コーヒースタートアップ「Kurasu」の成長は、多様なバックグラウンドを持つ仲間たちによって支えられています。連載記事「New Journey」は、そんなKurasuでの活躍を経て、新たな一歩を踏み出すメンバーたちのストーリーを記録する場。彼ら・彼女らの言葉は、同じコーヒー業界で挑戦を続ける人々へのインスピレーションとなり、Kurasuの未来を形作る貴重なインサイトとなるでしょう。
Kurasuの新しい店舗ブランド「2050 coffee」のマネージャーを務めてきたSunny(本名:Sato Sakiko)。大学ではゴヤの版画に心を動かされ、人の弱さや孤独に向き合ってきた彼女ですが、思いがけない転職や体調の変化を経て、自分とじっくり向き合った時期があると語ります。
そんな日々のなかで、一杯、コーヒーを飲む時間に心が救われた体験が、「これから先、何をしていきたいか」を見つめ直すきっかけに。そこからコーヒーに興味を持ち、バリスタを志してKurasuへ入社しました。未経験で飛び込んだコーヒーの世界で成長を重ね、マネージャーとなって現場を支えた彼女に、これまでの道のりとKurasuで得られた経験、そして今後の目標を聞きました。
「どうしようもなさ」と向き合って、心の奥を見つめる時間を過ごす
ーーSunnyさん、今日はよろしくお願いします!ちなみに、ニックネームの由来は何ですか?
高校生の頃、アメリカに短期留学をする機会がありました。そのとき、ホストマザーが「Sakiko」とうまく発音できず、「何かいい名前はないかな?」と思っていたら、自然と「Sunny」と呼ばれるように(笑)。発音が似ていたからでしょうか。それ以来、通称で「Sunny(サニー)」と呼ばれるようになりました。
ーーそういうエピソードがあるんですね。Sunnyさんは、2050 coffeeのオープン直後からKurasuで働かれていましたが、Kurasu入社前にはどんなお仕事をされていたんですか?
そうですね、学生時代から振り返ると、漠然と海外に興味があって国際系の学部に進学したものの、明確な将来像を描いていたタイプではありませんでした。ただ、わりと幅広くいろいろなことに興味を持つタイプで。当時は、宗教学への関心から宗教画に触れ、やがて美術にも惹かれるようになっていきました。卒業論文では、ゴヤの版画《戦争の惨禍》シリーズを通して、ゴヤという人物像について研究しました。一言では言い表せないですが、「人間って、こんなにも孤独なのか」と実感しました。美しいものにはない、どうしようもない現実の方に、心が動いてしまうんですよね。なぜ? と、考えずにはいられないんです。
研究には、本当に楽しく取り組んでいました。でも、卒業後はまったく異なる分野に飛び込み、駅ビル型のショッピングセンターを運営する会社で働くことに。そのあと、ヨガのインストラクターとしても活動していました。転職のきっかけは、大失恋です(笑)
心が弱っているときって、なぜかスピリチュアルなものに惹かれてしまいがちな気がします。私自身も心が折れそうだったときにヨガに興味を持ちました。ほんの少しですが、失恋で落ち込んでいたときの気持ちが軽くなったのを覚えています。
ヨガを続けるうちに、内省する時間が増えていきました。思えば、ゴヤの研究をしていたときもそうでした。共通していたのは、自分の内側にある感情に触れ直したり、ふだんなら目を背けたくなるものに、もう一度向き合ったりする時間があったこと。そういう瞬間に、私はどこか惹かれているのだと、改めて気づかされました。
ヨガに出会い、好きを仕事にすることで「ようやく自分の人生の第一章が始まった」と感じられるようになりました。それ以前の時間は、どこかプロローグのように思えるんです。
ーー内省って、何か問題が起きたときに、反省のうしろめたさとともに行うもののようなイメージですが、日常的に行ってもいいものかもしれません。自分を見つめ直す、内省できる人って、それだけで「心が太くなる」というか、芯の強さを持っているようにも思いますよね。
そう捉えて頂けると嬉しいですね。
ーー未経験からヨガインストラクターになられたとのことですが、当時のご経験について、もう少し詳しく伺ってもいいですか?
