お米が足りなくなって、初めて気づいたこと
2024年の夏、スーパーの米の棚が空っぽになっていたのを覚えている人は多いと思います。
「お一人様一点まで」の貼り紙と、がらんとした棚。
お金を出せば買えるのが当たり前だったものが、急に手に入らなくなった。
あの光景は、農業に関わる仕事をしている私にとっても、かなり印象に残っています。
当たり前に買えたものが、買えなくなった
その後、お米の値段は大きく上がりました。
農林水産省がまとめている全国のスーパーの販売データでは、5kgの平均価格は2025年の年末から年明けの週に4,416円でピークをつけています。
政府は2025年に、合わせて59万トン規模の備蓄米を売り渡しました。
それでも、店頭の値段がはっきり下がり始めたのは2026年に入ってからです。
2026年9月の初めには、5kgで3,003円まで落ち着いてきました。
落ち着いた一番の理由は、高い値段を見て米を作る人が増え、2025年産の収穫量が大きく増えたことでした。
作る人がいて、初めて棚に並ぶ
この流れを見ていて思ったのは、とてもシンプル。
作る人が作れば、値段は落ち着く。
逆に言えば、作る人がいなければ、どれだけお金があっても戻ってこない。
需要と供給ですね。
お店に並んでいる食べ物は、誰かが毎日作っているから並んでいる。
頭では分かっていても、あの空っぽの棚を見るまで、実感としてはなかった気がします。
そして、それを作る人は年々減っています。
椎茸の棚にも、同じことが言える
レンチナスは、椎茸を一年中出荷しています。
需要が落ちる夏も、エアコンで温度を押さえ込みながら止めません。
電気代がかさむ時期でも続けているのは、取引先が一年中、椎茸が届くことを前提にしているからです。
ハウスの中の椎茸は、こちらの都合では待ってくれません。
猛暑の日も、雪の日も、誰かが毎朝ハウスに入って、状態を見て、収穫する。
その積み重ねがあって、ようやくスーパーの棚に椎茸が並んでいます。
しかも椎茸は、今日思い立って明日収穫できるものではありません。
うちでは菌床を作るところから自分たちでやっていて、菌を植えてから椎茸が出てくるまで何か月もかかります。
今日仕込んだ菌床が、数か月後の棚を作る。
足りなくなってから慌てても、すぐには増やせない。
お米と同じで、作る人と時間があって、初めて食べ物は棚に並びます。
もし自分がこの仕事をしていたら、と想像してみてください。
自分が採った椎茸が、遠くのスーパーで誰かの夕飯の材料になる。
地味ですが、なくなったら確実に誰かが困る仕事です。
あの夏の米の棚が、それを教えてくれた気がします。
伊勢社長は、農業がちゃんと稼げる仕事だと見せていくことについて、こう話していました。
「農業に対しての明るい光とか希望とかって、絶対出す要因になってくる」
作る人が報われる形を作らないと、作る人は増えない。
その形を、うちもまだ作っている途中です。
今は人の手に頼る部分が大きくて、作る量を増やそうとすれば、そのまま人手が足りなくなる。
お米の騒ぎは、2026年10月現在、すでに落ち着いていると見えます。
でも、食べ物を作る人が減り続けているという状況は、何も変わっていません。
食べる側から、作る側へ。
大きな決断に聞こえるかもしれませんが、最初の一歩は現場を見てみることからでいいと思います。
あの空っぽの棚を見て何か引っかかった人には、その選択肢があることを知ってもらえたら嬉しいです。