こんにちは!
SNSマーケティング支援とクリエイタープロダクション事業を展開するSI株式会社です。
今回は、SI関西支社の事業推進部で幹部を務める、高橋創一郎さんをご紹介します。
関西支社の立ち上げ初期メンバーとして、SIへジョイン。プレイヤーとして、入社から8ヶ月連続で数値を更新し続け、現場における最高役職である「プレジデント」へと駆け上がった。
30人規模の事業部を率いながら、関西支社の急成長を牽引してきた、立ち上げ期を支えた第一人者だ。現在は事業推進部として、人事採用活動とプレイングマネージャー統括の両軸を担い、関西の組織づくりに深く関わっている。
「可能性の最大化で、世の中にワクワクを」。高い目標を掲げ続け、自分の限界を毎日塗り替えていく彼の歩みを、聞いてみました。
逃げ場のない場所に、身を置きたかった
__ まずは、長期インターンを始めたきっかけを教えてください。
長期インターンに行き着くまでには、少し長い道のりがありました。
もともと僕は、海外の大学への進学を考えていたんです。英語や世界の文化に触れてみたいという想いがあって、アメリカで学ぶつもりでした。でも、その計画はコロナによって完全に閉ざされてしまった。残された選択肢の中から、進学先を考え直さなければならなくなったんです。
そこで僕が選んだのは、関西の大学でした。理系専攻ということもあって、大阪へ。慣れ親しんだ仲間のいる場所ではなく、誰も知っている人がいない、まったく新しい環境に身を置きたかったんです。
そこには、ひとつの想いがありました。逃げ場のない場所に、自分を置いておきたかった。慣れた環境のままでは、きっと自分は変われない。だからこそ、すべてをリセットして、知り合いのいない関西の地に飛び込んだんです。
そんな僕が長期インターンを始めたのは、大学への復学を決めたタイミングでのことでした。それまで本気で打ち込んできた事業が落ち着き、「次に何をするか」を考えていた時期。せっかく動くなら、まったく違う領域に挑んでみたい。その想いから、僕はSIという場を選びました。
19歳で店長、20歳でバーの立ち上げ
__ SIで働く以前は、どんな学生時代を過ごしていたんですか?
僕の学生時代は、振り返ってみても、本当に濃い時間でした。
中学・高校は、進学校の男子校で野球漬けの日々。そして大阪の大学に進学してからは、コロナ禍の影響で、入学当初は授業もすべてオンライン。一人暮らしを始めたばかりなのに、毎日パソコンの画面を眺めるだけの日々が続いていたんです。
そんな中で出会ったのが、アルバイト先の飲食店でした。個人経営の、設立2年目のお店。社員に近い立ち位置で、発注や育成、経理業務まで深く関わっていきました。月商は、僕が入った当初の倍額にまで、伸ばすことができました。
そこで出会った社長の熱量と人との関わり方に、僕は強く惹かれていきました。そして大学2年生のとき、思い切って大学を休学。今度は、新規事業として立ち上げるバーの経営に、本格的に飛び込んだんです。バーは、立ち上げから2年で売上3,000万円を超える規模に育ち、働くことに没頭していました。
それと並行して、僕は大学から始めたアメフトにも、深くのめり込んでいました。未経験から始めたにもかかわらず、大学3年生のときには、一つ上の先輩がいる中でキャプテンに。2年間キャプテンを務めて、リーグ優勝まで勝ち取ることができました。
昼はアメフトの練習、夜は飲食店の経営。ハードな日々でしたが、あの時間があったから、仲間にも巡り会えたし、自分の中の基準が大きく引き上がっていった。意味のある時間だったと、今でも心から思っています。
