nodomaruは、創業から7期目を迎えたタイミングで、
創業者から次の世代へとバトンを渡す「事業承継」という選択をしました。
この記事では、
- nodomaruはどのように始まったのか
- なぜ今、事業承継という選択をしたのか
- これから、どんな組織・会社を目指していくのか
この3つのテーマについて、
創業者の向仲(むかいなか)と、現代表の森田に、
インタビュー形式で率直に語ってもらっています。
少し長い記事にはなりますが、
もしどこかにご自身の人生や仕事と重なる部分があれば、
最後まで目を通していただけたら嬉しいです。
目次
1.nodomaruはどのように始まったのか
2.なぜ今、事業承継という選択をしたのか
3.これから、どんな組織・会社を目指していくのか
インタビューに答える二人について
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創業者
向仲駿(むかいなかしゅん)|1990年1月生まれ。大阪府大阪市出身。
nodomaruの創業者。
事業の立ち上げから成長期までを牽引し、現場・顧客・メンバーと向き合い続けてきた。
今回は、nodomaruを始めた背景と、事業を託すという選択について語ってもらった。
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現代表
森田健宏(もりたたけひろ)|1989年7月生まれ。愛知県名古屋市出身。
事業承継を経て、現在nodomaruの代表を務める。
創業フェーズから組織の中核を担い、現場とマネジメントの両面を経験。
今回は、事業承継を引き受けた理由と、これからのnodomaruの展望を語ってもらった。
1.nodomaruはどのように始まったのか
▍理念だけでは、人は守れない。「理想」と「現実」の両方を知ったからこそ辿り着いた、nodomaruという「在り方」。
――まずは創業者の向仲さんに伺います。nodomaruを創業する以前は、どのようなキャリアを歩んでこられたのでしょうか?
向仲)私はもともと安定志向で商社へ入社しました。その後24歳で出会った方に憧れてフルコミッションの世界へ飛び込み、その後、その方と共に「事業で世の中を変える」という高い理念を掲げて起業しました。当時は「お金儲けではなく使命感でやっているから素晴らしい」というある種選民意識のようなものの中で働いていました。しかし、現実は甘くありませんでした。
事業は失敗し、借金、裏切り、人間関係の崩壊……。
28歳にして私は「夢」や「仲間」に対して冷めた感情を持つようになってしまいました。
――非常に苦しい経験をされたのですね。そこから、どのようにして再起し、「nodomaru」という概念が生まれたのでしょうか?
向仲)事業が破綻し、私が一文無しだった時、ある社長が「誕生日だから香港に行こうよ」と誘ってくれ、ホテルも航空券もすべてプレゼントしてくれたんです。その時、本当に肩の力が抜けました。それまでの私はずっと弓を引いているような、力んだ人生でした。でも、彼を見て「完璧じゃなくてもいいのかもしれない。理念、理念と言わずにもっと気楽に生きていいのかもしれない」と思えたんです。
――その気づきが、現在の「nodomaru」のルーツになっているのですね。
向仲)そうです。それまで「生命保険で人生を守る」とか「事業で世界を変える」といった激しい理念の中にいましたが、私自身は本来もっと穏やかな気質だったことに気づきました。
生き急いでいるこの多様性の時代において、ただアイスコーヒー1杯の幸せを感じられる。そんな「のどか」な日常を大切にすることも一つの生き方なのではないか。
ただ、その日常を守るためには、現実として「お金」が必要です。
心穏やかに、無理せず、良い人間関係で、それでいて豊かに生きる。
その想いから、nodomaru(のどまる)は誕生しました。
――そこから現在の事業の柱である「不動産」に行き着いたのは、どのような経緯だったのですか?
