組織の「文化」に染まることより、プロとして「共鳴」することを選びたい。――半年間の迷子を経て気づいたこと
「あれ、私は今、よそ行きの顔をした組織にパジャマで入り込んでしまったのではないか」
バックオフィスの業務委託として新しいチームに入って半年。私はずっと、そんな得も言われぬ違和感を抱えていました。
小規模ながら、誰もが知る大企業をクライアントに持つその組織は、常に「プロフェッショナルな外見」を保つことに非常に自覚的でした。しかし、その「よそゆきの顔」は、本来であれば身内であるはずの社内コミュニケーションにまで及んでいました。
一見すると丁寧で美しい文化。しかしその実態は、相手の真意を探ることに膨大なエネルギーを費やす、非常に「コミュニケーションコスト」の高い環境だったのです。
「文化への適応」という見えないコスト
当初、私はその組織の「色」に染まろうと必死でした。 しかし、社内チャットの細かな作法や、言語化されていない業界の暗黙ルールという「正解」を探し、空気を読むことにリソースを割けば割くほど、本来の仕事であるはずの「業務の効率化」や「仕組み作り」に割くべきエネルギーが削られていくのを感じました。
ここで私は立ち止まりました。 業務委託という「外部のプロ」が組織に提供すべき価値は、文化の完コピではないはずです。
むしろ、中の人が「当たり前」だと思って脱げずにいる「重い鎧」に気づき、それを脱いでも業務が回るように一般化(仕組み化)すること。外部の視点を使って組織に「レバレッジ」をかけることこそが、真の役割ではないかと考えたのです。
業務委託は「文化」を変えるべきか?
正直、悩みました。一介の業務委託が、その組織が大切にしている作法に口を出すべきなのか。しかし、このままでは組織そのものが疲弊してしまうという危機感もありました。
私が行き着いた結論は、「文化(感情)」を変えようとするのではなく、「仕組み(システム)」として踏み込むというスタンスです。
「もっと本音で話しましょう」と精神論を説くのではなく、「このコミュニケーションの型を導入すれば、確認の時間を半分にできます」と、成果に紐づいた提案をする。外部人材だからこそ、その組織の「当たり前」を「過剰なコスト」として客観的に指摘できる。それが、私がこのチームに存在する意味なのだと定義し直しました。
ギルドとしての結託、プロとしての美学
組織を一つの固い「箱」と捉えると、そこからはみ出す個は「馴染めない人」になってしまいます。 でも、特定の目的のためにプロが一時的に集まる「ギルド」だと定義すれば、景色は変わります。
私たちが求めているのは、組織への盲目的な帰属意識ではなく、お互いのプロとしての美学が交差する瞬間だけでいい。
- 経営側には: 「言わなくてもわかるはず」という期待を捨て、方針を言語化してほしい。
- 委託側には: 違和感を恐れず、外部の視点から「あるべき形」を提案し続けてほしい。
彷徨った先の「建設的なわがまま」
この半年間、迷子になりながらも私が学んだのは、「馴染めない自分」を責める必要はないということです。その違和感こそが、組織を改善するヒントそのものだからです。
これからも私は、特定の誰かの色に染まることをゴールにするのではなく、自分の価値を証明できる場所で、プロとして軽やかに「結託」していきたい。バックオフィスの立場から、組織が「等身大の機動力」を取り戻すための手助けを続けていこうと思います。