公認会計士の資格を持ち、スタートアップCFOとして上場準備の最前線にいた田坂さん。コーポレートのプロフェッショナルとして歩んできた彼が、なぜ今、ラクスルで事業開発(BizDev)として「DM(ダイレクトメール)」という巨大産業の再構築に全霊を注いでいるのか。
そこにあるのは、単なるキャリアチェンジではありません。「仕組みを変えれば、世界はもっと良くなる」というラクスルのビジョンを、自らの手で、かつてないスケールで体現しようとする強烈なオーナーシップです。
DM市場は約4,000億円。その大きな産業に対して、ラクスルDMが狙うのは1,000億円規模のインパクトを生み出すこと。インパクトを最大化するための「構造的な強み」をいかに創るのか。戦略的な「鳥の目」と泥臭い「虫の目」を往復し、異なる強みを持つ人材を束ねながら、産業変革を狙う田坂さんの、進化するBizDev論と事業論に迫ります。
目次
「仕組み」を変え、「世界」を良くする ─ BizDevが担うべき変革の責務
構造的な競争力をどう設計するか ─ M&Aという「ファイナンスの手法」
ラクスルBizDevによる「新規事業立ち上げのハック」 ─ 1,000から逆算する勝ち筋
ラクスルという「超強力なバックアップ」をレバーに
「虫の目」で捉える真実 ─ 400%の改善を支えたハンズオン
BizDevマネジメント論 ─「やってみなはれ」とガードレールの設計
真の価値は「0→10」にある ─ 稀少な「1」をインパクトへ繋ぐ
フルスタックCXOとして、1,000億円のインパクトを
編集後記
「仕組み」を変え、「世界」を良くする ─ BizDevが担うべき変革の責務
─ CFOから事業開発(BizDev)へ。キャリアの大きな転換に見えますが、その根底にはどんな思想があるのでしょうか。
田坂: 私の根底にある思想は、「インパクトは、勝てる構造の設計で最大化できる」ということです。
ラクスルには「仕組みを変えれば、世界はもっと良くなる」というビジョンがあります。私はこの言葉を、BizDevの仕事そのものとして解釈しています。
「世界をもっと良くする」とは理想論ではなく、事業として測れる成果=インパクトを創出すること。
そして「仕組みを変える」とは、属人的な頑張りではなく、誰がやっても伸びる再現性(構造的な強み)を再設計することです。
CFOとして財務戦略や上場準備をリードしていた頃、どれほど美しいビジョンがあっても、大きな市場で、事業そのものに構造的な強みがなければ社会へのインパクトは限定的になる現実を何度も見てきました。
また、事業戦略あっての投資戦略・財務戦略です。だからこそ、自分自身で事業の競争優位を作り上げる経験が必要だと考え、ラクスルに飛び込みました。
そしてラクスルで確信したのは、BizDevの本質は「目先の売上を増やす施策」ではなく、産業を動かす変革を担うことだということです。
そのために、非連続成長の源泉となる構造的な競争力を作ることにこだわっています。
私は決済事業、エリアマーケティング、DM事業へと軸足を移してきましたが、一貫して「仕組みの不合理」が残る領域で、より大きなレバレッジをかけるチャレンジを続けてきました。
構造的な競争力をどう設計するか ─ M&Aという「ファイナンスの手法」
─ では実際に、その「構造的な強み」はどのように設計してきたのでしょうか。
田坂: 大きく分けて、2つの異なるアプローチで模倣困難な競争力を設計しています。その一つが、ファイナンス的なアプローチであるM&Aです。
直近で主導したメーリングジャパン社のM&A戦略は、単なる売上の上積みを狙う「足し算ではなく」構造から強くするための「掛け算」の設計です。
具体的には、独自の配送タリフ(料金体系)という物理的な武器を自社で保有すること。これによって、ラクスルの顧客基盤が拡大すればするほど配送原価の優位性が増し、その分を価格に還元できる。結果として顧客が増え、さらにスケールするという「正のループ」を創り出すことができます。
ここでは、「鳥の目」で市場全体を俯瞰し、どのピースを組み合わせれば勝ち続けられる構造になるのかを冷静に設計することが重要になります。この思考プロセスは、CFOとして培ってきた経験が最も活きる領域の一つです。
ラクスルBizDevによる「新規事業立ち上げのハック」 ─ 1,000から逆算する勝ち筋
─ 一方で、もう一つの勝ち筋として見えてきたのが「ラクスルDM便」だったわけですね。
田坂: はい。これは私一人で成し遂げたものではありません。米津さんという非常に稀有なBizDev人材の存在が不可欠でした。
米津さんは、業界や顧客への解像度が極めて高い「探索型」のタイプです。ラクスルDM便のゼロイチのフェーズでは、「とにかく早く立ち上げる」だけでなく、この事業が100、そして1,000になる長期の事業ロードマップを共に描き切りました。
