以前、スーパーの青果コーナーでアルバイトをしていたことがあります。夕方6時になると、カットした野菜に値下げのシールを貼るのが日課でした。
ある日、忙しさのあまり、貼るのをすっかり忘れてしまったんです。お客さんに商品の場所を聞かれ、対応しているうちに、時間はあっという間に過ぎていきました。気づいたときには閉店間際。売れ残れば、まるごと廃棄になる状況でした。
「これ、自分が貼らなかったら全部パーになる」。そう気づいた瞬間、初めて仕事の意味が腹落ちしました。頭ではわかっていたつもりでも、実際に失敗して初めて、その重さを実感したのです。それ以来、シールを貼り忘れることは、二度とありませんでした。
失敗して初めて、その重要性がわかります。当事者意識というのは、頭で理解するものではなく、痛みとともに身につくものなのかもしれません。
忙しさに追われて目の前のことを見失うのではなく、余白を持ちながら、一つひとつのタスクの意味を考える。この2つは、実は同じことを指しているのだと思います。
暇でいられる余白を、一緒につくりたい
忙しさをブランディングにするのではなく、成果にフォーカスしながら、余白を持って動ける状態を目指しています。
私たちが一緒に働きたいのは、やったこと自体に満足するのではなく、なぜそれをやるのかを考え抜ける人です。
当事者意識を持って、目の前の仕事に向き合える人と、これからも成長していきたいと思っています。
■会社情報
社名:MODE-1 PARTNERS株式会社
住所:東京都中央区日本橋富沢町10番13号 WORKEDITION NIHONBASHI 4F
代表者:岩世祐生
事業内容:グロース支援/事業構築・営業・マーケティング支援
公式HP: https://m1.satellite-holdings.co.jp/