黑椎茸ができた時、僕たちは確信していました。
「これは売れるな」
でも、現実はそう簡単ではありませんでした。
「完璧な商品」は、市場では完璧ではなかった
黑椎茸の品質は、間違いなく高い。
焼いた時の出汁の出方も、食感も、香りも。
全部が素晴らしい。
製造過程も、規格基準も、こだわりも。
それは、誰が見ても「凄い商品だ」と分かる品質でした。
だから、最初は「これなら売れるに決まってる」と思ってました。
ポスターを作った。対面販売をやった。
東京の議員事務所にポスター貼ってもらったり。
でも、販売は思ったほど広がりませんでした。
いくら美味しくても、椎茸はあくまで”椎茸”。
すぐに評価されるわけではなかったんです。
「正直、甘かったですね」
今、振り返るとそう言えます。
マーケティングは「凄さの押し売り」になっていた
後になって気づいたのは、僕たちのマーケティング施策が何をしていたか、ということです。
「黑椎茸は、こんなに珍しい」
「こんなに手間がかかってる」
「こんなに美味しい」
自分たちが感じていた「凄さ」を、とにかく突きつけていたんです。
対面販売で、ポスターで、あらゆる場面で。
自分たちに酔いしれていました。
「俺たちの商品は、こんなに凄いんだ」
そういう思いが、全部の施策に出ていたんだと思います。
でも、お客さんが求めていたのは、そこじゃなかったんだ。
「商品の質」と「市場の広がり」は別だった
ここで、本当に大事な気づきがありました。
「商品の質と、市場の広がりは、別だ」
いい商品だ。確かにいい商品だ。
焼いた時の出汁の出方も、食感も、素晴らしい。
でも、いい商品 = 売れる商品 ではない。
「どうやって作るのか」も大事だけど、「どうやって売るのか」も同じくらい大事。
むしろ、売り方の方が重要かもしれない。
商品を作る時点では、「正解」が存在します。
焼き椎茸に最適な形。それは、試行錯誤を繰り返す中で、見つかる。
でも、売り方には「正解」がない。
市場が何を求めているのか。
お客さんが本当に欲しいのは何なのか。
それはやってみないと、分からない。
そこが、大きく違っていたんです。
経営層全体での気づき
黑椎茸の経験は、僕だけじゃなく、経営層全体にインパクトを与えました。
伊勢隼人自身も、米森智明(専務)も、高木龍治(常務)も。
全員が、同じことに気づいていました。
「商品だけでは足りない」
「『どうやって売るのか』という仕組みが必要なんだ」
その気づきは、ただの「反省」ではなく、次の経営判断に直結していきました。
新しい事業へ。ただし、「仕組み」から設計する
火事から再起した時。椎茸事業が軌道に乗った時。そして黑椎茸で販売の限界に直面した時。
伊勢隼人は、毎回、同じ問いを自分に投げかけていたようです。
「このままでいいのか」
その問いが、新しい事業へと繋がりました。
イチゴです。
でも、単なるイチゴ栽培ではありません。
「廃菌床を活用した、椎茸との循環型栽培」という考え方で、イチゴを作るんです。
椎茸が出す二酸化炭素。イチゴが出す酸素。
ハウスを隣接させて、その「ガスの循環」を活かす。
廃菌床(椎茸の栽培が終わった後の菌床)を土壌として使う。
つまり、椎茸事業から出る「廃棄物」を、次の事業の「資源」に変える。
黑椎茸の失敗から学んだことを、最初に組み込む
黑椎茸で学んだ教訓が、ここに生きています。
「商品だけでは足りない。仕組みが必要だ」
イチゴ事業では、その「仕組み」を最初から設計しようとしています。
単に「いいイチゴを作ろう」ではなく、「どうやったら、この事業が続けられるのか」という視点から。
廃菌床をどうやって活用するのか。
ハウスの配置をどうするのか。
販売ルートは誰が作るのか。
技術だけでなく、販売も、流通も、全部を考えた上で、事業設計をしようとしているんです。
社内の「予想外の動き」も、その仕組みを証明している
イチゴ事業の採用は、つい最近始まったばかりです。
募集をかけると、実は外国人からも応募が来ました。
地方の農業は、国境を越えて注目されているのかもしれません。
新しい人材がいつ来るのか。まだわかりません。うまく進むかどうかもわかりません。
でも、そういう状況の中で、予想外のことが起きました。
社内に、一人の有志がいました。
当初、新しい事業には懐疑的だった社員です。
「本当にそんなことできるのか」
そう思っていた人が、ある時、自分で手を挙げたんです。
「水耕栽培でイチゴを育ててみたいです」
やってみると、実が成りました。実際にイチゴが育った。
その時の話を聞いていると、単なる「試験」ではなく、本当の意味での「挑戦」が起きていることがわかります。
この社員は、この4月にパートから契約社員に昇格しました。
給与は上がった。責任も増えた。
その人は「やりたい」と言った。
なぜか。
そこに、イチゴ事業の「仕組み」が機能していることが見える気がします。
「新しい挑戦ができる環境」
「失敗してもいい環境」
「自分のアイデアが形になる環境」
そういう「仕組み」が、人を動かしているんだと思います。
黑椎茸の失敗は、"失敗"ではなかった
黑椎茸の販売が思ったほど広がらなかったことは、最初は「失敗」に見えました。
でも、今振り返ると、それは本当に大事な経験だったんです。
「商品の質と、市場の広がりは別」
その気づきがなければ、イチゴ事業も同じ失敗を繰り返していたかもしれません。
黑椎茸という経験がなければ、その学びもなかった。
失敗と呼ぶべきかどうか、それは別として。
あの経験は、僕たちに本当に大事なものをくれたんです。