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技術とビジネスの間を歩んだ30年の先に見えた、「インターネットより大きな変化」。
弊社DaisybellのグローバルCEO・James Liuは、大学でコンピューターサイエンスを学び、Boston Consulting Group(BCG)、スタンフォード大学ビジネススクールを経て、シリコンバレーでNetscape、Siebel Systems、Fortinetといった時代を代表する企業の変革期に立ち会ってきました。
その後、実名制SNS「UUMe」を創業し、統合を経て誕生した「Renren」を数億人規模のサービスへ育て、2011年にはニューヨーク証券取引所への上場を果たしています。
華やかな経歴に見えますが、その歩みは試行錯誤と学びの連続でした。そして2025年、Jamesは「AIはインターネットの100倍、あるいは1,000倍大きな変化になる」という確信のもと、もう一度ゼロからの起業を選びました。日本のメディアでは初めてとなる本インタビューでは、全3回にわたってその原点と決断を聞きます。第1回は、キャリアの出発点からDaisybell創業の決断までです。(聞き手:Daisybell Japan 広報担当)
1. コンピューターサイエンスを学んだ若者が、BCGへ―技術者が、まずビジネスを学んだ理由
── まず、キャリアの出発点から教えていただけますか。
James:私は大学でコンピューターサイエンスを専攻しました。ソフトウェアだけでなく、コンピューター工学、ハードウェア、半導体設計にも触れています。卒業時には、複数の大学から博士課程への進学機会をいただいていました。研究者の道も確かにあったと思います。
── それでも進学ではなく、就職を選ばれたのはなぜですか。
James:好奇心です。私が大学を卒業した1995年は、生まれ育ったアジアで経済発展が大きく進展して本格化しはじめた時期で、米国、欧州、日本などの企業が次々と合弁会社をつくり、アジア市場の可能性を探っていました。社会そのものが大きく変わろうとしているときに、研究室からそれを眺めているより、現場で経験したいと思ったのです。ご縁があってMcKinseyとBCGの両方から機会をいただき、BCGへ入社しました。
── BCGでは、どのような仕事をされていたのですか。
James:約3年間、本当に幅広い案件に携わりました。ドイツ系複合企業の市場参入支援、農業機械大手John Deereの市場戦略策定、製薬会社、酒類や清掃用品などの消費財メーカーの案件、国有企業の改革等。この経験が、私に「ビジネスを見る目」を与えてくれました。顧客は誰なのか、どの課題にどのような価値を提供するのか、経営者は限られた資源をどこへ配分するのか。技術だけでは会社も市場も動かないことを、ここで初めて学びました。
── 充実していた一方で、物足りなさもあったそうですね。
James:そうですね。私はコンピューターサイエンスを学んだのに、BCGではその知識をほとんど使う機会がありませんでした。技術とビジネスの両方を使って、何かをゼロからつくりたい。その思いが消えず、1998年にスタンフォードのビジネススクールへ進むことを決めました。
2. スタンフォードとシリコンバレー ── 「未来が現在になる瞬間」を見た
── 数ある名門校の中で、スタンフォードを選ばれた理由は何ですか。
James:シリコンバレーの中心にあったから、それに尽きます。1998年は、まさにインターネットの波が始まった年でした。Yahoo!はすでに上場し、Amazonも急成長している。数え切れないスタートアップが生まれる場所に身を置けば、自分の起業家精神を発揮できる機会に出会えるはずだと考えました。
── 実際に、当時のシリコンバレーはいかがでしたか。
James:期待以上でした。夏には世界初のブラウザ企業Netscapeでプロダクトマネージャーとしてインターンをしたのですが、ちょうど会社がAOLとSun Microsystemsへ分割されていく渦中で、その過程を現場で見ることができました。その後、元Netscapeのメンバーが立ち上げた、今でいう動画配信サービスに近い構想のスタートアップにも参加しました。約2億ドルという大きな資金を集めた会社でしたが、通信環境も技術も市場も準備が整っておらず、事業は成功しませんでした。
── その挑戦から、何を学ばれましたか。
James:未来を正しく予測するだけでは不十分だ、ということです。正しいアイデアでも、顧客、市場、技術、タイミングがそろわなければ事業にはなりません。資金や人材が揃っていてもです。この教訓は、その後の私のすべての判断に影響しています。
── スタンフォードでの出会いも大きかったと伺いました。
James:はい。同級生には、後にSequoia CapitalのCEOになった人物や、OpenAIのCFOになった人物がいます。初期のFacebookやTwitterに投資したベンチャーキャピタリストとは、後に私自身の会社への投資家という形で再会しました。人脈そのもの以上に、「技術が世界を変えることを当然の前提として考える人たち」の中に身を置けたことが、私の起業家人生の土台になっています。
