4月の終わりが近い。新しい現場に入った人、引き継ぎを終えた人、面談で来週から動き始める人。私の周りはまだざわざわしている。
経営の仕事は、判断と判断の連続だと改めて思う。案件のゴーサイン、契約の条件、メンバーの配属、採用の合否。決めれば前に進むのはわかっている。それでも、決めきれない日がある。
今日はその「決めきれない日」に、私がどう過ごしているかという話を書きたい。立派な経営論ではないし、生産性ハックでもない。決めきれずに自分の考えを引きずっている時間に、どう向き合っているか。それだけの話だ。
決めきれない日は、思っているより多い
経営者になって一年弱、最初の半年くらいは、決められないことに罪悪感があった。判断が遅いとメンバーや顧客を待たせる。判断が経営者の仕事なら、悩んでいる時間は怠けと変わらないんじゃないか。そう思って、自分に「早く決めろ」とプレッシャーをかけていた時期がある。
今ふり返ると、その状態で出した判断は、あまり良くなかった。条件をひとつ見落としていたり、メンバーに伝えるべき背景が抜けていたり、後から「なんでこう決めたんだっけ」と自分で説明できない決定が混じっていた。早く決めることに気を取られて、正しく決めるが抜けていたのだと思う。
決めきれない日には、決めきれないだけの理由がある。情報が足りないか、判断軸がぶれているか、どこかで違和感が消えていないか。そのどれかを片付けないまま、勢いで決めても、結局あとで自分でも納得できなくなる。決めきれないこと自体は、別に悪い兆候ではない。問題は、その時間をどう使うかだ。
創業から一年弱たって、いまの私は「決めきれない日」を月に何日か必ず持つようになった。意識して持っているわけではなく、結果的にそうなる。それでも会社は止まっていないし、メンバーが困っているわけでもない。むしろ、勢いで決めなくなったぶん、メンバーに対する説明がぶれなくなったと感じている。
4月は、判断の数が一気に増える
特に4月は、判断の数が普段の倍くらいになる。新しい現場の調整、契約更新の確認、来季の採用方針、新しく入ったメンバーの配属、既存メンバーの面談。1日に意思決定が10件単位で乗ってくる週もある。
これだけ重なると、優先度の高い判断と低い判断の境目が見えにくくなる。全部が「今日決めなきゃ」に見えてしまう。実際にはそうでないことのほうが多いのに、件数の多さで頭が圧迫されて、判断の精度が落ちる。
このタイミングで「決めきれない日」が増えるのは、ある意味で当然だ。むしろ、判断材料が足りないまま無理に決めて、5月に入ってから「あの判断、ちょっと違ったな」と気づくほうが怖い。4月の判断は5月以降の現場運営に直結するので、誤差が大きい判断ほど後で響く。
だから私は、4月後半は意識して、即決を控えるようにしている。即決できる判断と、ひと晩寝かせるべき判断を分ける。これだけで、5月以降のメンバーや顧客への説明のしやすさが変わってくる。
まず、机を片づける
決めきれないなと感じた日は、まず机を片づける。本気で散らかっているわけではなくても、目の前にあるノートPCを閉じて、書類を端に寄せて、コップを下げる。十分もかからない作業だが、これをやらないと頭の切り替えがうまくいかない。
机を片づけたところで案件が前に進むわけではない。それでも、視界の中の情報量を減らすと、考えるべきことが少しはっきりする。複数の案件、複数のメンバー、来週の打ち合わせ、家のこと。頭の中で一緒くたになっていたものが、机を片づけている間に、重さの違いが見えてくる感覚がある。
そのあとは、コーヒーを淹れて、椅子をデスクの正面に戻す。儀式というほど大げさではないが、自分にとっての「考えるモードに入るスイッチ」みたいなものだ。
