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【インタビュー】教育格差を目の当たりにしたからこそ教師に。新卒教師が向き合った日々。

SDGsには、「人や国の不平等をなくすこと」や「質の高い教育をみんなに与えること」が明記されています。理論的に、格差が生まれる構造を学び、アメリカの教育格差を目の当たりにした磯さんは、日本でも教育格差があることを知ってTeach For Japan(以下、TFJ)に参加します。TFJに参加するまでの経緯と教師としての2年間、そしていま考えていることをインタビューさせて頂きました。

目次

(上記の見出しをクリックすると、Teach For Japan内のブログコーナーから本記事を読むこともできます)

おなかの底からやりたいことがTFJにあった

ー教育に興味を持つようになったきっかけを教えてください。


大学を選んだときは、国連で働きたいと思っていました。それで国際開発学を主に学んでいましたが、国際開発を学ぶ中で、教育を学ぶことは避けて通れません。それは、紛争や貧困は、人がつくっているからで、教育はその「人」をつくる仕事だから。なので、教育にもずっと興味を持っていました。

大学3年生で専攻を決めるときに、教育学と言語教育を選びました。その中でも、経済政策と教育政策の関係を学ぶ比較教育に一番興味を持ちました。競争原理を働かせるという構造があると、それが教育現場に持ち込まれます。その結果、経済的に恵まれている層は、より多くの機会が与えられ、さらに豊かになる。しかし、そもそもその土台に乗れていない層は、与えられる機会や得られる機会が必然的に少なくなり、結果として教育格差が生じて行く構造を理論として学びました。ただ、正直あまり実感はありませんでした。

アメリカに留学をしているときに、移民の子どもたちの学習支援にボランティアとして参加しました。イリーガルな形で入国した人たちが住む地域で、車で行かないと危険という場所でした。そこにいる子どもたちは、学習障害があるわけではなく、言語の問題(母語がスペイン語で第二言語として英語を学んでいる)と適切な学習サポートを得られていない経済的環境があいまって、全く勉強がわからない状況でした。

ーTFJのフェローになった経緯を教えてください。

とはいえ、日本では、アメリカのようにあからさまな激しい教育格差はないだろうと思っていました。でも、家庭教師のアルバイトをして、実際に経済的に恵まれていないご家庭を担当したときに、日本にも教育格差が見えないだけで、あることを知りました。アメリカのようにあからさまではないけれど、日本にも子どもの貧困はあるんだと、日本の教育格差に課題意識を持ちました。大学4年生の夏でした。

大学で教員免許も取得していたので、東京都の教員採用試験を受けました。というのも、私は私立の進学校で教育を受けて育ってきました。そこでは、勉強ができる子とできない子で優劣がつけらるように感じていました。なので、私のイメージでは、私立学校というのは、子どもを商品のようにラベリングして、ラベルをつけられた子どもが卒業していくという「工場」のような感覚でした。もちろんすべての私立学校がそうではないと思いますが……。私は、この教育マシーンの一部にはなりたくないと思っていたので、教師をやるなら公立の学校と決めていました。

ただ、大学での勉強も楽しかったので、大学院へ進学するか教師になるかはすごく迷いました。その時に、Teach For America創設者のウェンディ・コップの本を読んでいて、「この人本当すごいな!先生になるなら、私も困難な環境にいる子どもたちのための先生になりたい」とおなかの底から思ったんです。

それで、日本にもTeach For Americaのような団体がないかなと調べたら、あったんです!それで、すぐに連絡して、翌日にTFJの採用担当者と会いました。ちょうど3日後に選考会があるタイミングで、運命としか思えない流れでした。東京都の教員採用も決まっていましたが、おなかの底からやりたいことを考え抜いて、TFJに参加することにしました。やっぱり、大変な環境に置かれている子どもたちのためにやりたいと思ったんです。

「自分の方を振り向いてくれないなら知らない」では、本当の愛ではない

ー教師1年目を振り返ると、どのような日々でしたか?

