2026年2月12日にdotD noteに投稿された記事です。
先日、AnthropicでClaude Codeを率いるBoris Chernyのインタビューを読みました。彼のチームでは「スペシャリストよりジェネラリストを採用する」のだそうです。
AIがコードの大半を書く時代に、特定の技術を極めた人よりも、プロダクトの方向を決め、設計を考え、ユーザーの声を拾える人のほうが価値がある。そういう話でした。
これを読んで、共感しました。自分のキャリアを振り返ると、まさにそういうロールを歩んできたからです。一言で表すなら「器用貧乏」ですね。
どの工程でも一番になれなかった
SIerでPMをやっていた頃は、プレイングマネージャーでした。要件定義、設計、コードレビュー、インフラ構築、運用設計、改善。システム開発で経験できる工程はひと通り通ってきたと思います。
でも、どの工程にもスペシャリストがいて、敵いませんでした。設計ならあの人、インフラならあの人。正直に言えば、エンジニアとしての才能に限界を感じて、割と早い段階でPMという「全体を見る仕事」にシフトしていきました。
その頃からマネジメントや思考法、トレンド技術に興味を持ち、仕事で積極的に取り入れていました。個々の工程を極めるよりも、全体を見通して動かすほうが楽しかったし、やりがいを感じていました。スペシャリストの道では勝負できない。でもこっちの道なら勝てるんじゃないか。そんな漠然とした考えはありましたが、それが本当に正しい道なのか、当時は確信がありませんでした。
専門家たちの「言語」を翻訳する
NRIに移ってITコンサルタントになると、この「幅の広さ」が思わぬ形で活きました。
スマートシティの都市OSアーキテクチャ策定、データ利活用基盤構築、プライバシーデータ活用PF構想。NRIの中でも新規性の高いテーマばかりに関わっていましたが、どのプロジェクトでも同じ壁にぶつかります。エンジニアはエンジニアの言葉、セキュリティの専門家はセキュリティの言葉、業務コンサルタントは業務の言葉で話している。全員が正しいことを言っているのに、かみ合わない。
そこで求められたのは、特定領域の深い専門知識ではありませんでした。全員の言葉を少しずつ理解して「翻訳」できる力です。いろいろな工程を経験してきたからこそ、それぞれの立場が想像できる。スペシャリストたちの間に立ち、1つのチームとして顧客の課題に向き合う。気づけば、器用貧乏の副産物が自分の一番の持ち味になっていました。
ここでも「この道の専門家」には敵いません。でも、スペシャリストたちが最高のパフォーマンスを出せる場をつくること。それ自体が、別の種類の専門性だったのかもしれません。
「組み合わせ」は真似できない
dotDでValue DeliveryのVPとして共創事業を率いている今、この「器用貧乏」が最も力を発揮していると感じます。
共創事業では、不確実で曖昧なテーマばかりです。技術の肌感覚と、PMとしての構造化能力と、コンサルで鍛えた言語化能力を同時に使って突破していく。1つ1つを見れば、それぞれの専門家に敵いません。でも、1つ1つを組み合わせて新たな1つを作ると、それは自分だけの能力になります。
Chernyが「ジェネラリストを採る」と言う背景には、AIが詳細を埋めてくれるようになった、という構造変化があります。コードの実装はAIがやる。だから「何を作るべきか」を判断し、異なる専門領域をつなぎ、全体の方向を決められる人が必要になった。
これはエンジニアに限った話ではないと思います。PMでもコンサルタントでも事業開発でも、領域横断的に知識や経験を駆使できる人ほど、生成AIという「詳細を埋めてくれるパートナー」の恩恵を受けやすい。
18年間、どの専門でも一番になれませんでした。でも幅広く経験してきたからこそ、専門家たちの言葉を翻訳し、曖昧なものを具体にし、チームで成果を出す力が身につきました。1つ1つのスキルは替えがきくかもしれない。でも、その組み合わせ方は誰にも真似できません。「器用貧乏」を自覚しているなら、それはいまの時代に最もフィットする武器だと思っています。