向仲)正直なところ、最初は不動産というイメージは全くありませんでした。きっかけは、私の人生におけるもう一人の転機となった、ある不動産会社の経営者さんの存在です。
彼は私がフルコミッションの営業をしていた時代からのお客様でしたが、それまで私が大事にしてきた「理念」や「想い」とはまた違う、圧倒的な現実主義に基づきビジネスで成功されている方でした。
前の事業が終わった私に、彼は笑いながらこう言い放ちました。
「夢を語るのはいい。でも、お金がないと何もできない。その上で理念や思いを語ればいい」と。
――それまでの向仲さんの価値観とは、真逆の考え方ですね。
向仲)180度真逆の価値観でした。でも、彼はこうも言いました。「そんな実力があるなら、不動産やったら絶対売れる。それでダメなら、君の営業力がなかっただけだ」と。
それまで理念に振り切っていた私にとって、それは強烈な「自己否定」でした。しかし、失うものが何もなかった私は、現状を超え、過去の自分を壊すために、彼の価値観を取り入れることにしました。不動産事業を始めたのは、ビジネスモデルとしての選択というより、自分の殻を破るための「再出発」だったんです。
かつては、脇汗をかきながら必死の想いで理念を伝え、ようやく数万円の利益を手にしていました。一方、不動産に触れてみると、自然と売上が立った。営業の実力が増していたこともあるとは思いますが、これは自分の中で衝撃的な感覚でした。
これらの原体験が、今の事業のスタート地点になっています。
▍レールに乗った人生、挫折、そして「80点の人生」への折り合い。その中で森田がジョインを決めた理由。
――続いて森田さんにお伺いします。向仲さんと共に創業するまでは、どのようなキャリアを歩んでいたのですか?
森田)大学卒業後、専門商社に入社しました。配属早々から試練の連続でしたね。人生で最大の挫折もここで味わいました。それまでの人生が、世間からは優等生であるような見られ方をしていたために、自分の中に知らず知らずプレッシャーのようなものがのしかかっていたと思います。自分という人間は「出来る存在であらねばならない」という気持ちと裏腹に、全く社会で通用しないと感じる現実との差が深く開いていき、とうとう人前で話すことができなくなってしまったんですよね。言葉が上擦ったり、視線を受けると顔が真っ赤になってしまったり。
――非常に苦しい時期ですね。そこからどうやって立ち直られたのですか?
森田)ビジネスの現場でお客様が私を鍛えてくれたと思います。担当していた大手カーメーカーグループのお客様は世界基準の視座を持たれており、どれだけ頑張っても「仕事だから当たり前」と一蹴される厳しい環境でした。当たり前の基準が高いからこそ、感謝もされない日々でしたが、そこで必死に食らいつく中で、きめ細やかさや粘り強さといったビジネスの基礎体力を叩き込まれました。
――着実に実力をつけられた頃、ご自身の将来やキャリアについては、どのように思い描いていたのでしょうか?
森田)仕事にもある程度慣れてきた4、5年目には、会社での将来像が固まってきてました。ふと先輩たちを見た時に、キャリアを積んでも同じような部署のローテーション、海外駐在をしていてもどこか楽しそうに見えなかった。ここが、自分の人生に一度「折り合い」をつけた瞬間でしたね。「社会ってこんなもんか」と半ば諦めてしまった。この瞬間に、自分の人生を100点を目指すのではなく、「80点を満点」と設定し、いかに80点に近づけるかというゲームに無意識に切り替えた感覚でした。夜中まで忙殺されるけれど待遇は悪くない、出世コース的な位置にもいる。そこを「まずまずな人生」として、確実に折り合いをつけたんです。
――大企業では同じような感覚で働いている方も多くいらっしゃると思いますが、その後の仕事にはどのようなモチベーションで向き合われていたのですか?
森田)自分の人生に折り合いをつけてはいましたが、目の前の仕事に対しては真摯に向き合い続けていました。そうして迎えた入社6年目、仕事の状況が一変するような出来事がありました。当時、公私ともに仲良くさせていただいていた取引先のキーマンから「海外で初めて引く生産ラインのシッピングをやらないか」と提案を頂いたんです。
本来なら他社が対応するような領域ですが、彼の強い意向で私の名前を出してくれたんです。従来なら2〜3億円規模のビジネスでしたが、このプロジェクトは50〜100億円規模に膨れ上がる可能性がありました。これをやり遂げれば、それまでの歴史をひっくり返せるんじゃないかと、一世一代の大仕事に正直心が躍りました。
――キャリアの絶頂期とも思えますが、どのような経緯でnodomaruに参画したのでしょうか?
