こんにちは。株式会社WILLCO、代表の土屋です。
前回は「島育ちがパワハラと戦ったら起業していた話」として、僕がどんな環境で育ち、どうやってパワハラと裁判を経て独立という選択肢にたどり着いたのかを書きました。今回は、ひょんなきっかけから起業したWILLCOという会社が、その後どんな14年という軌跡をたどってきたのかを書いてみようと思います。
表参道のマンションの一室で起業
会社をやるとなるとまずはオフィスを決めるものですが、どっぷりとエンジニア脳になっていた私は、ITの聖地と言われていた渋谷に憧れ、当然のように渋谷でオフィスを探しはじめます。しかし、当時から渋谷は家賃が高騰しすぎており、結局良い物件が見つからず、借りることができませんでした。
仕方なく渋谷から少し離れた表参道の裏路地の住宅街に佇む小さなビルの一室を借りて事業を始めました。表参道ってなんかカッコよかったので。
創業事業として選んだのは、医師のスポットと呼ばれる短期のアルバイト紹介アプリでした。今でこそ単発アルバイトをアプリで探すというのは当たり前の時代になっていますが、約15年前当時、スマホアプリかつニッチ産業でという狙い自体は今でも悪くなかったと思います。実際、アプリを意識した直感的なUIを作り込み、バイトキャンセルが出た際には日給ダブルアップで再募集がかかる仕組みなど、当時としては画期的なアプリだったと思います。
一気に負債2000万円、絶望へ
しかしこの事業は、振り返ってもひどい失敗に終わりました。
「良いサービスを作れば売れる」という勘違いに加え、致命的だったのは、公開後に契約予定だった上場企業や大手医療法人との取引が、競合他社のロビー活動で軒並み白紙になったことです。取引の確約を紹介者に任せきりにし、自分で契約を詰め切れていないという、ビジネスの厳しさを全く分かっていない甘さが原因でした。
さらに、約1,000万円の創業資金と借入金1,000万円をすべてアプリ開発に注ぎ込んでいたため、公開時にはすでに資金が底をつき、人を雇う余裕もありません。そこからは受託開発でキャッシュを繋ぎつつ、自らテレアポで病院を回り、夜中まで求人を掲載し、明け方にはドクターの遅刻連絡に対応する、睡眠を削る泥臭い日々が始まりました。
しかし、血を吐く思いで1年続けても最高月商はわずか34万円。3ヶ月後には資金がショートすることが目に見えていました。それでも、なけなしの2,000万円と身を粉にした思い入れから、撤退の踏ん切りがつかないままギリギリの精神状態で過ごしていました。
そんな矢先、諦める決定打となる出来事が起きます。健診スタッフとともに現場に入る予定だった医師が、当日になって来なかったのです。現場が止まったことで、こちらに約25万円の損害賠償が請求されました。
文字通り身を粉にして働いて得た月商34万円のうち、25万円が一瞬で吹き飛ぶ。夜中まで働き積み上げたものが、自分ではコントロールできないトラブルで消えていく。その瞬間、僕の中で何かが崩れていく音がしました。
「ああ、自分はいま2年の歳月と持ち金全てを掛けた事業を、捨てなければいけないんだ」。これが最初の、致命的かつ絶望的な挫折でした。手元資金もない中、気づけば背負った負債は2,000万円まで膨れ上がっていました。
ニッチ市場で見つけた活路
そこから、生き残るための方向転換を図ります。キャッシュは残り2ヶ月でショートする、まさに崖っぷちの状況でした。
医療人材ビジネスの知見を活かしつつ、よりニッチで即時性のあるビジネスができないか。そこで挑戦したのが、当時ほとんど注目されていなかった「臨床工学技士」に特化した転職支援でした。
やったことはとてもシンプルでした。LPを1枚作り、広告を回す。登録してくれた方に「臨床工学技士の転職の専門家である私にお任せください。ただ、あなたに合った最も条件の良いところを複数選びたいので少し時間をください」と堂々と伝え、翌日に病院や企業へ一気にテレアポをかける。求人を死ぬ気で集め、夜にまとめて提案するというサイクルを全速力で回し続けました。
その結果、ピボットを決意してから1ヶ月ほどで最初の成約が決まりました。求職者から感謝の言葉と共に内定受諾の返事をいただき、電話を切った時のことは、おそらく死ぬまで忘れないでしょう。オフィスで一人叫ばずにはいられませんでした。
ここから自らも引き続き営業しつつ、インターンを2、3名採用しました。「創業ベンチャーで新規事業の立ち上げを経験できるよ」と口説き、ほぼ社員と変わらないレベルでコミットしてもらいました。彼らには本当に感謝しかありません。この事業は2020年ごろまで続くWILLCOの「原点」となりました。
自分の原体験と重なった、司法書士業界のリアル
しかし、事業が軌道に乗り始めても、頭の片隅には常に危機感がありました。「この市場も、いつか大手が本気で参入してくるだろう」。だからこそ、稼げているうちに次の一手を打つ必要がありました。
そこで目を向けたのが、「士業」という国家資格者の領域です。まずは弁護士の人材紹介のテストマーケティングを始めましたが、当時の弁護士業界は「弁護士が余っている」と言われた時代でした。次に挑戦した公認会計士・税理士の領域は、求人は集まるものの求職者の獲得コストが異常に高く、資本の小さな会社にはリスクが高すぎました。