そうして大学に復学したタイミングで、僕は次の挑戦の場として、SIを選びました。
ゼロからイチを、また、つくれる場所
__ 数ある会社の中で、SIへの入社を決めた理由は?
決め手は、二つありました。
一つは、SNSマーケティングという領域そのものへの強い興味です。普段の生活の中心には、いつもSNSがあった。見るのが好きで、無意識のうちに、僕の世界はSNSと共にありました。だからこそ、その仕組みを深く理解したかったんです。
そしてもうひとつは、SIの関西支社が、ちょうど立ち上げのタイミングにあったこと。
僕は飲食店経営の頃から、0から1をつくるという瞬間に、何にも代えがたい興奮を覚えるタイプでした。SIの関西支社という、まだ誰も道を作っていない場所で、また自分の手で何かを生み出せる。その可能性に、僕は強くワクワクしたんです。
当時、責任者であった裕作さんと初めて会ったあの瞬間から、僕の中の感情は、もう止まらなくなっていました。
昨日の自分を、超え続けること
__ プレイヤー時代に、いちばん大変だったことは?
僕の場合、比較対象が自分しかいなかったことです。
関西支社で圧倒的なプレイヤー像を見せること。それが、プレイヤー時代の僕の目標でした。同じステージで競い合う相手が周りにいなかったので、勝つべき相手は、昨日の自分しかいなかったんです。
入社から8ヶ月、毎月毎月、僕の数値は上がり続けました。気づけば、2位の人とダブルスコアをつけているような状態。けれどその一方で、自分の中では「昨日の自分に勝ち続ける」ことの難しさと、ずっと向き合っていました。
人に勝つことは、まだ簡単な部類だったんです。本当に難しいのは、昨日の自分に負けないことだった。
8ヶ月目の月には、社内の成績レコードを塗り替えることもできました。質を求め続けた結果として、量も自然と増えていく。常に質を磨き続けたからこそ、結果的に圧倒的な量にも辿り着けたんです。
一人では、辿り着けなかった
__ SIで働いてから最も印象に残っている仕事は?
現場最高役職「プレジデント」への昇格をかけた、11月の1ヶ月です。
当時、僕の事業部には、プレイングマネージャーのメンバー2人が、配下にいました。プレジデント昇格には、僕一人の数字だけでなく、チーム全体での結果が求められます。月末ギリギリまで、本当に追い詰められた状況が続いていました。
その期間、僕たち3人は、毎日LINEグループでカウントダウンを続けていました。時々、僕も弱音を吐いていたと思います。「自分が数字を揃えないと、事業部全体に影響が出てしまう」というプレッシャーで、本当に潰されそうでした。
そんなとき、2人がかけてくれた言葉が、今でも忘れられません。
「ピンチこそ逆境」
「そういちのために、私たちも頑張る」
その言葉に、何度救われたか分かりません。結果として月末29日に、僕はプレジデントへの昇格を達成することができました。
2人がいなかったら、絶対にあの数字は届かなかった。仲間に助けられて、自分は今ここに立っている。そう心の底から実感した、僕の中で一番踏ん張れた経験です。
人は、正論では動かない
__ SIで担当業務をやってきたからこそ得られたスキルや経験はありますか?
一番は、人との向き合い方そのものです。
僕がSIで深く学んだのは、たった一つのシンプルな真実でした。「人は、正論では動かない」。これに尽きます。
「もっと稼働に時間を使うといいよ」「もっと頑張ったほうがいいよ」。そんなことは、誰だって頭では分かっているんです。問題は、頭で分かっていることを、緊急度や重要性を本気で感じてもらえるか。どうやってその人の価値観を揺さぶり、最終的に、自分から「変わりたい」と思ってもらえるか。
そこに辿り着くための関わり方こそが、僕がSIで磨いてきた、一番の強みになっています。
そしてもう一つ。SIは、フルフレックスの環境です。働き方に縛りがないからこそ、僕は自分の限界と本気で向き合うことができました。「自分って、こんなにできるんだ」という驚きに、何度も出会えた場所です。本当に自己成長と向き合いたい人にとって、ここほど頑張れる環境はないと、僕は思っています。
