3月だね。卒業シーズンだ。
街を歩いてると、袴姿の女の子たちや、スーツ姿の若者たちが なんかそわそわしながら歩いてるのを見かける。
俺には7人の子供がいるから 毎年この季節、誰かしら卒業してる。笑
で、毎年思うんだけど 卒業式って、なんか泣くじゃんか。なんで泣くんだろうって。
■「終わり」が怖いのか、「始まり」が怖いのか
卒業って、終わりの儀式じゃんか。
でも俺は最近、それって違くね?って思うようになった。
卒業式で泣くのって 「終わる」ことへの悲しみじゃなくて 「次が始まる」ことへの怖さなんじゃないかって。
変化って怖いじゃんか。
今いる場所が居心地よければよいほど そこを離れることへの抵抗感がでかくなる。
学校でも会社でも、人間関係でも全部そうだ。
今の自分の「ポジション」が確立されると それを捨てたくなくなる。
「俺、ここではそれなりにやれてるし」って。
でもな、その「それなり」に甘えてる間は たぶん、成長してない。
■うちの息子の話
うちの次男がこの春、高校を卒業する。
こいつが中学の時、ものすごく悩んでた時期があった。
部活でレギュラーを外れて 「俺、何やってもダメだ」って 珍しく弱音を吐いてきた。
俺は何て言ったと思う?
「そうか、つらいな」
それだけだ。アドバイスも、励ましも、説教もしなかった。
正直、何か言ってやりたかったよ。
でも俺が何を言っても こいつが自分で「立ち上がる選択」をしないと意味がない
ってのを、経営者として20年で学んでたから。
人って、他人に引っ張り上げてもらったことって あんまり身にならないんだよな。
自分で這い上がった経験だけが 本当の「自信」になる。
結局そいつは自分で考えて、ポジションを取り戻した。
その顔が、まじでよかった。
■社会に出るってどういうことか
4月から社会人になる子たちに ちょっとだけ言わせてくれ。
社会に出ると 「正解のない問題」しかないからな。
学校は正解を教えてくれる場所だった。 テストには答えがある。 先生が正しいことを言う。 言われた通りにやれば点数が取れる。
でも社会は違う。
上司が正しいとは限らない。 マニュアル通りにやってもうまくいかないことがある。 むしろ、誰も答えを持っていないことの方が多い。
それが怖いのは分かる。
でもな、それって同時に 「自分の答えを作っていい」ってことでもあるんだよ。
誰かの正解を生きるんじゃなくて 自分の正解を探す旅が始まるってことだ。
かっこよく言いすぎか。笑
卒業は「許可証」じゃない
最後に一個だけ。
「大学を卒業したら」 「〇〇ができるようになったら」 「準備が整ったら」
何かを始める条件を、未来に置いてる人がいる。
でもな、卒業って「やっと始めていい許可証」じゃないから。
俺が23歳で起業したのも 46歳でプロのリングに上がったのも 別に準備が整ってたわけじゃない。
むしろ全然整ってなかった。笑
怖くて、自信なくて、それでもやった。
「始める」のに、卒業も、資格も、完璧な準備もいらない。
今日この瞬間から始めていい。
そういう意味では 卒業式って「終わり」でも「始まり」でもなくて
「もう言い訳できないぞ」っていう 神様からのお知らせなのかもしれないな。笑
さあ、4月。怖くていい。 不安でいい。
それが「生きてる」ってことだから。頑張れよ、若いの。
おじさんは今日もリングで殴られながら応援してるよ。