弁護士でもない、会計士でもない。次に行き詰まったとき、ふと当時の彼女が「司法書士を目指して勉強しているな」と思い出しました。
そこで試しに司法書士事務所へ営業に行ってみると、「お金を払ってでも人を採りたい」という確かな需要がありました。しかし、勤務条件を聞いていくうちに耳を疑いました。
「月給15万円、残業は夜中まであるけど残業代なんかないよ」「未経験は学ばせてもらう立場なんだから、このくらいが当たり前」
複数の経営者から、悪びれる様子もなく同じような言葉を聞きました。世の中では労働問題への意識が高まっていたのに、この業界は時間が止まったままだと感じました。「学ばせてもらうんだから待遇は低くて当然」という前提に、僕は強烈な違和感を覚えました。
本気で「この業界を良くしたい」と思えたのは、僕自身が前職時代に「弱者」として壮絶なパワハラを受け続けた経験があったからです。理不尽な環境の中で、声を上げられずに苦しむ人たちの痛みが、僕には痛いほどよく分かりました。
「僕たちが求人を獲得し、どんどん世の中にオープンにしていこう」。そうすれば、クローズドな世界にも自ずと競争原理が生まれるはずだと考えました。条件の良い求人に人が集まるようになれば、待遇の悪い事務所も条件を見直さざるを得なくなり、結果的に業界全体の待遇が改善されていくはずだ。「自分は、これをやるために今までの人生があったのではないか」とさえ思い、司法書士業界に本格的に飛び込みました。
圧倒的No.1へのこだわり
司法書士業界での使命感から本格スタートした「LEGAL JOB BOARD」は、その後、私たちの予想を遥かに超えるスピードで成長していきました。現在では、司法書士はもちろん、弁理士・知財、土地家屋調査士といったニッチな領域において、圧倒的No.1の事業へと成長しています。また、最初に壁にぶつかった弁護士領域においても、上場企業がひしめく中で独自のポジションを確立し、特に若手弁護士の方々から強く支持される存在になることができています。
私たちがここまで「圧倒的No.1」であることにこだわってきたのには、明確な理由があります。それは、過去に医療業界で人材紹介事業をやっていた際、競合他社との広告費の掛け合い、パイの奪い合いに疲弊し、非常に不毛な思いを味わったからです。
「業界No.1だけが目の前の顧客のことだけを考え、真に正しい行動を取ることができる」。この信念のもと、ひたすらに本質的な価値を追求してきたことが、今のLEGAL JOB BOARDの躍進に繋がっていると確信しています。
人も組織も、壁にぶつかった時にしか成長しない
WILLCOが掲げるビジョンは、「すべての『働く』をしあわせに」です。私自身、会社員時代に不当な扱いや理不尽な環境を経験しました。しかし、「働く」こととは本来、人の人生を良くするものであるはずです。その考えが、WILLCOを創業した原点にあります。
すべての人は働くことを通じて、各々の幸せを求める権利があると考えています。仕事は、時として収入を得るためだけのものではありません。自分の力を生かし、成長し、誰かの役に立つ。そうした経験も含めて、一人ひとりが自分にとっての幸せを追求できる社会であるべきです。
そして、これはWILLCOで働くメンバーに対しても同じです。幸せの形や働き方を会社が一方的に決めるのではなく、それぞれが自分らしいあり方を追求し、成長していくことを最大限後押しできる会社でありたいと考えています。
WILLCOの経営は、創業当時だけでなく、その後も苦しいことが何度もありました。数字だけを見れば、創業以来14期連続で増収しています。しかし、その間には事業の停滞もあれば、組織拡大に伴う大量離職も何度か経験しています。
私は、人も組織も、壁にぶつかった時にしか成長しないと考えています。物事がすべてうまくいっていると感じる時は、いつか積み上げた貯金で暮らしている時期でもあります。これまでのやり方が通用しなくなった時に、人も組織も初めて本気で自分たちの課題と向き合うことになります。
WILLCOもそのたびに、残ってくれたメンバーと、採用、育成、評価、マネジメントを一つずつ見直してきました。そうした「しゃがむ時期」に進めた改善が、今の組織の土台になっています。
現在は、LEGAL JOB BOARDと、士業・専門職領域で築いてきたポジションや利益を生かし、複数の新規事業を進めています。新規事業では、挑戦する数が重要です。すべてが成功するわけではありません。それでも試す数を増やし、失敗から学び、改善を重ねなければ、次の事業は生まれません。
今では、経営陣だけでなく、エンジニアやビジネスサイドのメンバーからも新しい提案が出ています。トップダウンとボトムアップの両面から、次の事業の柱を狙い、つくっていく。WILLCOは今、そうしたエキサイティングな時期に入っています。
代表・土屋のnoteでは、本記事の全編を公開しています。
WILLCOのストーリーでは、組織の取り組みやメンバーの働き方を継続的にお届けしています。