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叩くべきは木魚ではなくエンターキー。お寺生まれのCTOが出家と家出の狭間で、ついに見つけた自分がやるべきこと。

1. 昔、何していたの?

実家がお寺で父親がお坊さんという一般的な家庭で育ったため、普通に生きていきたいと思っている将来の夢はサラリーマンという少年でした。タイトルに木魚とありますが、実家は浄土真宗なので木魚は叩きません。正式にはリンと呼ばれる、金属製のかねを叩きます。じつはこのかねの音は、音階の"レ"に調音されていて、お経を唱えだすときの音程調整に使われます。浄土真宗トリビアでした。本堂からは以上です。

お寺の後継ぎを人に相談すると、周りの大人は口をそろえて、後を継いだ方が良いよと言いました。そのころは子供だったのでみんなが言うことを真に受けてしまい、みんなが勧めるくらい人気なら他の誰かがなるだろうと思い、安心してお寺を継がずに他の道に進むことにしました。お寺を継がないと決めたので、中学卒業と同時に実家であるお寺を出ました。最終的には親も快く、高校の学費と生活費を一切出さないという条件で送り出してくれました。これが本当の出家だと思っています。

こうしてお寺から出家した自分ですが、もう一度お寺に関わることになります。

二十歳になった次の年、大学を休学して京都へ渡ります。せっかく無事に大人になれたので、一度生まれた家業のことをしっかり勉強して理解した上で今後の人生を決めていきたい、と考えたことが動機でした。1年間、西本願寺の施設である中央仏教学院に所属して、住職になるための修練を行いました。そこでの経験は人生に少なからず影響を与えることになります。

お寺業界の課題として、葬式仏教とどう向き合うかというものがあります。

葬式仏教とは、葬式と法事が檀家との唯一の接点となってしまった、現代の仏教界を批判して使われる言葉です。 本来の仏教は、葬礼を重視するような教えはありませんでした。歴史的な経緯から、現代の日本においては、”葬儀のために寺があり僧侶がいる” といった状態になってしまっていて、多くの人にそう認識されているという課題があります。

もともとお寺はローカルコミュニティの寄り合い所でした。幸いにも、僕が生まれ育った田舎のお寺は、まだローカルコミュニティのハブとして機能していました。近所の人が時間潰しに話に来て、一緒にお茶を飲む。みんなでご飯を食べる。月に数回はご近所さんが集まってみんなでご飯を作ってみんなで食べて話をする。

西本願寺の門を叩き、僧職としての1歩を踏み出す人は、苦悩する人を救いたいと思っています。自分もその一人でした。ただ、自分なりに考えて出した結論は、現代では宗教よりも適切な手段があるのではないか?というものでした。

仏教は、2400年前から数え切れないくらいのパッチがコミットされてきた巨大なリポジトリのようなものです。そこにはプルリクエストみたいな便利な仕組みは無いし、一つの修正での影響範囲は容易に想像できないくらい大きい。思いきって一言で言うと、レガシーなフレームワークなんです。木魚はみんな叩くけど、外部からAPIは叩けない。用意されていないしそもそも外に開いていないんです。

宗教が社会に与える影響が大きなことは間違いないですが、自分は違った切り口と手法で社会にコミットする道を選びました。新しいフレームワークであるインターネットを使って。

西本願寺で学んだ仏教の本質の一つは、人は必ず死ぬということです。死は、ありとあらゆる全ての人に平等に与えられて、避けることは絶対にできません。"抗えない運命を受け入れて一生に如何に納得感を出すか、人生を納得できる形で締めくくれるか"という問いに宗教は応え続けてきました。それが葬式仏教と批判される現代ではあまりにも無力。世の中の情報の洪水で埋もれさせてはいけないもの。時代の変化で失われた、もしくは失われつつあるもの。その中で、ぜったいにあったほうが良いもの。このころからローカルコミュニティとインターネットの可能性について考えるようになりました。

その後大学に戻り、これまでの反省を活かして勉学に取り組んだ結果、順調に単位を取得し8年で卒業した後、お寺には戻らないことを決めて実家と連絡を絶ちました。

卒業後、これまでの経験を活かすために大手企業のエンジニア職へ。お寺では死について学んでいたのでプログラミングはC言語から始めました。希望の部署は新卒配属を募集していなかったのでこれはライバルがいないチャンスだと思い応募したところ、仏教の専門知識を評価されて配属されました。新人にはメンター制度があり、先輩がメンターとしてつくのですが、3年目にメンターが退職して起業します。その影響もあり、4年目に自分も退職を希望するのですが、当時の上司からあと1年やってみろと言われ1度断念します。1年後(配属から数えて5年目)、上司との約束を果たした形で無事に退職することができ、今にいたります。ちなみにその上司は、私の退職から半年後に退職して起業しました。あんたもやめるんかい。

2. 独自のオモシロ体験談といえば?

京都では年に1度、宗派対抗野球大会があります。真宗リーグの頂点を目指すために、浄土真宗の各宗派と交流のある宗旨の僧たちが白球を追いかけます。

宗派・宗旨をざっくり分けると、

・ストイックで規律により自分を高める派
・規律をゆるめ民衆にリーチした派(わたしはこっち)

があります。必然的に民衆にリーチしている方は門徒の母数が圧倒的に多いので野球経験者(ときには甲子園経験者)がいる確率が高くなります。野球は時として残酷な競技で、ピッチャーが経験者だと素人はまず打てません。我々の規律の弱い宗派は、ストイックな宗派と圧倒的な点差をつけてしまいます。ストイック宗派は五厘刈りなので見た目は甲子園球児ですが、中身は早朝修行で寝不足な上に肉魚をしばらく食べていない野球未経験者です。時代に受け入れられず母数が減っているのか人数はギリギリ。我々は50人程度で応援団には女性もいます。

想像してください、肉魚食べ放題の茶髪大学生が投げるボールに、手も足も出ず三振するしかないサムエ姿の五厘刈りを。さらに黄色い声援が追い打ちをかけます。いかに民衆に受け入れられるかが重要だということを実感したできごとでした。

葬式仏教とは言われますが、当時は貴族のものだけだった仏教を民衆のものにした法然上人・親鸞聖人の功績は大きく、現代にも強い影響を残しています。

3. なぜ、KitchHikeに携わっているのか?