森田)まさにそのプロジェクトに胸を躍らせていたタイミングで、同じく創業メンバーとして参画することになる、同期の法華から向仲を紹介されました。同い年でありながら、起業、失敗、借金、再起……。1、2分程度の自己紹介の中に人生が詰まり過ぎていることに驚きました。それが言語化できない向仲さんの強烈な魅力となってましたね。初対面でここまで相手に衝撃を受けたのは初めてでした。
翌週に再度名古屋まで会いに来てくれて、食事をしている時に、突然「一緒にやらないか」とお誘いを受けました。
自分の中で1時間にも2時間にも感じるほどの時間。目の前の人との未知なる人生と、今必死に手がけている一世一代のプロジェクトを、何度も何度も頭の中で天秤にかけました。
正直、回答を保留にすることもできたのですが、目の前で必死に誘ってくれている相手に「ちょっと考えます」は失礼だろうと、保留という回答だけはすぐに切り捨てましたね。そして、気付いたときには向仲さんと握手をしていました。自分の中では1時間くらい悩んだ体感でしたが、向仲さん曰く3分くらいだったそうです(笑)。
――大きなキャリア選択をものの3分で…。なぜnodomaruへのジョインを決断できたのでしょうか?
森田)今振り返ると、80点で折り合いをつけていた人生の中で、本当は「なんとか突き破れないか」ともがいていたんだと思います。今の人生の延長上になんとか活路を見出そうとしていた時に、向仲さんが目の前に現れ、初めて「外に飛び出す」という選択肢を提示してくれた。その時、「何をやるか」「どこでやるか」といった情報は一切気になりませんでした。とにかく今の延長線上の人生を断ち切り、ゼロから始める人生へと変化したい。その一心で、その場で彼の手を握り返しました。
2.なぜ今、事業承継という選択をしたのか
▍なぜ今、創業者はバトンを渡すのか。
――7期目という会社が成長しているタイミングで、なぜ向仲さんは代表を退き、森田さんに継承したのでしょうか?
向仲)大きくは2つの理由があります。一つ目の理由は、組織のフェーズが「0→1」から「1→10、10→100」へと変わったからです。
何もないところから立ち上げるには、私のような突拍子もない発想や、理屈を超えた「熱量やセンス」が必要でした。しかし、ここから組織を拡大し、より多くの価値を届けるには、再現性のある「構造」と「仕組み」が必要です。私のような感覚的な人間がトップに居座り続けることは、会社の成長を妨げることになる。「センス型」の私ではなく、「構造をつくる人」である森田がトップに立つべきだ。そう判断しました。
――ご自身の適性を冷静に見極められたのですね。もう一つの理由についても教えてください。
向仲)こちらの方が、私自身の葛藤と繋がっているかもしれません。6期目が終わるとき、改めて「どうやってnodomaruを豊かにしていくか」を本気で考えた時に、ふとイメージできた未来がありました。
それは──私が社⻑、森⽥と法華がそのまま役員として続ける。そして私たち役員3⼈が、それなりに良い給与を得る体制を、今後3年・5年・10年で作っていくという姿でした。
ただ、それと同時に、こうも思いました。「この早い時代の中で、本当にそれでいいのだろうか?」と。その下の世代はどうなるのか?どれだけ頑張っても「統括部長」止まりで、上が詰まっている状態になってしまう。この座組が果たして健全なのか。それとも、結局は“⾃分の⼿⾜として動かしているだけ”ではないのか。そんな葛藤と⼾惑いが⽣まれました。
――確かに、創業メンバーがポストを占め続ける企業は多いですね。
向仲)そうですね。どこの中⼩企業を⾒ても、幹部は古くからのメンバーで固定されていることが多い。⼀⽅で、中間層は順繰りに⼊れ替わり、末端の社員がいる──そんな“中間の空⽩の10年”がある構造になっているケースがほとんどでした。これは、中⼩企業という存在が、社員⼀⼈ひとりのライフステージの変化を組織として乗り越えられていないという現実でもあると考えています。
でも、「創業者が何十年やってなんぼ」という美学は、今の早い時代においては社員の成長を阻害する要因になりかねない。
これから入ってくる仲間や、今頑張っている社員たちのライフステージの変化を本当に支えきれるのか?
