自衛官 → 料理人 → 海外SEOコンサルタント...10カ国以上を渡り歩いた異色キャリアの話
佐賀の田舎で育ったみかん農家の長男が、なぜSEOコンサルタントになったのか。 よく聞かれるので、ここにまとめておこうと思います。
航空自衛隊で学んだ「規律」と「行動力」
高校卒業後、パイロットになりたくて航空自衛隊に入りました。結果、視力で二次試験に落ちて航空機整備員に。ブルーインパルスと同じ機種であるT-4の整備を担当していました。
正直、入隊して1週間でホームシックにかかりました(笑)。でも、この経験で「やると決めたらやりきる」という基本姿勢が身についたのは間違いないです。約3年間の勤務を通じて、チームで動く力と、細部に手を抜かない姿勢を叩き込まれました。
実家のみかん農家を変えたくて、料理の世界へ
自衛隊を退職した後、次に進んだのが料理の道です。
実家がみかん農家だったこともあり、当時流行っていた「6次産業化」に興味がありました。農産物を使った加工食品を作ったり、農家カフェを開業したりできたらいいなと。ただ、飲食の経験がゼロだったので、まずは基礎から学ぼうと大阪の辻調理師専門学校に入学しました。
カフェクラスで和洋中のフードとドリンクを一通り学び、卒業後はイタリアンレストランでの研修や、地元・佐賀でのカフェ開業サポートも経験。イタリア・トリノで開催された世界の食の祭典『Terra Madre Salone del Gusto 2016』に日本代表団として参加する機会もいただきました。
叔父に連れられた海外旅行が、すべてを変えた
転機は、叔父に誘われて行ったグアム旅行でした。
それまで一度も日本を出たことがなかった自分にとって、海外で受けた衝撃は大きかった。「自分の知っている世界って、こんなに小さかったのか」と。
そこから海外にどっぷりハマり、「場所に縛られない働き方がしたい」と考えるようになりました。当時はノマドワーカーという言葉が出始めた頃。調べていくうちにWebライターという仕事を知り、クラウドソーシング経由で仕事を始めたのが2015年頃です。
ライターからSEOコンサルタントへ
最初はただ記事を書いていただけでしたが、「なぜこの記事は読まれて、あの記事は読まれないのか」が気になるようになり、自然とSEOの世界に入っていきました。
自分のブログ(海外ノマドラボ:https://okatakuma.tokyo/ )を運営しながらSEOを実践的に学び、クライアントワークでも成果を出せるようになると、テクニカルSEOや多言語サイトの構造設計といった専門性の高い領域に軸足が移っていきました。
ドイツではワーキングホリデーも経験。イギリス、タイ、マレーシア、フィリピンなど10カ国以上を回りながら、各国の企業とリモートでSEOプロジェクトを回す日々を送っていました。
9年間のフリーランスで得たもの
振り返ると、自衛隊で「やり抜く力」を、料理の世界で「ユーザー(お客さん)の体験を設計する感覚」を、海外生活で「多様な環境への適応力」を身につけてきたように思います。
SEOの実務では、hreflangや構造化データの設計、Core Web Vitalsの改善、A/Bテストの定常運用といったテクニカル領域を中心に、自然検索+38%、CVR+1.8pt、LCP 3.8s→2.1sといった成果を積み重ねてきました。
また、学んだことをアウトプットする習慣として、Kindle本(『AI時代のテクニカルSEOの教科書』など計5冊)やUdemy講座(受講者160名超)、YouTubeチャンネルでの情報発信も続けています。
次のステージへ
9年間のフリーランス経験を経て、今はチームの中でSEO戦略をリードする立場に進みたいと考えています。作業者としてのSEOではなく、事業全体を見渡したストラテジストとして。
生成AIの台頭でSEOの世界は大きく変わりつつあります。AIO(AI Optimization)やLLMO(Large Language Model Optimization)といった新しい領域にもいち早く取り組んできた経験を、次のチームで活かしていきたいです。
異色のキャリアかもしれませんが、「好奇心で動いて、現場で学んで、成果で証明する」——これは自衛隊の頃から変わっていない僕のスタイルです。
- 業務実績の詳細はこちら → https://okatakuma.tokyo/achievements/
- YouTube → https://www.youtube.com/@takumaoka51