全国チェーンで展開している会社だったので、未経験でも基礎からしっかりヨガを学ぶ環境が整っていて、安心して始めることができました。その分、お客様の層もとても幅広かったですね。楽しく続けられていました。
ただ、ちょうどすごく忙しい時期に、お客様から「少し太ったね」と言われたことがあって。もちろん、その方との関係性もありましたし、悪意があっての言葉ではなかったと思うんです。でも、自分の中に、「ヨガインストラクターは痩せていなければいけない」という強い先入観があったので、その一言が思っていた以上に深く刺さってしまって……。そこから摂食障害になり、ストレスで脱毛症にもなりました。
楽しく続けていた仕事だったからこそ、不意に訪れたその不調には、自分でも驚きました。そこからは、いったん休職をして、約1年かけて少しずつ回復していきました。当時はご飯もまともに食べられなかったけれど、少しずつ「食べる」という感覚を取り戻していって。
「ああ、やっぱりあの時が、自分にとっての人生の第一章だったのかもしれない」今振り返ると、そう思えるんです。
文字で綴った日々と一杯のコーヒーが「これから」を照らした
ーーその状況をどうやって乗り越えたのですか?内省というか、気持ちの整理というか…自問自答のような形だったのでしょうか。
そうですね。世間的な価値観よりも、「自分にとっての正解は何か」を問い続ける、という感覚だったかもしれません。
ーー本を読んだり、誰かの言葉で整理されたり、作品を見たり……そういう外からの刺激もあったりしましたか?
ひたすら文字にしていました。noteもよく書いていて、公開すると「誰かが読んでくれるかもしれない」という、その感覚だけで、ふっと気持ちが軽くなるんです。実際に反響があって、小学校時代の同級生から久しぶりに連絡が来たこともありました。「その気持ち、すごくわかる」と共感してくれる声が届いたりして。ほんの短いメッセージでも、「ああ、この経験は私だけのものじゃないのかもしれない」と思える瞬間がありました。
自分の内側に綴っていた日記のような言葉が、誰かの心に届いたとき、はじめて社会的な文脈を帯びていく。そんな感覚を持ちました。
ーー共感の声って、大事ですよね。強く訴えかけるものより、むしろ柔らかいもののほうに、ふと共感してしまうことってある気がします。
そうですね。自問自答って、その瞬間は「これでいい」と思っても、すぐにまたぶれてしまう。でもだからこそ、言葉にしておくこと、そして何度も振り返り直せるようにしておくこと、大事だと思っていて。
映像や写真って、どこか過去の出来事として完結してしまう感覚があるんですけど、文字は違う気がしています。後から、読み手の経験や気持ちと重ねやすい余白がある。だからテキストが好きなんです。
それに、文字って、強く伝えすぎないというか。読む人によって、いろんな意味にひらけていく柔らかさがある。そういう共有の仕方ができるのも、言葉ならではだと思います。
ーー確かに、言葉って、経験値に応じて響き方も変わりますもんね。その後、Kurasuにはどのようなきっかけで入社されたんですか?
休んでいる間に、時間をかけてゆっくりとこれまでを振り返ってみたときに、高校時代にアメリカへ短期留学していたことも思い出して。やっぱり私は、海外が好きだったんだなって、改めて気づいたんです。
そこから「自分が立ち直るには、環境を変えることかもしれない」と思うようになって、ワーキングホリデーに行きたい、という気持ちが芽生えました。
それと、摂食障害の症状で、カロリーのことが気になって食べられるものが限られていたのですが、唯一コーヒーだけは飲めたんです。だから、コーヒーに救われたような感覚がありました。その二つが重なって、「メルボルンのようなコーヒー文化の盛んな地域で、コーヒーに携わる仕事がしたい」と思うようになっていきました。
でも当時は、髪も抜け落ちていて、精神的にもまだ不安定な状態。「そんな状態で海外に行くのは、少し早いんじゃないか」と、お医者さんや周囲の人たちから注意を受けたんです。そこで、「だったら、まずは日本でコーヒーに関わることができないか」と考え直し、見つけたのがKurasuでした。
ーーすごい勢いで、物事が進んだ感じがありますね。
