スタバはなぜ離職率が低いのか?自己肯定感+価値創出=成果の仕組みが組織を救う
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【はじめに】
これはスタバというブランドの話にとどまるものではなく、人間が介在するすべての組織に共通する原理原則の話です。
あなたの組織に誇りを持てる?乖離した理想と現実の狭間で圧倒的多数が働いている
あなたの働く組織には、理念はありますか?おそらくほぼすべての組織に、掲げられた崇高な社是やミッションがあると思います。
では、それはあなたの中に息づいていますか?そう聞かれると、自信と誇りをもってYESと答えられる人は、残念ながらそう多くないのではないでしょうか。
学生時代多くのアルバイトを経験し、多くの職場をかじってきた私も、スターバックスほどミッションが一人一人の従業員に浸透している組織を知りません。
悲しいことですが、理念ばかり立派で、現場は疲弊しているという理想と現実の乖離が起きている組織が多く、そのような組織は離職が絶えません。
やる気と能力のある人間ほど早く辞めてしまい、組織が成熟していかないのは日本中の企業が直面している課題なのではないでしょうか。
スタバは何が違うのか?20年勤務して感じる他社との違いはシンプルだった
では、スタバの現場では何が行われているのでしょう?
実は、内容は非常にシンプルなのに、多くの企業が軽視していることかもしれません。
現場での人材育成を私なりに以下にまとめてみました。
これは子育てのセオリーに似ています。
同じことを子育てで実践すれば、子供は自己肯定感の高い、自尊心を持った安定感のある人間に育つだろうと想像される内容ばかりです。
これは、「ビジネス」という名のもとに「私」を削ぎ落したドライな思考を優先するよりも、人間らしさを大切にすることが人の能力を育てることを示唆しています。
【1】徹底したミッション浸透
~「何のために」というWhyを研修から日常業務中まで常に語り続ける
たいていの組織では、入社研修でチラリとミッションやクレドに触れたあとはほぼ形骸化してしまいます。
その後の勤務で何かにつけて社員が口にする、という組織はなかなかないでしょう。
しかし、スターバックスではことあるごとにミッションが出てきます。
研修の内容でもそうですし、日々の業務でも「今の行動は〇〇の理念に反するからやるべきではないよね」「さっきの選択は〇〇をまさしく体現しているもので、みんなのロールモデルになっていたね」等とフィードバックの中にミッションを含めた発言をすることが多いです。
フィードバックをする立場であるバリスタは、コーチを務める前に必ずコーチングの研修を受けるのですが、この時にコーチングは是正と強化の2種類があり、どちらも事実に即して行わなければならないことを学びます。
その事実の是非を判断する基準が、ミッションになるわけです。
各コーチが同じ判断軸を共有することによって、個々のフィードバックのブレを減らし、チームが混乱することを防ぎます。
日ごろからパフォーマンスがミッションに即しているかどうかを考えることは、スターバックスで働く上でとても大切なプロセスです。
多くの企業ではこの最も大切なミッションの理解を深めることをせず、チームを束ねたりモチベーションを上げたりする手助けにならない残念な状況に陥っているような気がします。
【2】強みに着目するコーチング
~できていないこと以上に できていることを明確に伝える
教育、というと、できないことをできるようにするイメージを持つ方が多いかもしれません。
けれど、人間の脳は否定よりも肯定された方が効率よく機能することをご存じでしょうか。
日本の旧来の教育はトップダウン式が多く、令和になった現在も若い方ですら頭ごなしに相手を注意してしまうことが少なくありません。
しかし、感情的に叱ったり、強い口調で指摘したりすると人は萎縮し、何とかしてその状況を回避することに意識が向いてしまいます。
問題の根本を理解し、次からもっとよい行動をしようというポジティブな受け取り方をする人はまずいません。
コーチングの考え方において、感情的な注意は最も行ってはいけないことです。
また、是正のフィードバックばかり行っていても人は成長が停滞します。
必ず強化すべき良い点を指摘し、相手のモチベーションを保つ手助けをすることが重要です。
このような組織作りができていない企業も多いかもしれません。
判断が上司の基準にゆだねられ、異動があるたびに正しい答えが変わってしまう。
自分の行動理由に耳を傾けてもらえず、頭ごなしに否定される。
このようなこともよくあることかと思います。
しかしこれも、何一ついいことがありません。
様々な組織で働きましたが、コーチングを大切にしている企業はまだまだ希少なのが現実のようです。
スタバ時代、私は勤務中にミスをして落ち込んでいる後輩を見たら、シフトアウト時に必ず今日自分ができたことを振り返ってもらうように意識していました。
失敗は忘れない。けれどできたことを人は思い出さないものです。