私の場合、机の上にスマホがあると、考えごとが続かない。通知を見るためではなくて、手が無意識にスマホへ伸びるのが、自分でも嫌になる。決めきれない日は、スマホを別の部屋に置く。これも片づけの一部だと思っている。
紙とペンに戻る理由
机が片づいたら、A4のコピー用紙を一枚出して、ボールペンを持つ。ここからが本題で、決めきれないテーマについて、思っていることを書き出す。
不思議と、PCで打つよりも紙のほうが進む。打ち間違いを直したり、文章をきれいにしたりせずに済むからだと思う。書いた字が汚くても、矢印で繋いでも、誰にも見せないと思えば気にならない。誤字を恐れて書くのを止めるより、ぐちゃぐちゃでも先に進めたほうが、自分の考えに辿り着くのが早い。
書き出す内容は決まっていない。判断材料のリスト、迷っている理由、関係するメンバーの顔ぶれ、決めた場合と決めなかった場合のそれぞれの未来。最初は脈絡がないのだが、二十分くらい書いていると、自分が本当に引っかかっているポイントが浮かんでくる。
たとえばある案件を受けるかどうかで迷ったとき、紙に書いてみたら、単価でも技術領域でもなく、「先方のプロジェクトマネージャーの人柄に違和感がある」が一番大きな引っかかりだった、ということがあった。表向きの判断軸より深いところに、自分が無意識に拾っている情報がある。それを紙に出さないと、自分でも気づけない。
紙に出すと、その違和感を扱える形に変わる。「この案件は単価が安いから断る」と言うのと、「この案件はマネージャーと合わない気がするから慎重にいく」と言うのとでは、その後の動き方が違う。前者は二度目の打ち合わせで前に進むが、後者は初回の段階でメンバーを連れていって、相性を見ようとなる。判断の質を上げるというのは、こういう細部の違いの積み重ねなのかもしれない。
「人に話す」が、いちばん早い
紙に書いてもまだ整理しきれないときは、人に話す。ここでいう人は、必ずしも経営仲間や先輩でなくていい。妻、友人、メンバー、状況によって相手は変わる。
話す内容は専門的でなくていい。むしろ、専門外の人に話したほうが、自分の説明が雑だったところが浮き彫りになる。「うちの営業の話だけど、クライアントが今こういう状態でね」と話しはじめて、五分も経たないうちに「あ、これは自分でも何が問題か説明できていないな」と気づくことが多い。
人に話すと、自分の中の優先順位が動く。話している間に「この情報は本当はどうでもよかった」「ここがいちばん大事だった」が、自分の口から出ることで明確になる。相手から具体的なアドバイスをもらわなくても、その時点で次の一手は見えていることが多い。
決められない時間は、悪じゃない
ここまで書いておいて、結局決めきれない日もある。机を片づけて、紙に書いて、人に話しても、判断材料が揃わなかったり、自分の中で答えが出なかったりする日。
そういう日は、無理に決めない。一晩寝て、翌朝もう一度考える。経営者としては動きが遅いと言われそうだが、私は「翌朝に決めてもいい問題」と「今日決めないといけない問題」を分けるのが、結局いちばん効率がいいと思っている。
今日決めないといけない問題は、現場で待っている人がいる、契約の締切がある、メンバーの動きが止まっているといった、具体的な制約があるものだ。それ以外、たとえば来月以降の戦略や、新しい仕組みの設計などは、翌朝に持ち越しても誰も困らない。
ところが、自分のテンションだけで「全部今日決めなきゃ」と思い込んでしまうと、本来翌朝の自分に任せてよかった判断まで、疲れた頭で押し切ろうとする。これが一番危ない。経営判断は、疲れた頭で出した結論ほど後悔が大きい。
決めきれない日に、無理に決めないという選択肢を持っていること自体が、私の中ではひとつの自衛策になっている。慌てて出した判断のしわ寄せを受けるのは、結局メンバーや顧客だ。一晩寝かせて、翌朝に同じ違和感が残っているなら、その違和感は本物。前日の自分が、別の形で正しかったことになる。