みんなを経済的にもキャリア的にも本当の意味で豊かにするにはどうすればいいのか?
そう考えた時、森⽥・法華だけでなく、nodomaruに関わるすべてのメンバーを、本当の意味で豊かにしていくには、この道しかない─。その確信のもと、事業承継という選択をしました。
3.これから、どんな組織・会社を目指していくのか
▍「勝ち負け」だけで、人の価値が決まらない場所をつくる
――事業承継を経て、森田さんはこれからnodomaruをどんな組織にしていきたいですか?
森田)
資本主義の中でビジネスをやっている以上、成果や数字からは逃げられません。
それ自体を否定するつもりもありませんし、スポーツなど、勝ち負けがあるからこそ生まれる熱量や感動も、僕は好きです。
ただ一方で、仕事も人生も、あらゆる場面が「勝ったか、負けたか」という軸だけで見られるようになりすぎているとも感じています。
成果、年収、役職──そういったものが、そのまま人の価値のように扱われてしまう。
『鬼滅の刃』で、炭治郎が
「強さは弱きものを救うためにある」
と語る場面がありますが、あの言葉はすごく日本的で、僕は好きなんです。
誰かを踏み越える強さではなく、誰かを支えるための強さ。
nodomaruでは、そういう優しさを兼ね備えた強さを肯定できる組織でありたいと思っています。
▍世界を変えたいわけじゃない。目の前の「縁ある人」に向き合い続けたい
――その価値観を、どのように事業や組織運営に落とし込んでいくのでしょうか?
森田)
「社会を変えたい」とか、「大きな理想を掲げたい」という感覚は、
正直あまりありません。
それよりも、今ここで一緒に働いている人や、お客様、関わってくれている取引先と、どう向き合うかの方がずっと大事だと思っています。
自分の強みが何なのかに気づき、
それを誰かの役に立つ形で使い切る。
nodomaruで大切にしたいのは、それだけです。
誰かを打ち負かすために頑張るのではなく、
誰かにとって必要な存在であるために力をつける。
そうやって積み重ねてきた結果として、
ちゃんとお金も、事業も、組織も豊かになっていく。
その順番を、間違えたくないと思っています。
▍「部下以上に、部下の可能性を信じ続ける」という覚悟
――組織を率いる立場として、特に大切にしていることは何でしょうか?
森田)
僕自身、社会に出てから一度、大きくつまずきました。
思うように話せなくなり、自信を失い、「自分はこのくらいの人生なんだ」と、どこかで線を引いてしまった時期があります。
だからこそ、経営をする立場になった今、
人の可能性にフタをする側には、絶対になりたくない。
正直、
「もっと厳しくした方がいいのか」
「甘すぎるんじゃないか」
と迷うことは、これまでのマネジメントで何度もありました。
それでも、変えなかった軸があります。
それが、「部下以上に、部下の可能性を信じ続けること」です。
人が本気で踏み出す瞬間って、
「管理された時」よりも
「信じてもらえた時」だと思うんです。
▍未完成なままでいい。でも、成長を止めない人とやりたい
――最後に、第2創業期のnodomaruでは、どんな仲間と出会いたいですか?
森田)
過去に挫折があったかどうか、
順風満帆なキャリアかどうか、
そこはあまり気にしていません。
ただ一つ大事なのは、
「まだ成長したい」「もっと良くなりたい」と思えているかどうか。
nodomaruは、決して楽な会社ではありません。
泥臭いことも多いし、簡単に成果が出るわけでもない。
それでも、自分の強みと向き合いながら、誰かの役に立つために力をつけたい。
そんな人と、一緒にやっていきたいですね。
未完成でもいい。
でも、成長を止めない。
それが、これからのnodomaruが大切にしたいスタンスです。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
nodomaruは、事業や組織のあり方について、
考え続けることを大切にしている会社です。
まだ正解が決まっているわけでも、完成しているわけでもありません。
それでも、自分の役割と向き合い、
目の前の仕事に本気で取り組みながら、
一緒に考え、前に進んでいける仲間と出会えたら嬉しいと思っています。
少しでもnodomaruに興味を持っていただいた方は、
カジュアル面談からお話ししましょう。
お問い合わせお待ちしております。