できなかったことをできるようにすることと同じかそれ以上に、自分ができたこと、できることを知ることは成長において非常に重要なステップです。
自尊心があってこそ、失敗を取り戻すエネルギーが湧いてくるものなのです。
【3】ミッションに基づく裁量権
~固定業務以外はミッションに即した行動を自ら考え判断させる。
スターバックスでは効率化できる固定業務はとことん効率化されています。
仕込みやドリンク作成等、オリジナリティが入ってはならない固定業務のマニュアルは当然ですがしっかりしています。
ですが、接客についてはマニュアルらしいものは存在しません。
カスタマーの期待を超えるサービスを提供すること、来てよかったと感じて頂くこと等、ミッションに沿ったゴールを提示される以外は個人の裁量に任されています。
内気な性格のバリスタは最初なかなか自分の言葉で語ることができませんが、小さな一歩に対し賞賛や強化のフィードバックを受けるうちに、自分の中にあるホスピタリティが必ず開花していきます。
20年間で大勢の後輩と出会いましたが、この変化には毎回感動させられます。
決められたセリフを繰り返していた後輩が、ある日勇気を出してプラスアルファのサービスを提供する。それを肯定されることにより、次はさらなるプラスアルファを生み出せるようになる。
その成長の余地は、確実にこの「裁量」にあると考えています。
非常に丁寧で礼儀正しい接客を受けても、そこに相手の思いが入っていなければ決して人の心に残ることはありません。
ですが、ひとたび思いが込められると、多少言葉がつたなくても、不器用であっても人の心は動くから不思議です。
「ありがとう」とカスタマーから笑顔をいただき、「今の素晴らしかったね!」と仲間から賞賛されることにより、どんな性格のバリスタも必ず成長していくのがスターバックスの日常風景です。
人を成長させようとする時、自分の頭で考えて判断・行動させる余地を残すことは非常に重要です。
1から10まで指示を出してしまうくらいなら、今の時代はAIに頼む方が早いかもしれません。
裁量を与えるとは相手を信頼して委ねること。委任のプロセスこそ、人を成長させる重要なステップなのです。
【4】リアルタイムな称賛文化
~感謝と敬意を言葉とメッセージカードでタイムリーに伝える
コーチングを行う時はタイムリーであることが重要です。時間が経過してから伝えるフィードバックは鮮度を失い、相手も自分も実際に起きたことを正しく振り返れないことがあるからです。できるだけその場で、事実に即して行動の是正や強化を促進します。
この時、自分の主観で伝えてはいけません。
あくまでも事実に対して、それがなぜ是正や強化の対象となるのかの理由を添えますが、この理由の判断材料がミッションです。
また、スターバックスを支える大きな賞賛ツールに、有名なGAB(Green Apron Book)カードがあります。
名刺大のカードに、同僚が賞賛に値する行動をとったことをほめたたえ感謝するための直筆で送るメッセージカードです。
GABカードを受け取ると、何年働いていてもうれしくてたまりません。
このツールはアナログであるところに意義があります。
わざわざ手書きでメッセージを寄せてくれるほどの賞賛は、口頭で伝えられる以上の重みと価値を感じられるからです。
この人がこんなふうに見ていてくれたの?こんなことに気が付いてくれたの?
と、思いもよらない言葉に涙があふれることもあります。
何でも効率化の時代ですが、アナログで残り続けてほしいと願うスタバ文化です。
【5】成功体験による自己肯定
~顧客と仲間からの感謝がプロとしての自信(誇り)を作る
強化や賞賛のフィードバックを受けるうちに、誰でも自信と誇りを持てるようになっていきます。
これが「自尊心」です。
プロらしい接客をするためには、自尊心は必要不可欠なものです。
自尊心を持った接客ができるようになると、自らの頭で考え、カスタマーのニーズを察し、先回りしたり期待を超えたプラスアルファのサービスを提供できるようになっていきます。
自分の言葉でホスピタリティ溢れる会話を交わせるようになります。
そうすると、必ずカスタマーから「ありがとう」という言葉をかけて頂けるようになるのです。
パートナーからの肯定と賞賛、カスタマーからの感謝、これを繰り返すうちに、成長はますます加速していきます。
これは決して理想論ではなく、私が20年現場で実感してきた人の成長の過程です。
私自身も同じことを経て人間としてもバリスタとしても成長を続けることができました。
また、自尊心を持てていると、是正のフィードバックを受けた時にも感情的に受け止めることが少なくなることも非常に重要です。
自信のない相手に是正のフィードバックをすると、事実の部分ではなく内面を否定されているような反応をすることがよくあります。
そうなってしまうと、行動の部分を変えることが難しくなり、相手は本質を理解せず自分自身を否定するようになってしまうのです。
この負のサイクルを防いでくれるのが、日々の賞賛や感謝のシャワーです。