翌朝、机の前で起きること
ひと晩寝かせると、面白いほど判断が変わる日がある。前日に紙に書いたあれこれを朝もう一度見ると、半分くらいは要らなかったとわかる。残った半分が、本当に判断に必要だった軸だ。
こういう経験を何度かするうちに、夜のうちに無理に答えを出すコストの高さが身に沁みた。前日の私は、判断材料以外のもの、たとえば疲労や焦り、その日の打ち合わせで受けた印象など、関係ないノイズも一緒に天秤に乗せてしまう。朝の私は、ノイズが落ちている。残っているのは「これがないと決められない」という核だけだ。
翌朝、机の前で再び紙を広げて、前日の書き込みに丸をつけたり線を引いたりする時間が、私にとっては一番判断の質が高い時間になっている。前日に書いた紙が捨て紙になることもよくあるが、それはそれでいい。捨てられたということは、もう要らない不安だったということだ。
朝の判断で気をつけているのは、前夜の自分の意見を引きずらないことだ。前日の紙には、その日の感情も乗っている。朝の私が「これは違うな」と感じたら、躊躇せずに上書きする。一貫性より、いまの自分が納得できる判断のほうを取る。一貫していないと感じる場面は確かにあるが、メンバーに対しては「昨日と違う判断になった理由」をきちんと説明すれば、ほとんどの場合で受け入れてもらえる。
自分一人で決めない、と決める
もうひとつ、最近やるようになったことがある。判断のテーマを「自分一人で決めない」と決めてしまうことだ。
最初は、メンバーに相談するのは経営者として弱さの表明じゃないかと思っていた。経営判断はトップが背負うものだと考えていたし、メンバーには現場の仕事に集中してほしいと思っていた。
ただ、最近のいくつかの判断で、メンバーに相談したほうが結果的に良い方向に進んだ経験が積み重なってきた。たとえば新しい現場の働き方ルール。私が一人で考えるより、現場で働くメンバーと一緒に決めたほうが、現実に合った形になる。配属の組み合わせも、メンバーの意向を聞いてから決めるほうが、配属後の動きが早い。
経営判断のすべてを共有する必要はないが、「これは一緒に決めるテーマ」「これは私が背負うテーマ」を分けると、自分の判断疲れも減る。背負うべきものに集中できる。
創業期の小さなチームだからこそ、こういう分け方ができるのだと思う。組織が大きくなるとどうしても役割で固まっていくが、いまのうちは経営者とメンバーの間に、決め方の上で柔軟性がある。これは小さい会社の特権だと思っている。
Codenceで一緒にやってみたい人へ
ここまでの話は、経営者としての私の癖でしかないが、エンジニアにとっても共通するところはあるんじゃないかと思っている。新しい現場で要件が固まらないとき、設計の方針が決めきれないとき、自分のキャリアの次の一手で迷っているとき。手を動かす前に止まる時間は、誰にでもある。
その時間に、机を片づけたり、紙に書いたり、誰かに話したり、自分なりのリセット方法を持っているかどうか。これは経験を積むほど、判断の質に効いてくると思う。
Codenceは、SES事業を主軸に、受託開発を立ち上げ準備中の小さなチームだ。創業1年目で、私自身が決めきれない日と日々向き合いながらやっている。だからこそ、一緒に働く人とは、決めきれない瞬間も含めて、共有できる関係でありたいと思っている。
メンバーが現場で迷ったら、雑に話せる相手でありたい。私が経営で迷ったら、メンバーに聞ける関係でいたい。決めきれない時間を、一人で抱え込まずに、誰かと一緒に持てる組織にしたい。それが、創業期の小さなチームでやる意味のひとつだと思っている。
新しい現場や、ゼロから受託の立ち上げに参加することに、興味のあるエンジニアの方。もしこの「決めきれない日の話」に、少しでもうなずいたところがあれば、一度カジュアルに話せたらうれしいです。