3. SiebelとFortinet ── コールセンターとの出会い、そして「技術と顧客をつなぐ」原点
── 卒業後はSiebel Systemsに入社されています。どのような会社でしたか。
James:SiebelはCRM(顧客関係管理)という市場そのものを定義した会社です。営業、マーケティング、顧客対応をソフトウェアで管理する世界をつくりました。私はコアテクノロジー部門でプロダクトを担当し、クライアント/サーバー型のソフトウェアをWebベースへ移行する取り組みにも関わりました。後にSaaSと呼ばれるモデルの原型を、業界の最初期に経験できたことになります。
── Siebel時代の経験で、現在につながっているものはありますか。
James:二つあります。一つは、コールセンターという巨大市場との出会いです。Siebelはコールセンター関連の会社を数億ドル規模で買収していました。当時の技術はオペレーターの画面とCRMをつなぐ程度の原始的なものでしたが、企業と顧客の接点として電話がどれほど重要か、このとき初めて強く意識しました。
もう一つは、Marc Benioffが「業務ソフトウェアをWebで提供する」という構想を持ち込んだ場面に居合わせたことです。当時は「インターネットは遅く、安全ではなく、重要な業務には使えない」という見方が主流で、その構想は真剣に受け止められませんでした。
しかしその後、Salesforceがどうなったかは皆さんご存じの通りです。新しい技術を、現在の欠点だけで否定してはいけない。大きな技術革命は最初は必ず不完全ですが、改良が続けば従来の常識そのものを変える。この学びは、私の中で最も重要な原則の一つになりました。
── その後、まだ10人ほどだったFortinetに参加されます。
James:プロダクトマネジメント、事業開発、マーケティングを担当し、顧客とエンジニアの間に立つ仕事をしました。顧客の要望をそのまま開発項目にするのではなく、顧客が本当に困っていることは何か、競合は何を提供しているか、将来も必要とされる製品は何かを整理し、エンジニアがつくるべきものへ「翻訳」する。この役割が、私の原点です。
── Fortinetの初期は苦しい時期だったそうですね。
James:決して順調ではありませんでした。資金調達は難しく、顧客には話を聞いてもらえず、展示会の出展枠を確保することさえ苦労しました。製品は壊れ、営業担当者も定着しない。
それでも創業時のビジョンを変えずに改善を続けた結果、同社は世界最大級のネットワークセキュリティ企業へ成長しました。スタートアップに必要なのは、良いアイデアだけではありません。何年も成果が見えない中で、顧客の問題を解き続ける粘り強さです。この学びは、現在のDaisybellにもそのまま生きています。
4. UUMeでの挑戦とRenrenの成功――数億ユーザー、SoftBank、そしてNYSE上場
── 2003年にアジアへ戻り、実名制SNS「UUMe」を創業されました。
James:米国でFriendsterが急成長する姿を見て、実名を基盤に人と人をつなぐソーシャルネットワークはアジアや、特に人口の多い中華圏でも成立すると考えたのです。UUMeという名前には「You and You and Me」という意味を込めました。日本のベンチャーキャピタルや米国のAccel Partners、スタンフォード時代の友人などから資金を集めてスタートしました。
── 結果は、思うようにいかなかったそうですね。
James:試行錯誤の連続でした(笑)。当時の中国はインターネット人口がまだ少なく、ECも決済も未成熟でした。多くの人は匿名で掲示板やチャットを楽しんでいて、実名で自分を公開することに強い抵抗がありました。大学生、会社員、特定のコミュニティと、さまざまな市場を試しましたが、十分な成長は得られませんでした。構想の方向は間違っていなかったと今でも思いますが、市場には早すぎ、対象も広すぎたのです。
── そこからRenrenへは、どうつながっていくのですか。
James:2005年に、スタンフォードの先輩が創業した会社と事業を統合しました。その頃、米国で初期のFacebookを紹介される機会がありました。当時のFacebookは、ハーバードやスタンフォードなど限られた大学の学生しか使えない小さなサービスです。
これを見て、中国でも対象を大学生だけに限定したサービスを立ち上げました。この絞り込みで、私たちはようやく「正しいレシピ」を見つけたのです。サービスは爆発的に成長し、最終的に数億人規模のユーザーを持つアジア最大級のSNSになりました。
── SoftBankの孫正義さんから投資を受けた経緯も印象的だと伺っています。
James:2007年の末頃、SoftBankでプレゼンテーションをする機会がありました。途中から一人の方が入ってこられて、「最初からやり直してほしい」と言われたのです。数枚のスライドを見ただけで、その方は「投資したい」と仰いました。それが孫さんでした。翌日には私たちと一緒に米国へ飛び、他の取締役の説得にあたってくださった。