仕事において心を語るとビジネス的でないとされることもよくありますが、感情を大切にする行為が実は人を育てる最短ルートであることを、20年の現場で実感しています。
【6】継続的な目標設定と省察
~定期的な1on1やフィードバックで一歩先の成長を共に描き、振り返る
スターバックスはとにかく頻繁にフィードバックを受けます。
混雑時のオペレーションがどうだったかその場で検証して話し合ったり、前述のような形で個人的にフィードバックされることも多々あります。
日々の業務の中に成長のチャンスが溢れているのですが、それ以外にも定期的なフォローを欠かしません。
4か月に一度の1on1では店長と共にこの期間の振り返りを行います。
この時にも必ず登場するのがミッションです。
4か月の自分の仕事ぶりがどうミッションを反映していたのか考える作業があり、かなり深堀しないと答えられないので、自分と向き合ういい機会となります。
私がこの面談を楽しみにしていたのは、非常に成長実感を得られたからです。
4か月前に立てた自分の目標に対し今立っている場所はどのくらいの位置なのか。次の4か月でどこまで行けるか。
店長と共に目線合わせをし、チャレンジングでありながらも実現可能な目標を設定することが、日々の自分に新しい成長意欲を与えてくれました。
これはスタバを退職した今でも、定期的に目標の振り返りと再設定を行うという当たり前の習慣として、私の中に定着しています。
【7】納得感のある報酬還元
~変化と行動を給与アップという形できちんと評価する
この仕組みの最後はリターンです。
お金を稼ぐために働いている以上、自分の成長が給与に反映されなければやる気を継続するのは難しくなります。
もちろん昇給の上限はありますが、【6】の店長との定期面談は昇給の機会でもあり、努力したことは報われるシステムです。
成長を後押ししてくれる組織であれば、より頑張ろうと思うのが人間の自然な感情です。
昇給の有無も、成長や停滞について主観的にも客観的にも店長と語り合うことで納得感が高まります。
このことが、従業員満足度を高める大きな理由の一つでもあることを感じています。
本当にスターバックスは特別なのか? 他社での仕組化の現実度と改革の未来
スターバックスで20年を過ごした私が確信しているのは、この仕組みは決して「スタバという特別なブランド」だから成立している魔法ではないということです。
むしろ、人間心理に基づいた極めて普遍的で、シンプルな習慣の積み重ねに過ぎません。
どんな組織であっても、以下の「6つの原則」を徹底して仕組化すれば、半年から一年後には必ず一人ひとりの顔つきに変化が起き、組織は自走し始めます。
1. 理念を「額縁」から「日常」へ
ミッションを壁に飾るだけでなく、日々の挨拶と同じレベルで声に出す習慣を作ること。
判断に迷ったとき、「それは理念に沿っているか?」と問い直すプロセスをルーティンに組み込みます。
2. 軌道修正のための「省察」の仕組み
自分たちの業務や個々の行動が、理念とどう合致しているか。
定期的な振り返りの場を持ち、理想と現実のズレをその都度修正していくステップは決して飛ばしてはいけません。
3. フィードバックから「感情のノイズ」を排除する
個人の主観やその時の気分で部下を評価することをやめる。
コーチングのスキルを共通言語として導入し、あくまで「事実」と「ミッション」に基づいた客観的な対話を徹底します。
4. 「是正」よりも「強化」に光を当てる
マイナスをゼロにする「是正」のフィードバックよりも、プラスをさらに伸ばす「強化」のフィードバックを意図的に多用します。
人は「できていること」を認識したときに、最も高い成長エネルギーを発揮します。
5. 賞賛に上限を設けない
感謝や賞賛は、どれほど多くても副作用はありません。
むしろ、日常的に「賞賛のシャワー」を浴びている組織ほど、厳しい是正のフィードバックを正しく受け止めるだけの強固な自尊心が育ちます。
6. 努力と結果を「正当な対価」で報いる
「やりがい」や「想い」だけで人は走り続けることはできません。
目に見える努力と創出した価値に対しては、可能な限り給与や待遇という具体的な形で報いること。
これが組織への信頼の根拠となります。
ビジネスと言えど、向き合っているのは「人間」である
これらはすべて、今日からでも始められることばかりです。
なぜ多くの企業がこれを継続できないのか。
それは、ビジネスという枠組みの中で「効率」や「数字」を優先するあまり、その根底にある「人間同士の関わり」という本質を軽視してしまうからです。
仕事では個人的な感情を排除することが長らく「正」とされてきましたが、人間の本質に照らせば、それが効率的な人材育成に繋がることは決してありません。
「ビジネスだからこそ、人の心を大切にする」。
このアプローチこそが、結果として離職率を下げ、個人の能力を最大化し、揺るぎない成果を生み出す最短ルートであると、私は20年の現場経験から断言します。
幸福度の高いワーカーが増える社会は、ここから始まると信じています。