1,000になる事業から逆算して、今の勝ち筋を作る。マクロ環境、市場、顧客、そして産業構造の歪みを深く洞察し、どこに楔(くさび)を打ち込めば構造が変わるのかを議論し尽くしました。
ラクスルDM便は、郵便という全国どこへでも届くナショナルサービスが値上げをするというタイミングで、あえてセイノーグループの「地区宅便」というエリア特化の価格競争力のある配送スキームを活用し、業界最安級のDMサービスを構築しました。印刷事業の強み、効率的な発注体験を支えるテクノロジーも掛け合わさって独自の競争力を創っています。
SCM(サプライチェーン・マネジメント)の設計において、立ち上げ時はスピードを優先し、最小の体制でクイックに立ち上げつつ、並行して「長期的に勝ち続けるための理想形」を定義し、フェーズごとに必要なSCMの要件をあらかじめ決めていきました。この戦略的なロードマップがあったからこそ、迷いなくアクセルを踏み続けることができたのです。
私は事業全体を俯瞰し、要素同士を繋ぎ合わせて理想を形にする解像度の「幅」のタイプ。一方で、彼は特定領域を掘り下げて真実を見つけ出す解像度の「深さ」のタイプ。この「幅」と「深さ」という異なる強みが掛け合わさることで、表面的ではない“構造を突く勝ち筋”を描けたと確信しています。
ラクスルという「超強力なバックアップ」をレバーに
─ その勝ち筋を加速させる上で、ラクスルという環境はどのような役割を果たしていますか。
田坂: ラクスルには、勝ち筋が良い「1」を作ることができれば、そこから一気にロケットスタートが切れる強力なバックアップ体制があります。
経営会議でラクスルDM便の事業戦略プランと仮説検証が順調に進んでいることを報告したところ、経営陣から「投資できるだけ投資したら、どこまでいけますか?」と逆提案され、「えぇ、いいんですか?」みたいな会話もありました(笑)。実際に踏んでみたら、想像以上の反響でしたね。
資本力、顧客基盤、集客力。そして、優秀な事業・コーポレートメンバー。これらはすべて、事業を伸ばすための巨大なレバーです。
─ プロダクトを通じたテクノロジーの活用についても、他社とは一線を画していますね。
田坂: 私にとってテクノロジーは、業務の「負」を解消し、インパクトを最大化するための強力なレバーです。社内には優秀なエンジニアが多数在籍しており、彼らと共にこれほど大胆なテクノロジー投資を継続できる環境は、国内を見渡しても当社しかいないと自負しています。
先日発表した「ラクスルDM便 for EC」では、まさにアナログ領域のシステム化を徹底できた好事例です。従来、DM送付において大きな障壁となっていた「見積もりから注文完了までのフロー」をオンライン上で完結させ、さらに「宛名の自動チェック」などの機能を実装することで、人力に頼っていた煩雑なプロセスを自動化しました。
こうした細かな「不」の解消を積み重ねることで、アナログな産業の構造をデジタルの力で書き換えていく。このテックのレバレッジこそが、事業を10、100へとスケールさせるための「強力な土台」となります。
重要なのは、仕組みを“自分で作る”こと以上に、会社のバックアップ(人・資本・技術)をレバーとして使い切ることです。 個人の努力だけでは到達できない速度とスケールで変革を実装できるのは、まさに今のラクスルのフェーズならではの魅力だと思います。
「虫の目」で捉える真実 ─ 400%の改善を支えたハンズオン
─ 戦略設計だけでなく、現場にも深く入り込まれたと伺いました。
田坂: どれほど優れた戦略を描いても、最終的に成果を決めるのは、「虫の目」で解像度高く現場の細部を突き詰めることだからです。
実は、2025年3月のサービスリリース後、ラクスルDM便が急成長したタイミングで、スピードを優先してセールス組織を急拡大させたことで、受注率がどんどん下落するという事態が起きました。事業責任者はピンチの時こそオーナーシップが試されます。このときは現場に入り込み、「虫の目」でハンズオンのモードに切り替えました。
一度拡大の手を止め、トークスクリプトの一行、リード管理のステータス一つに至るまで、徹底的に見直し、標準化をやり直しました。オーナーシップを持って細部を詰め切った結果、アポ率・受注率ともに、停滞期から400%改善することができたんです。
戦略(鳥の目)と現場(虫の目)のどちらかではなく、両方を往復し続けることが、事業を伸ばし続ける要諦だと、身をもって学びました。
BizDevマネジメント論 ─「やってみなはれ」とガードレールの設計
─ 異なる才能を持つメンバーを、どのようにマネジメントされているのでしょうか?
