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低遅延、現実世界のノイズ、業務ガードレール。音声AIをデモから実運用へ変えるために。
DaisybellグローバルCEO・James Liuへの日本初インタビュー、全3回の第2回です。前回(#1)では、BCG、シリコンバレー、RenrenのNYSE上場を経て、再び起業家として音声AIに挑むまでの歩みを伺いました。
今回は技術です。音声AIのデモを初めて聞いた方は、その声の自然さに驚かれます。しかしJamesは、「人間のように聞こえることは出発点にすぎない」と言い切ります。企業の電話業務を実際に任せられる音声AIには何が必要なのか。日本の大手小売チェーンと香港の物流プラットフォームでの導入事例とあわせて聞きました。(聞き手:Daisybell Japan 広報)
1. 「自然に話せる」は出発点── テキストAIと音声AIの決定的な違い
── Daisybellのデモを聞いた方は、まず声の自然さに驚かれます。ただ、Jamesさんは「それだけでは足りない」と仰いますね。
James:はい。
Daisybellは、既存のコールセンターサービスにAIを追加した会社ではありません。創業時からAIを中核に設計された、AIネイティブの企業です。
私たちはグローバルな技術を活用しながら、日本、韓国、香港などのアジア市場を最初の重点地域としています。こうした市場は、言語や業務慣行の違いから、欧米で生まれた最新AIの恩恵を十分に受けられていません。私たちは、そのギャップを埋めたいと考えています。
人間のような声で、間を取り、相手の言葉に応じて返答する。それは重要な進歩ですが、企業が音声AIを実際の業務へ導入するには、「人間のように聞こえる」だけでは足りません。
電話の相手が何を求めているかを理解し、企業のルールに沿って判断し、必要なシステムへ情報を登録し、処理を完了する。AIだけでは解決できない場合には、人間へ適切に引き継ぐ。そこまでできて初めて、音声AIはデモではなく、企業の業務を担うエージェントになります。
── ChatGPTのようなテキストAIと、音声AIは何が違うのでしょうか。
James:一番分かりやすい違いは「時間」です。テキストAIなら、複雑な質問への回答に数秒、場合によっては数分かかっても、利用者は待つことができます。私自身、複雑な依頼をAIに投げて、7分かけて丁寧な答えが返ってくる、という使い方をすることもあります。長く考えることが価値になる場合すらあります。
電話では事情がまったく違います。
相手が話し終わった後、数秒間何も返ってこなければ、会話はすぐに不自然になります。「聞こえていますか」と確認したくなり、場合によっては電話を切られてしまう。
音声AIでは、音声を認識し、意図を理解し、企業の業務ルールに照らして判断し、返答をつくり、再び音声へ変換するまでを、数百ミリ秒単位で行う必要があります。数百ミリ秒を超える遅延は、会話にとって致命的です。
── 低遅延は「システムの高速化」の話ではない、ということですね。
James:その通りです。会話という、人間が長い時間をかけて身に付けてきたリズムを壊さないための条件です。ここを外すと、どれだけ賢いAIでも電話業務には使えません。
2. 現実世界のノイズと、企業のガードレール
── 技術的な難しさとして、遅延の他には何がありますか。
James:「音声は整ったデータではない」ということです。テキストAIへ入力される文章は、文字として区切られた、ある程度整ったデジタルデータです。
音声は違います。音声は現実世界の空気の振動であり、常に不完全です。店舗や道路の騒音、通信状態の悪化、方言や強いアクセント、発音の癖、言い直しや言い淀み、会話途中での割り込み、主語が省略された表現、会社名や地名などの固有名詞、業界でしか使われない専門用語。
人間同士の会話でも聞き返しが必要になるような入力を、音声AIはリアルタイムで処理しなければなりません。しかも、処理を丁寧にすればするほど、今度は遅延が大きくなる。認識精度と速度の両立が必要です。
── もう一つの課題として「ガードレール」を挙げられています。これはどういうものですか。
James:一般向けの生成AIは、非常に幅広いテーマについて自由に会話できます。しかし、企業の顧客対応では、自由であることが常に良いわけではありません。保険会社のAIが約款にない補償を約束してはいけませんし、小売企業のAIが在庫や修理の状況を勝手に推測してもいけません。金融機関のAIが本人確認を省略して手続きを進めることもできません。
何を確認しなければならないか、どの順番で質問するか、どこまでAIが判断できるか、どの条件で人間へ引き継ぐか、どの契約条件や規定を参照するか、どのシステムへ何を記録するか。企業向け音声AIには、こうした明確なガードレールが必要です。
難しいのは、ルールを厳しくするだけでは会話が機械的になってしまうことです。自然な会話と、企業としての正確な業務処理を、速度を犠牲にせず同時に実現しなければなりません。
── 低遅延、ノイズ、ガードレール。三つを同時に解くのは相当に難しそうです。
James:非常に難しいです。しかし、私たちはそこにこそ価値があると考えています。基盤モデルを呼び出すだけで同じ製品ができるなら、長期的な会社にはなりません。複雑で不完全な問題ほど、エンジニアリングで一つずつ解決した者にとっての参入障壁になる。難しいからこそ、長く価値を持つのです。
3. 会話の入口から業務の完了まで── 日本と香港の導入事例
── Daisybellが目指す「仕事をするAI」とは、具体的にどういうものですか。
