うちの料理の考え方を、いちばん端的に書いた回です。看板に掲げている宣言の、理由の話。
未経験の方にも読んでほしいので、専門的なところは飛ばし読みで大丈夫です。
「料理に味噌と醤油は使いません!」
僕が独立して作った最初の店、門前仲町 酒とビストロ カラス
WEB上の情報や、店前の看板で書いている宣言。その理由の話。
僕はずっと飲食業界にいるが、料理人出身ではない。
20歳になるかならないかの頃、お酒の勉強なら楽しんでやれそうだと思ってバーテンダーを志した。当時『バーテンダー』って漫画が流行ってて、その漫画の中で紹介される「バー」の世界観に憧れていた。
そこから20代半ばくらいまで、自認はずっとバーテンダー。
日本酒は好きだったし、これまた漫画の『もやしもん』が好きだったもんで
発酵・醸造の菌の世界に魅力を感じていたのも間違いない。
けどウイスキーやワイン、カクテルと違って
日本酒を「自分があつかう商品」として見たこともなかったから、日本酒の店を始めると昔から知ってる人に話したときは、ほとんど全員「は??」みたいな顔をされました。こんなに料理を作ることになるとは、自分でも思ってなかったし。
料理人出身じゃないということは、自分の専門料理がないということです。だから最初に決めたのは「何を作るか」ではなく「何を使わないか」だった。日本酒の店がなんとなく和食になっていくのを避けたくて、先に「味噌・醤油は使わない」と決めた。そこから馴染んだのがイタリアン。個人的に好きだったのもあるけど、トマト、チーズ、アンチョビと、うま味のアプローチがいろいろあってシンプルに考えやすい。気づいたら自分の料理として馴染んでいました。
醤油と味噌を封じると、魚のうま味をどう立たせるかを工程で考えることになる。血抜き熟成、脱水。生なら塩の振り方と、酸味とオイルをどう効かせるか。火を入れるなら、アンチョビやトマトの「外のうま味」と素材自体の「中のうま味」のバランス。そこにハーブやスパイスで、立体的な美味しさを構成していく。調味料に頼れないぶん、ひとつひとつの工程が味付けになります。
たとえばカルパッチョの盛合わせ。同じ魚種でも、熟成度合いで切り方を変えることはままある。まだ身が活きているときは歯ごたえが勝ちすぎないよう薄く、熟して味が乗ってきたらしっかり咀嚼してほしいから厚めに。今の時期のイサキは皮目を炙ってるから、どう切ったら皮のバランスがいいか、とか。和食や鮨の板前さんはすごいなあ、と思いながら切っています。
お酒との合わせ方も、実は同じ考え方です。日本酒と料理を合わせるときに重要なのは、うま味と酸味のバランス。和食は世界でも珍しい、あまり油を使わない料理で、食事中の飲み物に酸味をそこまで必要としてこなかった。対比として分かりやすいのが、バターやオリーブオイルを多用する食文化とワインの組み合わせ。
近年は日本人の食生活も油脂分を多用するようになって、それに数十年遅れる形ではあったけど、酸味が特徴的な日本酒が増えてきた。要するに、イタリアンに合わせられる日本酒が増えている。
更にワインにない世界観…温度を上げるという概念、熱燗の存在。
原理原則で温度は高い方が香り・味共に感じやすい。
また油脂分は融点が低くてものと合わせると凝固に近づくが、温かいものと合わせれば口の中で広がりやすい。
ワインにはできない、ペアリングの一歩先が表現できる
だからうちでは、レシピを覚えるより先に「どうしたらおいしくなるか」を考えることになる。僕自身、それを考えるのが本当に楽しい。素材が間違ってなければ、ほとんどどうやって食べても80〜90点ぐらいおいしい。僕らの仕事は、90〜120点を目指すとこにロマンがあるよね。
新人の子がぜんぜん上手におろせなかったアジを、社員がなめろう風の前菜にして盛合わせに入れてたことがあって、いいなと思った。
なめろうだけど味噌は使わないので、アンチョビやドライトマト、ケイパーなどを加えて作る。いいかんじ。
最近はありがたいことに、スタッフがガンガン料理を考えてくれます。たまに僕がお通しや前菜を考えると、楽しくてしゃーない。
醤油と味噌を使わないと決めたのは、料理を狭めるためじゃなくて、考えはじめる場所をはっきりさせるためだったんだと、今は思う。引き算から始めると、考えることはむしろ増える。それを楽しいと思える人には、たぶん向いてる店です。
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