数字を超えて、組織を見るということ
__ SIで働くことを通じて、どんな成長を感じましたか?
一番大きく変わったのは、数字の捉え方と、組織の見方でした。
プレイヤー時代の僕は、正直に言えば、自分の力で物事を動かしていく属人的なタイプでした。事業をやっていた頃も、自分の馬力でなんとかしてきた部分が大きかったんです。数字を追うことは、僕にとってずっと当たり前のことでした。
でもプレジデント、そして幹部という立場に進む中で、見える景色は大きく変わっていきました。
それまでの僕は、定量での評価を勝ち取ることに集中していました。けれど、そこに定性的な評価も同時に求められるようになったんです。当初は、その両立は不可能だと感じていました。
ところが、向き合い続ける中で、見えるものが変わってきた。ミクロとマクロ。一人ひとりに対する目線と、組織全体を俯瞰する目線。その両方を、行き来できるようになっていったんです。
数字をつくってくれるメンバーだけに目がいきがちな自分から、組織全体で見たときに「この人をもっと育てていこう」と判断できる自分へ。個と全体の両方を見渡せる視座を、僕はこの場所で手にしました。
学生の無理が、通る場所
__ あなたの感じる「SIの好きなところ」について教えてください。
僕がいちばん好きなのは、学生の無茶が、通ってしまう場所であることです。
学生に対して、どこまでも大きな裁量を与えてくれる環境。やりたいことを、本当に実現させてくれる文化。たとえば「関西でとある施策をやってみたい」と言えば、すぐにそのための予算を出してくれる。声を挙げたらたら、やらせてくれる。それが、SIの本当の強さだと思っています。
そして、成果さえ出せば、幹部に昇格して組織運営にまで携わらせてもらえる。学生のうちに、ここまでの経験を積める場所は、ほかにはなかなかありません。
もう一つ、僕が大切に感じているのは、上下関係や派閥が、まったくないところ。誰もが対等に話して、全員で仲良くやっている。風通しの良さが、組織の真ん中に息づいているんです。
学生だけで運営されているからこそ、現場の声がいちばん大切にされる。関西支社では、月ごとにテーマを決めて、みんなで話し合いながら方向性を決めていく。そんな全員で組織を作り上げる感覚が、僕は何よりも好きです。
誰かにチャンスを渡したい
__ 今後の目標や、これから挑戦してみたいことを教えてください。
短期的には、SIの関西支社を100人規模の組織にまで育てたい。それが、僕が今いちばん描いている目標です。
そしてその上で、人を育てられる人材を、輩出していきたい。学生の人生を、いい方向に好転させられるような人を、この場所から世に送り出していきたいんです。
長期的に思い描いているのは、自分自身の幅を、もっと広げていくこと。
最終的には、投資家になりたいと思っています。クラウドファンディングや個人投資を通じて、これからの可能性を持つ人たちに、チャンスを渡せる存在になりたい。
僕がこれまで、たくさんの人から機会をもらってきたように。今度は自分が、誰かに機会を渡していく側に回りたい。関わる人のレベルや立場にこだわるつもりはありません。できるだけ多くの人に、影響を与えられる人間になりたいんです。
「夢なきものに、成功なし」
__ あなたの中で、ずっと支えになっている考え方はありますか?
ひとつだけ、ずっと胸に置いている言葉があります。
吉田松陰の「夢なきものに、成功なし」という言葉。
僕はずっと、届くか分からないほど高い目標を、自分に課し続けてきました。届かないかもしれない、でも、目指す価値のある場所を設定する。そこに向かって、毎日少しずつでも近づいていく。その繰り返しが、今の僕を作ってきたのだと思っています。
プレジデントへの昇格も、入社当初からしたら本当に「夢のまた夢」でした。たった4人で始まった立ち上げ期に、僕はその夢を掲げていた。それでも、目指したからこそ、辿り着けた場所がある。
社内のレコード更新も、同じです。これも、最初から狙わなければ、絶対に届かない数字だと思っています。どんな道でも、やるなら、一番上を目指す。その姿勢こそが、僕の中心にあり続けるものです。
機会を消費するな、消化しろ
__ 最後に、これから挑戦しようとしている学生にメッセージをお願いします。
僕から伝えたいのは、ひとつだけ。
環境が、人を変えてくれるわけではありません。環境は、あくまで可能性を与えてくれるだけ。その可能性をどう使うか、どう自分のものにしていくかは、すべて自分次第なんです。「環境のせいに、絶対にしてほしくない」ということです。
関西支社には、自分から動けばいくらでも掴める機会が、たくさん用意されています。だからこそ、自分から行動を起こして、その機会を取りに行ってほしい。
あとは、機会をただ消費しないでほしいです。きちんと、「消化」してほしい。与えられたものを、ただ通り過ぎさせるのではなく、自分の中に取り込んで、糧にしていく。その姿勢さえあれば、きっと誰でも、想像を超えた場所まで成長できるはずです。なりたい自分に、なってください。