郵便局のドライバーから、完全独学で。「AIはツールであって、スキルではない」と言い切る、前川高弘さんの話
「会社に雇われた経験が、これまで一度もないんです」
そう話す人が、今年6月からウツセバでCTOを務めています。29歳、今年で30歳を迎える前川高弘さんです。
郵便局の軽貨物配送ドライバーとして個人で生計を立てていた人が、約4年前に、しかも完全な独学でエンジニアの道に入りました。
そして現在、業務の9割をAIに任せて開発を回しています。
「AIを使えば簡単に稼げる」
ここ数年この言葉を見かけては、半信半疑のまま通り過ぎた人も多いでしょう。前川さんに同じことを尋ねると、答えは拍子抜けするほど短いものでした。「稼げます」。ただ、すぐに「そこには大きな誤解があります」と続きました。
ウツセバでは今、前川さんが率いるAI開発のチームで一緒に働くエンジニアを募集しています。誤解の中身も、その働き方の実際も、ここからは本人の言葉でたどりましょう。
プロフィール
前川 高弘/CTO
大学・専門学校を中退後、22歳頃から個人事業主として郵便局の軽貨物配送ドライバーを務める。約4年前に完全な独学でHTMLを触り始め、ChatGPT登場初期からGAS(Google Apps Script)のコードをAIに書かせて配送業務や個人ビジネスを効率化。今年に入って他者向けのシステム・SaaS(クラウド型のソフト)開発を本格化させ、受託・保守契約を重ねて6月にCTOとして参画。現在は受託したAI開発案件の要件定義・ヒアリング・工数設計を担当。
「MVPは半日、開発は3日」──仕事を止めるのは、AIではなくすべて人間
前川さんがいま進めている案件のひとつに、美容室向けの問屋(卸売会社)のシステム化があります。これまでは注文をすべて電話で受け、在庫管理も棚卸しも手作業でした。
その現場を、LINE公式アカウントから注文でき、発注・在庫データもひとつに統合されるシステムへ置き換えている最中です。驚くのは、形になるまでの時間の短さでした。
「僕たちの開発スタイルでは、一旦動くサンプル(MVP:最小限の実用製品)を半日で作ってクライアントに渡します。まずはこれを使ってみて、レビューをください、と」
「こっち側の開発だけで言えば、3日もあればほぼ完璧なものが仕上がります。クライアントとの連絡調整(返信待ち等)があるため実際の平均納品期間は2週間ほどですが、中身の開発自体は一瞬です」
この数字を並べ直すと、2週間の納期のうち開発に使っているのは3日ほどで、残りは半日で渡したMVPのレビューと確認の返信を待つ時間です。
前川さんがそこから引き出す結論は、AI礼賛とは逆でした。
「今のAI時代、『開発や仕事を止めるのは、AIではなくすべて人間』なんですよ」
「AIは指示すればガンガン進んでくれますが、人間がそこに追いついていないのが現状です」
AIが速いという話ではありません。人間が開発を遅らせているという話であり、この反転が、前川さんの働き方すべての起点です。
「Claudeが止まったら、その日は休み」──人間の仕事は、ファクトチェックとオンラインで完結しない作業だけ
人間が追いついてさえいれば、仕事は止まりません。その「追いつく側」を、前川さんは根性ではなく仕組みで作っていました。
「僕の仕事の構造は『Claude(主にClaude Code)を通さないと仕事をしない』仕組みになっています」
いまメインで使うのはClaudeとGeminiで、ChatGPTは「遊びで使う程度」だそうです。ミーティングのたびに、前川さんは議事録やメモをClaudeへ読み込ませ、文字起こしの原文ごと「Obsidian(オブシディアン)」というメモ帳アプリに蓄積していきます。
そうして積み上がった文脈そのものが、本人いわく「専用の超強力な開発パートナー」の正体です。
「本当に、Claudeが止まったらその日は仕事を休みにするしかないほど依存しています(笑)」
ここまで振り切ると、人間に残る仕事はわずかです。
「人間の仕事は、ファクトチェックと、物理的にオンラインで完結しない作業だけです」