Wantedlyで求人を探していたときに、唯一「未経験OK」と書かれていたのが、2050 coffeeの募集でした。代表のYozoさんとワン・オン・ワンで面接をしたのですが、私の一見すると暗く映るようなバックグラウンドを、変に深掘りもされず、重くも扱われず「あ、そうですか」と。その温度感がすごく心地よかったんです。オンライン面接の翌週には、もう京都に足を運び、2050 coffeeの店舗を実際に見に行っていました。もうその頃には「ここで働きたい」という気持ちは固まっていましたね。
入社後、コーヒーについては、本当に何も知らないところからのスタートでしたが、いきなり専門知識を求められることはなく、カッピングの基礎から少しずつ学び始めました。ラテアートも、ビフォー・アフターの写真を見返すと、自分でも「成長したな」と感じられて驚くほどです。
▲ 1回目のラテアート(左)と、最近のもの(右:撮影日は2025年5月14日)。「今日のラテアートは、60点くらいの出来です。我ながら成長を感じますね〜」と、Sunnyさん
最近では、オフィスメンバーの中でもラテアートの練習をする人が増えていて、バリスタもオフィスの仕事を、オフィスの人もバリスタのスキルを学ぶような、互いをリスペクトし合える関係が生まれています。そういう文化がKurasuのとても素敵なところだなと、日々感じています。
▲ バックオフィス・プロジェクトマネージャーのAyuさんのラテアート。社内Slackで共有された写真です
ーー確かに!記事執筆のときにKurasuの撮影フォルダーを見ていたら、「あれ、Sunnyさんがしれっとすごいラテアートしてる!」とびっくりしました(笑)。
本当に、今思えば「嘘でしょう〜!」となるような写真も多くて、自分の成長を感じますね。
コーヒーの話で「通じ合う」よりも、「目線をそろえる」ことから始めたい
ーー立地も含めて、2050 coffeeならではの難しさや面白さはどんなところにありますか?
実務面で、「このコーヒーの美味しさをどう伝えるか」に面白さと難しさを感じています。Kurasuという会社は「Kurasu」と「2050 coffee」の2つの店舗ブランドを持っていますが、2050 coffeeは、Kurasuの店舗とはお客様層がまったく異なるんです。
お客様の中には、例えば「コーヒーを飲んだことがありません」という方もいて。そんな方に「これならコーヒーが飲めた!」という新しい体験を提供することが、すごく面白い。
2050 coffeeがある寺町商店街は、老若男女、さまざまなお客様が行き交う場所です。目の前には映画館があり、観光の方も多く訪れますし、中には写真を撮るためにふらっと立ち寄られる方もいます。
そんな中で、初めての来店から二度目には豆を買ってくださる方がいたり、「家での淹れ方がわからなくて……」という方に、器具のラインナップが充実しているKurasu Ebisugawa店をご案内したりすることもあります。コーヒーの楽しみ方の入り口を、できるだけ広く開いているのが、2050 coffeeの魅力だなと感じています。
ーーコーヒーを知らない方に対して、どのように最初の一杯を届けたいと思っていますか?
思い返せば、私たち自身も、最初からコーヒーが大好きだったわけではありませんでした。むしろ「最初は飲めなかったけど、あるきっかけで飲めるようになった」というスタッフのほうが多い気がします。だからこそ、お客様と同じ目線に立つこと。そこに、いちばん大事なことがあるように思うんです。
最初の一歩まではいかなくても、はじまりの「きっかけ」になれるようなお店でありたい。
バリスタ同士の会話って、お互いがコーヒーの専門知識を持っているという前提があるので、ある程度共通言語を使いながら進められるんですよね。たとえば、品種や焙煎度合いを聞くだけで、そこから抽出や味わいの話に自然と広がるような。
でも、お客様からすると、「そもそもコーヒーに品種ってあるんですか?」という感想になるかもしれない。そこで「目線を揃える」という意識がすごく大切になると思うんです。バリスタ側も、お客様の「わからない」が「わからない」ことって、あると思うので。
2050 coffeeでタップコーヒーを提供しているのも、決してオペレーションを簡略化することが最終目的ではなくて。むしろオペレーションを簡素化することで、お客様とのコミュニケーションにもっと時間を使える、という利点を考えてのことなんです。コーヒーの味の理由を話したり、品種について丁寧に話したりする時間をつくりたくて。
バリスタとして「こうあるべき」よりも、「こうありたい」を大切に
ーー働く側から見て、2050 coffeeならではの特徴は何でしょうか?
