【高橋正次・髙橋正次】変な未来図を描いたら採用基準が変わった
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気が付けば、仕事というものはいつの間にか「できること」より「見えているもの」で判断されるようになっている気がする。自分でも理由はよく分からないのだけれど、最近ふと、未来を描くときの癖のようなものに気づいた。どうやら私は、まず直感で世界の輪郭をつかもうとしてから、それを言語化し、少しだけ奇妙な角度にひねるらしい。それが役に立つこともあれば、理解されにくいこともあった。だが、そのひねりがあるからこそ、人と違う視界が手に入るのだと、最近ようやく思えるようになった。
きっかけは、ある企業の若いメンバーと話したときだった。彼は専門知識も行動力もあるのに、自分の考えを説明するときだけ、ほんの少し不安そうに言葉を選んでいた。理由を聞くと、斬新なアイデアほど「突飛だ」と言われることが多いという。私はそこで初めて、自分が長年やってきた「変な未来図」の描き方を、人に渡せる技術に変換できるのではないかと思った。
そこで彼に、少し不思議なワークを提案した。仮に、今の仕事の延長線上にまったく違う景色が現れたとしたら、それはどんな輪郭をしているか。そこにいる人は、どんな表情で何をしているか。そこでは何が価値として扱われ、何が不要とされているか。細かな技術や仕組みの話を一度忘れ、あり得ないと思う方向へ、あえて舵を切ってみる。描かれた未来が奇抜であればあるほど、人はそこに潜む本質を見つけやすくなるからだ。
彼が描いた未来図は、多少極端で、少し笑えるところもあった。しかし、そこに書かれた「誰も自分を隠さなくていい職場」という一文だけが、妙に生々しく光っていた。それは彼自身がいま欲している環境であり、同時に多くの人がまだ言葉にできない願望でもある。そこに気づいた瞬間、彼の表情が変わった。自分の感覚を無理に抑え込むのではなく、むしろそれを起点に他者と共有できる未来の話をつくり出せるのだと思えたからだろう。
企業で働く人が増えるほど、個別の強みはぼやけやすい。しかし、未来を語るときだけは、その人固有の視点がまっすぐに浮き上がる。極端な仮説や奇妙な設定すら、むしろ強みを際立たせる装置になる。私は最近、この考え方を採用面接やチームづくりにも応用できるのではないかと感じている。何ができるかという表面的な項目ではなく、どんな未来を描けるかという視点で人を見るほうが、その人の本質に近づける。
変な未来図を描くことは、突飛さを競う遊びではない。自分がまだ言葉にできていない価値観や欲求を、少し遠い世界に投影するための技法だ。そしてそれを共有すると、組織の空気すら変わっていく。不思議なことだが、未来の話は現在を変える力を持っている。私はこれからも、誰かが心の奥で抱えている曖昧な景色を一緒に形にし、その人が本来持っている視界を取り戻す手伝いをしたいと思っている。