私が何をできたかはわからないです。社会人としてや教師としてではなく、人間として大事なことを子どもたちから学んでいったという感じです。100%、ひたすらぶつかり続けて、教えてもらったと思います。

生徒たちには殴られたし、けられたし、毎日「東京帰れよ!」と言われ続けました。いつでも笑っていようと思いましたが、心の中はズタボロで、職員室で何回泣いたかわかりません。それに、職員室の先生方に対しても、気丈に振舞っていました。子どもたちのために、何かプラスになることをしたいと思ってきたにもかかわらず、全くそれどころではありませんでした。振り返ると本当によくやったなと思います。

あるとき、これはもうダメだと思う瞬間がありました。この学校や地域を少しでも良くしたいという気持ちでフェロー(教師)になることを選択したのに、結果として迷惑ばかりかけてしまい、何も貢献できていないと思ったんです。その強い挫折感を味わった時に、心の底から自分自身に向き合って、2つのことに気がつきました。

1つは、困難な環境に置かれている子どもたちのことを、かわいそうだと思っている自分が心の中にいたこと。伝え方が難しいのですが、「かわいそう」って思っている時点で、本来そのような意図を持っていなくとも、意識として自分の方が立場が上になっちゃうんですよね。そうではなく、あの子たちは「私なんかよりも、生きる力が最強に強い子たちなんだ」と気づきました。大人と子ども、という関係性ではなく、1人の人間として、子どもたちを見ることを教えてもらいました。

もう1つは、先生たちに「子どもたちに少しでもいい影響を与えるために来ている」という想いを伝えて一緒に向き合ってもらわないとダメだということです。自分がどのように他の先生から見られているか、評価されているかを気にするがあまり、本当の想いを同僚の先生方に伝えられていませんでした。でも、想いを自分から伝えないと、誰も理解なんてしてくれません。ある日の職員会議で、自分の想いを思いっきり先生方に伝えました。それをきっかけに、他校の先生方や協力的な保護者の方とのつながりができていきました。

この2つの気づきを経て、まずは先生方や保護者の方と関係性を築き、その後子どもたちとも少しずつ、少しずつ信頼関係を築けるようになっていきました。そのときに、信頼関係ってこうやってできていくんだと思ったのを覚えています。

子どもたちと関係性が築けるまでは、また殴られるんじゃないかという怖さがありました。でも、どれだけやられても向き合ってくれるのかを子どもたちは見ているんだと思って、毎日向かっていきました。人として本当に試されたと思います。自分の方を振り向いてくれないなら知らない、その子とは関わらないでは、本当の愛ではないから。本当にこの子たちを愛することができるのかを、毎日自分自身で試していました。凄まじかったけれど、良かったと思います。

ー印象的なエピソードがあれば教えてください。



子どもと向き合うときに、相手のせいではなくて、やっぱり自分が変わるというスタンスでやってきました。それが響いたなと思える子もいましたし、響いたかわからない子もいました。

記憶に残っているエピソードはたくさんありますが……。授業中にルーズリーフを切って、「わっしょいわっしょい」言いながら、紙を宙にまき散らしたり、他の子を馬鹿にしたりする子がいました。その子に、私は注意することしかできませんでした。1年間振り返ったときに、その子に私は何を伝えられたのかわかりませんでした。

でも、2年目を終えて、東京に帰る頃、その子から手紙が届きました。そこには、「磯先生のこと大大大大大好きです。私のために怒ってくれてありがとう。」と書いてありました。

私は恵まれた家庭環境で育ってきました。だから、目の前にいる子たちの痛みや辛さは想像できても、本当にはわからないんです。同情目線になるのではなくて、同じ目線になるためには、想像するしかないし、向き合うことしかないと思っています。

私という人間を最大限発揮できる場所はどこか?

先生の世界は、計り知れない深さがあり、計り知れないやりがいがありました。ただ、研修や里帰りで東京に帰ってくるたびに、つまり学校の外の世界に触れるたびに、「ん?1世紀違うのかな??」と感じていました。学校の外の世界では、様々な社会の動きがあるのにもかかわらず、特に公立の私がいたような地方の学校は、その社会の動向から置いてきぼりにされているような感覚でした。帰省するタイミングで、外資系の会社で働いている友達に会って話を聞いていると、まるで社会が分断されている気がしたんです。「こうも交わらないのか…」と思ったんです。

どっちに優劣があるというわけではないのに、お金が集まり、新しいものが生まれ、発展していくのは学校外の世界だと思いました。それで、どうやったら企業とかお金というリソースを公立の学校現場に入れていくようになるかと思うようになったんです。それが、私という人間を最大限発揮できることで、私が出会った子どもたちにできる最大の贈り物だと思ったんです。

それで、音楽を通じた表現教育ワークショップを世界各地で行っている団体であるヤングアメリカンズのジャパンツアーをオーガナイズ(全国92の市区町村と200を超える法人で開催)しているNPO法人じぶん未来クラブにキャリアチェンジしました。いろんな人たちを巻き込んで、教育委員会や自治体レベルで課題解決にアプローチしたかったんです。

ーこれからチャレンジしたいことはなんですか?

入社3年目を迎えてもなお、、、、

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