田坂: 私の根底にあるのは、サントリー創業者・鳥井信治郎氏の「やってみなはれ」の精神です。特に探索型の人材には、方向性をあわせたあとは、直感と解像度を信じて自由に思い切り走り切ってもらう。それが結果的に最大の成果に繋がります。
ただし、「放任」ではありません。BizDevをマネジメントする立場としては、彼らが崖から落ちないための“ガードレール”を設置することだと思っています。
思いっきり顧客と事業にフォーカスできるような環境を整え、万が一のときは自分がブレーキを引けるようにしておく。そのために私自身もKPIの裏側までオーナーとして掌握します。この「自由と規律」のバランスによって、尖った個性が事業成果へと昇華できると考えています。
真の価値は「0→10」にある ─ 稀少な「1」をインパクトへ繋ぐ
─ 今回、新たにチームを募るにあたって、どのような方と働きたいですか?
田坂: 私たちは、「0→10ができる人」と一緒に働きたいと考えています。
0から1を生み出す力は本当に尊い。けれど社会に大きなインパクトを残すには、1を創るだけでは足りません。0→10までやり切ってこそ、真の価値が生まれる。
1という種火を、仕組みとアセット、組織の力で大きな炎に変える。そこにこそ、ビジネスのエキサイティングな瞬間が詰まっています。そんな一瞬の連続が事業家としての経験値を飛躍的に伸ばしてくれます。ラクスルは「10までやり切った」と胸を張って言える経験をしたい人にとって、これ以上ないフィールドだと思います。
フルスタックCXOとして、1,000億円のインパクトを
─ 田坂さん自身の、今後のビジョンを教えてください。
田坂: 私が目指しているのは、事業・テック・セールス・ファイナンスを横断的に使いこなすフルスタックなプロ経営者です。
シリコンバレーの伝説的な投資家、ピーター・ティールは著書『ゼロ・トゥ・ワン』でこう述べています。
「ビジネスの目的は、他にはない価値を創造することだ。成功する企業は、競争するのではなく、独占する構造を作る」
私にとっての「独占」とは、ラクスルのプラットフォームを通じて、不合理な産業構造を書き換える独自の仕組みを創り出すことです。DM事業で2030年に売上300億円を達成するのは、あくまで通過点。その先にある1,000億円の産業変革という大きな絵を、自らの手で描き、そして現場の力で実現したいと思っています。
「仕組みを変えれば、世界はもっと良くなる」。この言葉の真実を、自らの事業で証明し続けること。それが、私のキャリアを賭けた挑戦です。
編集後記
インタビュー中、田坂さんは何度も「構造」と「解像度」という言葉を口にしました。CFO出身らしい冷徹な大局観を持ちながら、現場の400%改善にまでコミットする。そして、自分とは異なる才能を活かし、ラクスルの膨大なアセットをレバレッジとして使いこなす。その姿勢は、単なるリーダーというよりも、巨大な船を操る「航海士」のようでした。
🚢「1,000億円のインパクト」という壮大な航海。その「仕組み」を共に創り、1から10へとスケールさせる勇気ある挑戦者の参画を、私たちは待っています。