プロフィール紹介
星野仙太(ほしの・せんた)。東京大学発のスタートアップ、株式会社Albatrusの代表取締役CEOを務める。地方総合病院の4代目という出自を持ち、自らも実家の病院経営とDX推進の現場に立ちながら、医療業界全体にインパクトをもたらすプロダクトの開発に挑んでいる。
創業、そして現在に至るまで
創業の原体験
—— Albatrusを立ち上げた、根本的な動機はどこにあったのでしょうか。
「正直に言えば、出発点は『日本を復活させなくてはならない』という、かなり大きな危機感でした。私たちの世代は、いわゆる『失われた30年』という停滞期の中で育っていて、“日本が良かった時代”を肌では知りません。世界の中で日本が遅れをとり続けている、その状況に対して、ずっと使命感のようなものを抱えてきました。
そのうえで、私自身が縁あって実家の病院経営とDXに携わるようになり、そこで『医療崩壊』の危機感を本当に肌で感じたんです。医療は日本のインフラそのものです。これを守ることは、国民全体の生活を守ることに直結する。だったら、ここに自分の力を注ぎたいと考えました」
—— 「医療崩壊」とは、具体的にどういう状況なのでしょうか。
「必要な医療が、十分に提供できなくなる状態です。これは決して大げさな話ではなくて、すでに倒産する病院も出始めています。原因は『人・モノ・金』の3つに整理できます。
都市部では病院が多すぎて患者の奪い合いが起き、地方では医師も看護師も足りない。看護師が海外の高待遇を求めて流出していく動きもあります。医療材料や機器は海外依存度が高まり、円安や購買力低下で手に入りにくくなっている。そして金の面では、2024年の医療費は約42.8兆円に達し、社会保障費が限界に近づいている。
根っこにあるのは、高度経済成長期に『人口が増え、経済が成長し続ける』前提で設計された制度を、いまだに引きずっていることだと考えています」
苦難と、それを乗り越えた経験
—— 実家の病院では、2024年から本格的なDXを始められたそうですね。
「はい。ただ、これが想像以上に壁の連続でした。病院DXは、日本全体で見ても『全く進んでいない』と言わざるを得ない領域です。基盤となる電子カルテの導入率ですら、200〜400床規模の病院でも5割ほど。導入されていても多くがオンプレミス型で、クラウド化はほとんど進んでいません。
進まない理由は明確で、医師が経営者である病院が多く、医療の提供が最優先されて経営課題が後回しになりがちなこと。コストの半分以上が人件費という労働集約型の構造であること。そして、安全性が最優先される業界ゆえに、改革そのものに慎重であること。この3つが重くのしかかります」
—— その中で、どう前に進めたのでしょう。
「最初にやったのは、とにかく現場へのヒアリングでした。全部署の声を吸い上げて、課題と期待を具体的に把握する。同時に経営陣とDXの重要性を徹底的に議論し、6年というスパンで、『人』を中心に据えたDX戦略を設計しました。
実行段階で効いたのは、院長自らが現場に説明に立ったことです。トップの本気度が伝わると、現場が納得感を持って動いてくれる。あわせて任意参加型のSlackを導入したら、今では従業員の半数が参加していて、トップダウン・ボトムアップ・横断のコミュニケーションが回り始めました。
KPIを統合管理するデータ基盤の構築、紙運用の洗い出しとデジタル化、PHSからスマホへの移行——一つひとつは地味ですが、計画以上に順調に進んでいます。ただ、まだ『改善』の段階で、本当の『改革』には到達していない。そこは正直に認めて、次のステップを積み重ねている最中です」
経営とやりがい
経営の面白さと難しさ
—— 病院DXという領域の、面白さと難しさはどこにありますか。
「DXという言葉は誤解されがちですが、本質は『経営改革』、つまり価値構造そのものをつくり変えることだと考えています。デジタル化はその一部にすぎません。経営・業務・組織・デジタル基盤の4つを、デジタルを前提に再設計していく。これは技術の話である以上に、人と組織の話なんです。
難しさは、まさにそこにあります。現場には長年の慣習があり、安全への責任感も強い。だから正論を振りかざしても動かない。けれど、その壁を一つずつ越えて、現場の人たちが『前より働きやすくなった』と実感してくれる瞬間がある。そこにこの仕事の面白さが凝縮されていると思います」
組織文化・働き方のこだわり
—— 組織として大切にしている価値観は。
「5つのValuesを掲げています。完遂・大志・気迫・自律・団結です。
始めたことは必ず最後までやり切る『完遂』。小さくまとまらず大きな志を掲げる『大志』。圧倒的な熱量で物事に向き合う『気迫』。自ら考え、決め、動く『自律』。そして仲間を信頼し一丸となって前へ進む『団結』。
医療という社会インフラを変える挑戦は、生半可な気持ちではやり遂げられません。だからこそ、高い志と熱量を持ち、当事者意識で動ける仲間が集まる組織でありたい。一人ひとりが自律して判断と責任を引き受けながら、それでも最後は団結して大きな壁を越えていく——そんなカルチャーを大事にしています」
ビジョン・今後の展望
—— 5年後、10年後、Albatrusは社会にとってどんな存在でありたいですか。
「私たちスタートアップの存在意義は、単なる金銭的なインパクトを超えて、医療の変革を通して日本の未来を拓くことだと思っています。
短期的には、DXで医療現場の業務効率と生産性を上げる。中期的には、地域の病院が役割分担を明確にして連携するネットワークづくりに貢献する。そして長期的には、予防医療やセルフケアを重視した『新しい医療の形』そのものの創出に関わっていきたい。
医療を守るだけでなく、日本にとって国際競争力のある分野へと育てていく。10年後には、『日本の医療が変わるきっかけは、Albatrusから始まった』——そう振り返ってもらえる存在になっていたいですね」