何より印象に残っているのは、2008年の世界金融危機のさなかでも投資の約束を守ってくださったことです。ご自身の会社も厳しい状況にある中で、お会いするたびにユーザー拡大やソーシャルコマース、ゲームについて次々とアイデアを出される。事業と技術と成長への情熱は伝染するものだと、あのとき学びました。
孫さんから繰り返し言われた言葉があります。
「何をするにもNo.1を目指しなさい。大きく考える勇気すら持てないなら、どうして成功できるのか」
孫さんは、“Every man wants to be No.1, and I am a man.” とも話していました。言葉通り、常に最大の目標を置き、それを実現する方法を考える人でした。
私たちはDaisybellでも、その教えを受け継いでいます。参入するすべての市場でNo.1になることを目指します。
── Mark Zuckerbergから買収提案を受けたことがあるというのは本当ですか。
James:本当です。SoftBankの投資から数か月後、出資や株式交換による買収の可能性を含む提案をいただきました。私たちはお断りしました。今振り返れば、若く、ナイーブで、野心的で、少し傲慢だったと思います(笑)。経済的な観点だけで見れば、違う判断があったかもしれません。
ただ、起業家にとって、自分たちの会社をゼロから立ち上げ、1から10、10から100へ育てる経験には、金銭では測れない価値があります。私はあの旅を後悔していません。
── 2011年には、Facebookよりも先にNYSE上場を果たされました。
James:大きな成果でしたが、上場の時点で、私たちは事業の中に影があることも理解していました。Renrenは大学生に強いサービスでしたが、ユーザーは卒業して社会人になると離れていきました。人生のあらゆる段階で使われるサービスには転換できなかったのです。
さらにTencentとの競争、モバイルへの移行、規制環境の変化が重なりました。ここから学んだのは、「スケールすること」と「長期的に価値を提供し続けること」は別の問題だということです。上場は変化しなくてよくなる瞬間ではなく、より大きな責任を持って変化し続ける始まりでした。
5. GPTという分岐点――投資家ではなく、もう一度起業家へ
── その後、AIとはどのように関わってこられたのですか。
James:Renren時代から、AIはずっと注目してきた領域です。8〜9年前に孫さんと将来の技術について議論した際も、AIをリストの最上位に置いていました。AI向け半導体の企業や、建築の構造設計をAIで自動化する企業にも投資しています。ただ、当時のAIは翻訳やレコメンデーション、音声認識など、個別分野を支える技術にとどまっていました。
── GPTの登場は、何を変えたのでしょうか。
James:すべてです。AIが人間のように話し、考え、何十億人もの人が直接価値を感じられる「プロダクト」になった。あれは分水嶺でした。私はAIの変化はインターネットより大きいと考えています。インターネットは多くの情報やサービスをオンラインへ移しましたが、仕事の流れそのものは変えませんでした。
AIは、ソフトウェアも、業務プロセスも、人間と機械の役割分担も根本から再定義します。100倍、場合によっては1,000倍大きな変化になると本気で考えています。
── そこから、なぜ「投資」ではなく「起業」だったのですか。
James:約1年から1年半、市場を研究し、投資も行いました。しかし、外から会社を見ているだけでは満足できなかったのです。私は本質的に起業家なのだと再認識しました。チームと一緒に現場へ入り、袖をまくって製品をつくる方がはるかに楽しい。そこで、経営していた会社のフルタイムの職務から離れ、ほぼすべての時間をDaisybellへ投入することを決めました。
── 数あるAI領域の中で、なぜ「音声」だったのでしょうか。
James:インフラや基盤モデルには、すでに莫大な資本が必要で、新しい起業家がNVIDIAやOpenAIと同じ土俵で戦うことは現実的ではありません。
一方、基盤モデルを使って具体的な業務課題を解くアプリケーション層には、大きな機会があります。多くの市場を調べた結果、最も大きな課題の一つが「電話」でした。オンライン化が進んでも、ホテル、銀行、保険、不動産、小売、物流、公共サービスでは、電話が重要な接点として残っています。
ところが日本や韓国では、電話を取る人が足りない。ここには技術的な機会だけでなく、社会的に解くべき大きな問題がありました。
ただ、お伝えしたいのは、これは私個人の再挑戦ではない、ということです。Daisybellには、グローバル水準でトップクラスのAIエンジニアと、日本をはじめ各市場の現場を知るメンバーが集まっています。
Daisybellの挑戦は、このグローバルチームの挑戦です。そして、孫さんから学んだことの一つが、大きな目標を掲げることの力でした。私たちは、参入するすべての市場でナンバーワンになることを目指しています。音声AIの中身については、次回じっくりお話しさせてください。
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