James:電話に応答するだけのボットではありません。電話を受け、相手の目的を理解し、必要な情報を集め、企業のルールに沿って判断し、CRMやZendeskなどの業務システムへ接続し、注文や依頼を登録する。必要であれば、会話の文脈とともに人間の担当者へ引き継ぐ。つまり、会話の入口から業務の完了までを一つの流れとして設計します。
音声AIの価値は、会話が自然だった回数ではなく、顧客の目的を正しく完了できた回数で測るべきだと考えています。
── 日本では、大手小売チェーンでの導入事例があります。どのような課題があったのでしょうか。
James:非常に多くの店舗を展開されている企業で、各店舗から本部へ、毎日さまざまな電話が入っていました。商品の在庫がなく補充時期を確認したい、冷蔵庫や冷凍庫が故障した、夏場に空調が動かない、設備の修理を依頼したい。しかし人員が足りず、導入前は約80%の電話に応答できていなかったのです。電話に出られなければ店舗の問題解決は遅れ、店舗の問題は最終的にお客様の体験に影響します。
── 導入後は、どう変わりましたか。
James:現在は、すべての電話に応答できるようになりました。そのうち約90%は、人間を介さずAIだけで処理を完了しています。残りの約10%は、内容や条件に応じて人間の担当者へ引き継いでいます。
重要なのは、「オペレーターを何人減らしたか」ではありません。以前は対応できなかった電話を、対応できるようにしたことです。2025年に最初の商談を行ってから、数か月で本番稼働まで進みました。プロトタイプ段階の私たちを信頼し、現場でともに改善してくださった。あの企業の決断には、今も感謝しています。
── 香港では、物流プラットフォームでの事例がありますね。
James:はい。GOGOVANは香港最大の物流プラットフォームです。荷物を送りたい企業や個人と、配送ドライバーをつなぎ、香港の物流を支えています。
Daisybellは、同社への電話に応答するだけではありません。注文内容を聞き取り、必要な情報を確認し、CRMやZendeskをはじめとするバックエンドシステムへ登録するところまでを担っています。
現在、Daisybellが対応する電話の約80%は、人間の介入なしで完了しています。ユースケースによっては、90%近くまで上昇しています。
物流業界では、配送時間、車両、荷物の大きさ、出発地、到着地など、業界固有の情報を正確に確認する必要があります。私たちは、こうした物流特有の依頼に対応するため、大量のファインチューニングと強化学習を重ねてきました。
さらに香港では、広東語、広東語訛りの英語、中国語(普通話)などが、一つの会話の中で自然に混在します。話者によっては、中国語のアクセントを含む広東語が使われることもあります。
この複雑な多言語環境に対応することは、一般的な音声モデルを接続するだけでは難しく、Daisybellが長期間にわたり最適化してきた領域です。
4. できないことを認める誠実さ── そして、人とAIの新しい分業へ
── あえて伺いますが、現在の音声AIに「まだできないこと」は何でしょうか。
James:正直にお答えします。非常に騒がしい環境、強い方言やアクセント、人間でも理解が難しい話し方、高度に専門的な質問、複雑な例外処理には、まだ課題があります。
実際の導入でも、すべてをAIだけで処理しようとはしていません。現在は、案件に応じて約10〜20%を人間へ引き継いでいます。
大切なのは、AIができることを誇張しないことです。
どこまでAIが安全に完了できるかを定義し、難しい案件を人間へ正しく渡すこと。導入後のデータを使いながら、AIが処理できる範囲を少しずつ広げること。自動化率だけでなく、誤案内、再入電、顧客満足、有人引き継ぎ後の効率まで見ながら改善すること。それが、企業向けAIの誠実なつくり方だと考えています。
── 社名の「Daisybell」には、どのような由来があるのですか。
James:音声合成の歴史への敬意です。1961年、Bell Labsが開発した音声合成ソフトウェアとIBMのコンピューターを組み合わせ、機械が初めて人間の声で歌を歌いました。その曲の名前が「Daisy Bell」です。後に映画『2001年宇宙の旅』でも象徴的に使われました。私たちは、Bell Labsから半導体、インターネット、基盤モデルまで、多くの先人の技術の上に立っています。その技術を企業と顧客の現実の会話へ持ち込み、仕事を完了するところまで進める。それが私たちの役割です。
── 音声AIが広がると人間の仕事がなくなる、という不安の声もあります。
James:私たちは、少なくとも日本の電話業務を、少し違う角度から見ています。日本では、電話対応の需要に対して人材が圧倒的に足りません。
誰にも取られない電話があり、長時間待たされる人がいて、連絡したくても人員や費用の問題で実施できない企業があります。AIは、今いる人を追い出すためではなく、この不足を埋めるために使えます。
督促のように精神的な負担が大きい仕事や、大量の定型的な電話は、必ずしも人間が行うべき仕事ではありません。AIがその部分を担えば、人間は複雑な判断や、相手への配慮が必要な仕事へ集中できます。「人間のように話せること」は、その未来への入口にすぎません。
私たちが本当に実現したいのは、人間とAIがそれぞれに適した役割を持ち、これまで提供できなかった顧客体験を提供できる世界です。
Daisybellは、テクノロジーの力によって、高度にパーソナライズされたサービスを、すべての顧客に届けたいと考えています。いわば、コンシェルジュサービスの民主化です。非常に大きな目標ですが、私たちは技術と製品を改善するたびに、その実現へ近づいています。
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