2012年、のちにKitchHikeの共同創業者となる山本雅也と出会います。雅也と出会ってしばらくして、KitchHikeというアイデアが生まれました。当時のエピソードとして、いまでも覚えているものがあります。 雅也が「サービス名だけど、ヒッチハイカーをもじって、キッチンハイカーという案がある。ただ、キッチンハイカーという名前はキッチンハイターを連想させるから、キッチハイクにしようと思う。」 それがKitchHikeの始まりでした。

周りの人に話しましたが、当時は突飛なアイデアだったのか、みんなピンときてないようでした。そして2017年、なんとか会社は5期目に入り、初めて社員になってもらう人にも出会います。

食を通じて人が出会う仕組みを作る。そして食卓での交流を再価値化する。インターネットを使って。それは良き時代のお寺の役割を別の形で復活させるようなプロジェクトにも思えました。ついに自分にしかできないことを見つけることができました。

4. KitchHikeで何をやっているのか

仏教の専門知識を活かしてプロダクトの開発に取り組んでいます。際限無く出てくる機能追加要望は衆生が煩悩に苦しむ姿そのものであり、一切皆苦から悪人正機へ至った親鸞聖人をはじめとする師主知識にご恩徳を頂戴いただきながらコーディングしています。

KitchHike創業当時のコンセプトで今も大切にしているものがあります。

食を通じて人が出会う"仕組み"を作り、出会った人たちが食卓を囲んで仲良くなる

というものです。

もともとお寺や宗教施設は飯を食って話をしに行く空間、ローカルなコミュニティで集まる空間でした。いまや葬式関連でしか行く機会がないことは、仏教全体の課題です。良き時代のお寺のような空間とコミュニティを、現代のリアルな世界に作ること。それをインターネットを利用して実現する。お寺で生まれ、インターネットの力を信じている自分にしかできないことだと直感的に感じました。

これまでずっとネガティブにとらえてたことが、ポジティブにとらえられるようになりました。これから自分の人生が始まるんだ、という気持ちです。お寺という"場所"に生まれたことに囚われていた自分が、いまの"時代"に生まれた意味を考えるようになれました。そして、運命に抗い続けることを決めました。

生まれた場所に囚われず時代に生きる。そして、そこで見つけた自分にしかできないことをこれからもやり続けていきます。

5. これから、やっていきたいことは?

20年後に、「あの世代はわかっていなかった」と言われないために今やるべきことは何だろう、と考えています。時代は、かつてこの世界に生きた人たちが経験しなかった未知の領域に入っていきます。ある歴史の、特別な曲がり角に入ったところと表現できるかもしれません。曲がり角の出口が近いのか、遠いのかはまだ誰にもわからないくらい、時代は深くなっています。

僕はインターネットの力を信じています。ただ、いまは決してポジティブな方向に進んでいるとは必ずしも言えないと思っています。局所解、それもあまり良くないものに陥っているように思ます。 インターネットの未来を非線形最適化問題と考えるならば、局所解収束しているように思えます。単純な近傍探索だけでは局所解は抜けられません。抜けるためのポイントの一つは一定の後戻りを許すこと。技術革新によってインターネットが身近になった我々の世代は局所解収束の脱出を試みなければならないのではないかと考えています。

引用: http://www.slideshare.net/afar1111/metaheuristics-techniques-3

インターネット黎明期では単純な山登り法で一定の解にたどり着けそうでした。これからは、今の局所解からどう抜け出すか、そしてどの解を目指すかが重要となってくると思っています。

局所解からの脱出のヒントは、まず間違いなく人との出会いや交流、そして食にあると思います。それが凝縮されている食卓というものの価値をより上げていくこと。それがどうしようもなく、やりたいことになりました。自分の運命に抗ってでも。

To Be Continued

自分自身がやりたいことはお寺の本堂にはありませんでした。

時にはまっすぐに目の前のものに取り組むことや、回り道に見えてもまったく違う世界に飛び込んでみることも長期的な視点では大切だと思います。それはブリコラージュの断片となり得るからです。

自分は大学を休学して京都に行きました。その後、大学院に行って、結局大学を卒業するまで8年間かかりました。会社を立ち上げた後も初めての社員に入ってもらうまで4年かかりましたが、いま思ってもどこにも近道はなかったように思えます。

外的動機や論理的な意思決定よりも、内的動機による意思決定の方がずっと強いです。では内的動機をどうやって見つけるのか?内的動機が見つからないと、自分を変えるために自分を律することができません。まずは他人と比べるのをやめました。そうすることで自分と向き合う時間が増えていきました。もう外的動機に振り回されることはないです。今こそ、何かを証明したい欲求と自分なりのやり方で、世の中を変えるチャンスです。

当時は誰に話してもピンとこなかったり無視されたりしたKitchHikeが、2017年2月、毎月500人以上がご飯を食べに行くサービスになりました。そして今後も成長していきます。

KitchHike: kitchhike.com

株式会社キッチハイクでは一緒に働く仲間を募集しています
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