紙の資料をスキャンしてPCにアップロードする作業は、人間にしかできません。そこから先の処理もプログラミングもすべてAIに投げ、請求書の突合は1回目をシステムが自動で行い、最後の確認だけを人間が担います。業務の9割は、AIの担当です。
ただし、最初からこの形だったわけではなく、当初はAIがもっともらしい嘘をつく「ハルシネーション」を見抜くファクトチェックに、多くの時間を取られていました。
「今は、『このあたりの領域はAIが嘘をつきやすいな』というのが感覚的に分かります。そのため、プロンプトにあらかじめ『NG(制約条件)』を設けることで、ハルシネーションを高い精度で回避できるようになりました。これも、愚直にAIと向き合い、使い続けてきたからこそ得られた感覚です」
業務の9割という数字は、AIが優秀だから出たものではなく、人間の仕事を2つに絞り込んだ結果です。ここまでは任せてよいと判断できる目は、AIが嘘をつきやすい場所を体で覚えるまで前川さんが使い続けた末に、あとから手に入りました。
「稼げます。ただ、そこには大きな誤解がある」──AIはツールであって、個人のスキルではない
AIを使えば、誰でも簡単にシステムを作って稼げるようになるのでしょうか。前川さんの答えは、迷いなく肯定から入りました。
「『AIを使えば簡単に稼げるか』と聞かれたら、僕は『稼げます』と答えます。ただ、そこには大きな誤解があります」
「AIはただのツールであって、個人のスキルではない」
「AI自体がどれほど優れていても、それはAIが凄いだけであって、僕らが凄いわけではありません」
自分の実力とAIの実力をきっぱり分けたうえで、前川さんが稼ぐために必須だと挙げたのは、技術の話ではありませんでした。
「本当に案件を獲得し、価値を提供してお金を稼ぐために必須なのは、技術力やコーディング力ではなく、『トーク力』や『コミュニケーション能力』です」
必要なのは、クライアントが何を求めているのかを正確にヒアリングし、提案し、信頼関係を築く力だといいます。「これがないと、どれだけAIを使いこなせても仕事にはなりません」
前川さんがAIに渡しているのは、要件が決まったあとの部分です。何を作るべきかを引き出し、任せてもらえる関係を作るところは、まだ人間の担当として残っています。稼げるかどうかを分けるのは、AIを触った時間ではなく、この「聞き出す力」をどれだけ積み上げたかでした。
郵便局のドライバーが、なぜ独学でCTOになれたのか──「お金になるかも気にせず、趣味のように触り続けた」
聞き出す力も、AIが嘘をつく場所を見抜く感覚も、出どころをたどると意外なほど地味な時間に行き着きます。
「実は、僕はこれまでに一度も『会社に雇われた経験』がないんです」
独学を始めた当時は現場も常駐も経験がなく、会社の中で教わる機会もありませんでした。代わりに教材にしたのが自分自身の業務で、ChatGPT登場の初期からGASのコードをAIに書かせ、配送業務や個人ビジネスの効率化に使い始めます。
「当時はお金になるかどうかも気にせず、時間とコストを投資して趣味のように触り続けていました」
独学が続いた理由は、この一言に尽きます。案件のためでも転職のためでもなく、目の前の仕事が楽になっていくのが面白い、という理由だけで数年ぶんの時間を注ぎ込みました。
他者向けの開発が本格化したのは今年に入ってからで、知人のネイリストに頼まれた顧客管理システムのサンプルをそのまま納品したのが最初の案件です。それをサブスク型にしてSNSやLP(ランディングページ)で展開すると、自動で売れる仕組み、本人いわく「自販機のようなシステム」ができあがりました。
ネイリストの1件のあとも受託開発と保守契約が積み重なり、今年6月、前川さんはCTOとして迎えられます。順番は逆でした。肩書きが先にあったのではなく、個人で回していた仕組みが先にあり、役職はそのあとから付いてきました。ここにあるのは特別な才能の話ではなく、身の回りの困りごとにAIを当て続けた時間の話です。
「気づかないうちに情報漏洩するリスクがある」──だからセキュリティは、情シスの社内案件から学ぶ
一緒に働くエンジニアに求めるものを尋ねると、答えは技術力でもAIの習熟度でもありませんでした。
