熱燗をお出しするときは徳利に入れるんですが、「この酒」には「この徳利」が、自分の中である程度決まってます。
ダルマ正宗にはずんぐりした形のものを選ぶ。真っ赤な色をした伊根満開には、逆にブルーの徳利を選ぶ。なんか理屈じゃないんですけど、そうなってる。説明しろと言われても、たぶんうまく言葉にできないです。
うつわを買うときも、ほぼ一目ぼれです。最近は使う形とか欲しい数とかを意識して選ぶことが増えましたが、惚れる時は一瞬。
とはいえ、最近はうつわ自体をあんまり買ってません。衝動で10万ぐらい買ってたのが懐かしいです。
情熱が冷めたわけではないんです。自分以外が触る機会が増えた、というだけの話で。1万円ぐらいするうつわが平気でガッシャン割られたり、チップ(欠け)させられたりする。作家物の一点物を店で使いたい気持ちよりも、そのたびに来る心の痛みのほうが強くなってきちゃった。
で、我ながらちょっと後ろ向きな解決だなと思うんですが、僕は「気をつけろ」と言うかわりに、買うのをやめました。
店をやってると、こういう引き算がちょくちょくあります。自分の趣味のままの基準では、もう回らない場所が出てくる。だから基準のほうを店に寄せて、一個ずつ下ろしていく。うつわの選び方も、一目ぼれだけで決めていた頃にくらべたら、使う形と欲しい数から入ることがずいぶん増えました。悪いことだとは思ってません。
ただ、全部を下ろしたわけでもなくて。「この酒にはこの徳利」だけは、いまだに理屈のないまま残ってます。
たぶん僕は、理屈にならない感覚のほうをそれなりに信用してるんだと思います。酔いが回ったときにしか立ち上がってこない感覚って、あると思うんですよね。ああいうのを忘れないように今日も飲むのだ、ぐらいのことは普通に思ってる。
説明できるところは、うちはけっこう時間をかけて説明する店です。その話は前に書いたので、よかったらこちらを。→ メニューを渡さないのは、任せてほしいからです
なので、うちで働くとその両方に出くわすと思います。理由のあることと、理由のないこと。前者は聞かれれば全部答えます。後者は、たぶん教わってもしょうがない。自分で何度も選んでるうちに、ある日「この酒にはこれ」が勝手に決まってる、みたいな形でしか身につかない気がしてます。
理屈で説明できるところは、全部教えます。理屈にならないところは、そのうち自分のが出てきます。
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