そうですね、自分がカッピングもラテアートも、本当に何も知らない状態で入社したので……。まず言いたいのは、「2050 coffeeで働くことは、コーヒーの入口としてとても学べることが多い」ということ。多くのオーダーに素早く対応するバリスタの腕のような部分は、タップコーヒーを導入していることもあり、一部自動化されています。ただ、その分、カッピングに時間を割くことができたり、スタッフ同士でハンドドリップをしながら「いかにタップコーヒーでクリーンな味わいを出すか」を話し合ったりと、コーヒーへの理解を深める機会が多くあります。
あとは、自由度の高さも魅力のひとつですね。業務に必要なスキルや、最低限の知識はマニュアルとして共有していますが、それ以外はできるだけ自由にしたいなと思っていて。やっぱり2050 coffeeでは、何よりもコミュニケーションが大切なんです。そして、コミュニケーションには、がちがちに固まったマニュアルは合わない気がしているんですよね。スタッフが緊張してしまうと、それって自然とお客様にも伝わってしまうから。
ーー確かに、オペレーションが自動化されているからこそ、逆にお客様との会話やスタッフ同士のコミュニケーションに時間をかけられる強みはありますね。
そうなんです。だからこそ、カッピングとキャリブレーション(味のすり合わせ)はとても大事にしています。
自分自身がマネージャーとしてどう在りたいかは、まだ試行錯誤中ですね。以前のマネージャーのKoheiさんがいらっしゃったときは、自分はスタッフとマネージャーの「間に入る」感覚がありました。でも自分がマネージャーになってからは、距離感にすごく悩むことも増えました。「なんでも相談できる存在でありながらも、軸は持ちたい」と思っていて。その距離感を今も模索しているところがあります。
軸をつくるには、頼れる人の存在も大事だなと思ったり。そういう意味でも、2050 coffeeのなかで一緒に走ってくれる仲間がもっと増えてほしいと思います。
「人にしかできないこと」を求めて
ーーSunnyさんは、2025年5月をもって2050 coffeeを卒業。キャリアアップを目指して、上京されるということですが、これから、どういったバリスタを目指したいですか?
2050 coffeeは、バリスタの定義や役割を改めて考え直すきっかけをくれる場所だったと感じています。
というのも時々、「2050 coffeeのスタッフって、バリスタなんですか?」と自問自答することがあって。Kurasuの中でも自分たちは少し異端なのかなと悩むこともありました。入社当初は、自分の仕事を紹介するときに「バリスタです」と話すことに、どこか後ろめたさを感じることもありました。どうしても、バリスタという仕事には確立されたイメージや「こうあるべき」という理想像があると思うんです。
でも、新しく2050 coffeeのメンバーになる方々には、今は「バリスタとしてどうこう」ではなく、「2050 coffeeの人間としてどうありたいか」を大切にしてほしいと思います。おそらくそれが、私が未経験ながらも社員として2050 coffeeに入社できた理由でもあるし、新たなロールモデルとして、少しでもヒントになれるのであれば、嬉しいかぎりです。
2050 coffeeは、ある意味では既に「未来を見据えた場所」だと思っていて。オペレーションの自動化が進むなかで、それでも「人にしかできないこと」だけが残っていくお店。だからこそ、それを突き詰めていくことで、新しいバリスタ像の一つが形になっていく気がしています。この先も、「人にしかできないこと」は、コーヒーの仕事でも、それ以外の仕事でも、大切にしていきたいです。
インタビューを終えて
こちらを取材したのは、2025年の3月。2050 coffeeのスタッフ休憩室でインタビューを行ったのですが、録音を聴き直しながら書き起こしていると、ところどころで「呼んでいます」というベルの音が鳴ったり、「お疲れ様です!」というスタッフさんの出退勤の声が聞こえたり。そうした音からも、2050 coffeeがKurasuとはまた違ったニュアンスを持つ場所であること、多国籍で多様なメンバーが集うなかで、Sunnyさんが毎日、非日常のような日常とも言える、チャレンジングな時間を過ごしていたことが伝わってきました。
2050 coffeeは既存のKurasuとは異なる店舗スタイルの中で、大変なことも多い。同じ京都にありながら、それぞれの現場で、それぞれの現場の課題に向き合って、改善を繰り返すことで研ぎ澄まされていくKurasuと2050 coffee。その現場と現場の架け橋として、編集部も在りたいと願っている、そんな気持ちを込めての取材でした。
▲ 2025年5月14日 2050 coffee スタッフのNikitaと。Sunnyの想いを受け継いで、2050 coffeeとバリスタたちはこれからも前に進み続けます