「受託開発をやる上で、『徹底的なセキュリティ意識と知識』は絶対に欠かせません。特にAIを使う開発においては『気づかないうちに情報漏洩してしまうリスク』があります。そこをどう対策し、配慮して開発を進められるかを非常に重視しています」
AIに投げれば開発は速く進みますが、その速さは、外に出してはいけないデータをうっかり漏らす速さにもなりかねません。9割をAIに任せる働き方は、この一点で崩れます。
ただし、セキュリティを重視すると聞いて身構える必要はなく、ウツセバのチームが用意しているのは段階的なアサインのステップです。
- 情報システム部門(情シス)へ配属され、情報漏洩のリスクが比較的低い社内案件で、業務とセキュリティの基本を学ぶ
- 社内案件で問題がないと判断できたら、前川さんいわく「プロジェクト単価制で稼げる開発チーム」へステップアップする
「もちろん、開発チームに上がるためには、セキュリティについて自主的にしっかり学んでもらう必要があります。段階的に知識をアップデートし、レベルアップできる環境は整っているので、主体的に学べる方なら大歓迎です」
入ってすぐ社外の重要なデータを預かることはありません。まずは社内の案件で、AIに何を渡してよくて何を渡してはいけないかを覚える期間があります。開発チームへ上がる判断材料は、資格でも前職の経歴でもなく、この社内案件での仕事ぶりです。2つのステップはふるいではなく、他社のデータの前に立つまでの階段だと考えてください。
「実務はAIに全部やらせよう」──余白の時間で、人とつながり、面白いことを形にする
AIに9割を任せて削った作業時間は、そのまま前川さん自身が動ける時間へと変わります。
「AIを使い始めてから、とにかく自分の作業時間が減り、自由に動ける時間が増えました。そのおかげで、これまで触れてこなかった別業界の人たちとも積極的に交流できるようになり、選択肢が大きく広がりました」
開発そのものが3日で終わるなら、空いた日数を次の案件で埋めることもできますが、前川さんがそこに入れたのは、これまで会えなかった人たちとの時間です。
その延長線上に、前川さんが描く未来があります。
「将来は、AIオタクを集めたコミュニティサイトを運営して、みんなで楽しく飲み会や情報交換をしながら、『実務はAIに全部やらせよう!』という世界を作りたいなと思っています(笑)」
笑いながらの言葉ですが、ここまで並べた仕組みは、どれもこの一文に行き着きました。だから、半日でMVPを渡すのも、Obsidianに文脈を溜めるのも、人間の仕事を2つに絞るのも、速く作ること自体が目的ではありません。前川さんが増やそうとしているのは、生産量ではなく余白なのでしょう。
こんな人と働きたい──応募を考えているあなたへ
最後に、これから応募する人へのメッセージを聞きました。
「世の中の便利なツールをフル活用して圧倒的なスピードで価値を提供し、余白の時間で人との繋がりや面白いアイデアを形にする。そんなエキサイティングな働き方に共感してくれる、知的好奇心旺盛なエンジニアの応募をお待ちしています!」
「知的好奇心旺盛」は漠然と聞こえますが、ここまでの話に照らすと中身は具体的です。
- お金になるかを脇に置いて、面白いものを触り続けられること
- クライアントが何を求めているのかを、正確に聞き出そうとすること
- 任される範囲を広げるために必要な知識を、セキュリティのように自分から学びにいくこと
3つとも、才能ではなく行動を指しています。1つ目は前川さんが配送ドライバー時代から続けてきたことで、2つ目は稼ぐために必須だと本人が言い切ったもの、3つ目はこれから入る人に名指しで求めているものです。
開発メンバーは3名ほどで、手が足りなければ、CTOである前川さんともう一人のメンバーが自ら実装に入る規模です。
「開発メンバーとして動けるメンバーが3名ほどいて、手が空いていない場合は僕や成田が自ら手を動かして実装することもあります」
ここには、指示を出す人と手を動かす人の線引きがありません。CTOと同じ画面を見ながら実装する距離だということです。
「開発や仕事を止めるのは、AIではなくすべて人間」
裏返せば、仕事を前に進めるのもまた人間だという話です。AIの速さに追いつき、相手の話を聞き出し、必要な知識を自分から取りにいける人を、ウツセバは待っています。