「立派な人なんて、一人もいなかった」——代表・佐藤がロンドンのパブで見た景色が、川崎のブルワリーになるまで
年間100種類以上の自由なレシピ。3店舗の直営店。10年目を迎えたカギヤブルワリーの原点は、代表・佐藤がロックバンドで渡英した20代のある夜に遡ります。
▊ 20代、ロックバンドで渡英した夜に
代表の佐藤が20代を捧げたのは、ビールではなくロックバンドでした。イギリスで音楽活動を始めた頃、はじめて地元のパブに足を踏み入れたのが、すべての原点です。
そこには、スーツ姿のビジネスマンも、泥だらけの靴で来た工事現場の人も、同じカウンターで肩を並べ、ビール片手に笑い合う光景がありました。年齢も、肩書きも、正しい飲み方も、関係ない。「今日はお疲れ様」とグラスを合わせて、くだらない話をして、「また来週な」と手を振って帰っていく。外国人である自分にも、同じように話し掛けてくれる。
立派な人なんて、一人もいなかった。
そこにあったのは、ただの「自由」でした。
▊ 日本に帰って見えた「飲み屋」の違和感
帰国した佐藤が気づいたのは、日本の「飲み屋」に漂う、どこか構えたような空気でした。上司と部下の上下関係。知らない人と目を合わせない暗黙のルール。「飲む」という行為が、どうしても仕事の延長や消費の側面を帯びてしまう。
あのロンドンのパブにあった「自由」を、日本の街にも再現できないか。——その問いが、ブルワリー構想の出発点でした。
▊ 配管一本から、自分の手で醸造所を組み上げた
とはいえ、佐藤には醸造の知識も、飲食店経営の経験もありませんでした。普通なら、誰かに任せるか、諦めるか。でも佐藤が選んだのは、「自分の手で、やりながら覚える」という道でした。
醸造プラントの配管は、本を読みながら自分で組み上げた。店舗の内装も、DIYで仲間と作り上げた。「できない」は、まだやっていないだけ。——この言葉が、カギヤのカルチャーの根っこに、今も残っています。
▊ 10年経って、見えてきた「次の10年」
川崎市内でブルワリーを構えて10年目。武蔵中原のタップルーム、武蔵小杉と自由が丘ののセルフタップシステム。1,200Lの実験ラボと6,000Lの量産プラント。年間100種類以上の自由なレシピ。——気づけば、事業は「ビール屋」の枠を大きく超えて広がっています。
近隣ブルワリーとの協業醸造。OEM受託開発。タップ導入営業。——次の10年は、ビールの先に広がる「社会への実装」が、カギヤの本業になります。
一人では足りません。この想いと事業の両方を理解し、自分の「やりたい」を事業の形に翻訳できる仲間を、いま本気で探しています。
▊ まずは、一杯飲みに来てください
難しく考える必要はありません。カギヤの3店舗、どこでもいいので、ふらっと飲みに来てください。ビール片手に、あなたの「やりたい」を聞かせてもらえたら嬉しいです。
立派な人なんて、一人もいらない。自由を一緒につくってくれる人を、待っています。
鍵屋醸造所 / CAGHIYA BREWERY
川崎市・南武線沿線から、自由の灯をともす。