愛媛県松野町目黒。人口270人の限界集落。
四万十川の源流が流れるこの場所に、「森の国Valley」はあります。
観光施設であり、暮らしの場であり、働く場所でもある。
地域と関わりながら、事業と生活が重なり合う場所です。
その中心にいるのが、代表の細羽さんです。
コロナ禍をきっかけにこの地に移住し、
自ら土を耕しながら、ここでの生活やここに住む人たちと向き合い続けてきました。
話を聞いていると、私がこれまで感じていた社会に対するモヤモヤが、少しずつ言葉になっていくような感覚がありました。
会社を「卒業」する
「ここで働く人には、いずれ“卒業”してほしいと思っています」
あまり聞きなれない表現で、最初はしっくりきませんでした。
会社は本来、人を長く引き留めることを前提にしています。
離職率は低い方がいい。長く働く人が多い方がいい。
それが一般的な“いい会社”の条件とされています。
だからこそ、「卒業してほしい」という言葉は少し異質に聞こえました。
「退職」という言葉には、どこかネガティブな響きがあります。
会社を離れること、続かなかったこと、辞めること。
一方で、細羽さんが口にする「卒業」にはまったく違うニュアンスがありました。
終わりではなく、次に進むための区切り。前向きな選択のように感じられました。
実は私自身も、就職活動のときにどこかしっくりこない感覚がありました。
一つの会社に長くいるつもりはなく、将来は独立したい。
そう思い、面接でも正直に伝えていました。
ただ、そのたびに返ってくるのは困った表情と濁される空気。
歓迎されていないことは伝わってきました。
そんな中で出会ったのがサン・クレアでした。
「いいね、やった方がいいよ」
あまりにも自然で前向きで、拍子抜けしたのを覚えています。
そして今、森の国Valleyで細羽さんの話を聞いていると、あのとき感じた違和感の正体が少しずつ見えてきます。
細羽さんを中心に築かれてきた「森の国Valley」。
ここで語られているのは、単なる働き方ではなく、 「どう生きるか」という問いそのものでした。
森を見て気づいた、組織の歪み
「卒業」という考えの背景には、「森」があります。
「このあたりの森って、半分くらい人工林なんですよ」
戦後、人の手で植えられたスギやヒノキ。本来は手入れを続けることで成り立つ仕組みでした。しかし今、その多くが放置されています。
その結果、土砂災害のリスクや生態系の崩れ、川や海への影響といった問題が起きています。
「人間の都合でつくった仕組みって、放っておくと歪むんですよね」
一方で、自然林は違います。さまざまな木が異なるスピードで育ち、 寿命も役割もバラバラです。それでも全体として循環し、バランスが保たれています。
「多様性があるから成り立っているんです」
この構造を人や会社に当てはめたときに見えてきたのが、「卒業」という考え方でした。
人を囲い込むのではなく、循環させる。同じ場所にとどまり続けることを前提にしない。
2年で次に進む人もいれば、5年関わる人もいます。どちらも否定しません。
重要なのは、その人が外に出たあとも生きていけることです。
自律と「ほどよい依存」
「離職っていう言葉がありますけど、あれって会社側の視点なんですよね」
本人の人生で見れば、それは“前進”かもしれません。だからこそ、森の国Valleyでは外に出ることを前提に関わっています。
ただし、完全な独立を求めているわけではありません。
「全部一人でやるのも違うと思っていて」
ここで出てくるのが、「ほどよい依存」という考え方です。
自律しているけれど孤立しない。必要なときに自然につながれる関係です。
それは、かつての日本の集落のような状態に近いものです。上下関係ではなく、それぞれが役割を持ち、支え合う関係性です。
効率を追い求めない経営
森の国Valleyには、「水際のロッジ」「水際のキャンパス」という宿泊施設があります。
チェックイン後は、集落を散策する時間があります。 地域の食材を囲み、人と人が向き合う時間をつくります。 そこにある体験は、「効率」とは遠い場所にあります。
「観光って、本来もっと違うものだと思っていて。多くの人を迎えるほど、一人ひとりと向き合う時間は短くなる。わざわざここまで来る意味って、そこにしかない時間があるからじゃないですか」
効率を上げれば、売上も伸びます。 それでも、その選択はしません。
「効率を優先すると、結局続かないと思うんです。短期の利益ではなく、長く続く形を選ぶ——それがここの経営のあり方です」
観光の姿勢は、そのまま「働く環境」にも反映されています。 少人数で、深く、丁寧に。 手っ取り早い成長よりも、時間をかけた循環を選ぶ。
「自分で生きる力」を育てるということ
目黒のような地域では、長年の課題があります。
「仕事がないんですよ」
住みたい人はいます。しかし、収入がなければ生活は成り立ちません。
そのため、多くの人が都市へ出ていきます。
「逆に言えば、仕事さえあれば成立するんです」
最近は、その前提が少しずつ変わってきています。
リモートワークやSNSの広がりによって、一つの会社に依存しなくても収入を得る手段が増えてきました。
「今は、自分で仕事をつくれる時代になってきていると思います」
ただし、それは簡単なことではありません。
安定した給与もなく、正解もありません。自分で考え、動いていく必要があります。
「肥料を入れ続けた土って、本来の力が出ないんですよ」
これは農業の話ですが、人にも通じるものがあります。
守られた環境にい続けると、自分の力が分からなくなっていきます。
時間をかけて土を戻していくように、
人も少しずつ変わっていくのだと思います。
最後に
森の国Valleyは、キャリアが用意される場所ではなく、 「自分で生きる力をつくる場所」だと感じています。
自分のやりたいことは全力で後押ししてくれます。
その分、愛のある厳しいことも言われます。
でも、それは本気だからこそ受け止められます。
手取り足取り教えられるわけではありません。
だからこそ、自分で考え、試し、失敗し、次に活かす。
その中で少しずつ力が身についていくことを感じています。
今の不安定な時代に、安定を求めたくなる気持ちはあります。
ただ、その安定が本当に続くのか、疑問を持つようになりました。
もし今の環境に違和感があるなら。
将来、自分の力で生きたいと思っているなら。
この場所は、そのための土壌になるかもしれません。