ウェブ開発での6年間の積み上げが、フィジカルAI国家プロジェクトへーーAI時代に求められる本当のエンジニアの姿とは
「フィジカルAI」という言葉が、にわかに注目を集めている。AIを組み込んだロボット開発に挑む企業は増えつつあるが、本当の意味で最前線に立てているところはまだ少ない。
OpenReachTech(以下、ORT)はソフトウェア開発を強みとするスタートアップだ。Webシステムの開発からフィジカルAIまで、難しい問題に正面から向き合ってきた創業6年のチームが今、国家プロジェクトの一角を担っている。共同創業者(CTO)の江口さんに、ORTの仕事の中身を聞いた。
目次
成長戦略17分野に認定された「造船」。その最前線に立つソフトウェア集団
GPUとロボット実機が揃う環境でフィジカルAI開発に挑む
▶︎ ウェブ開発で培った地力が、新しい分野でそのまま活きる
▶︎ GPU、実機ロボット、場所──個人では揃えられない環境が全部ある
ウェブ開発の積み上げが、国家プロジェクトに繋がるまで
「コードが書ける」では足りない。AI時代にエンジニアに求められる本当のスキルとは?
自分で課題を見つけ、動ける人ほど活躍できる環境
成長戦略17分野に認定された「造船」。その最前線に立つソフトウェア集団
造船は日本が誇る基幹産業のひとつだ。しかし現場には、今なお機械化が難しい工程が残っている。高市総理が掲げた成長戦略17分野にこの課題が選ばれ、補正予算が投じられた。造船の機械化を進めるために、フィジカルAIの開発が行われている。そのプロジェクトのソフトウェア担当として採択されたのが、ORTである。
─ 現在取り組んでいる案件について教えてください。
政府が造船業の人手不足解消を国家課題として位置づけ、ロボット(フィジカルAI)導入のための国家プロジェクトを立ち上げたんですね。我々はそのプロジェクトで、ソフトウェアを担う開発チームとして選ばれました。
具体的には、ロボットの「脳みそ」を作っています。従来のロボットは人が動きをプログラムしていましたが、フィジカルAIではAIが推論を回すことで「この環境ではこう動けばいい」というのを自分で学んでくれます。NVIDIAのIsaac Simという仮想環境でシミュレーションを重ねて、そのポリシーを鍛えていくのがメインの仕事です。
─ 造船の現場というのは、具体的にどんな状況なのでしょうか?
実際に現場を見学させてもらったんですよ。船を作るとき、いちど裏返して底を上向きにした状態で作業するんです。底が二重構造になっていて。外側が壊れても浸水しないよう、二重に設けられています。
その二重底の内側って、すごく狭い空間なんですよ。そこで溶接作業をするのが、非常に過酷で。それをロボットにやらせようというのが今回のテーマです。実際に見てみないとわからないことがあって、どれだけ厳しい環境でロボットを動かさないといけないかが肌でわかりました。すごく新鮮でしたね。
─ なぜORTが、そのプロジェクトに採択されたのでしょうか?
それまでに積み上げてきたソフトウェア開発の経験があったからこそだと思っています。
Isaac Simを使った4足歩行ロボットのシミュレーション環境の構築は、国プロの話が来る前から自分たちで取り組んでいましたし、受託でも、海外クライアントの大規模なブロックチェーン開発や、Salesforceのリプレイスを想定した独自CRMの構築など、難易度の高い案件を継続して任せてもらってきた。バックエンドとフロントエンドの自社フレームワークも持っていますし、独自のnpmモジュールも50本以上積み上げてきている。「ソフトはうちがやれます」と言えるだけの実績と地力が、ちゃんとあったからだと思っています。
GPUとロボット実機が揃う環境でフィジカルAI開発に挑む
フィジカルAIへの参入企業は急速に増えている。しかし、実際にフィジカルAIの開発にどれだけ深く関わっているかには、大きな差がある。技術的な側面と環境の両方から、ORTが持つ強みを聞いた。
▶︎ ウェブ開発で培った地力が、新しい分野でそのまま活きる
─ フィジカルAIに取り組む企業は増えていますが、ORTは何が違うのでしょうか?
まず一点目は、ソフトウェア開発のバックグラウンドがしっかりしているということです。もともとウェブ系の開発をずっとやってきているので、開発フローやチーム開発の体制がすでに整っている。フィジカルAIという新しい領域でも、コードの品質管理やチームでの進め方といった基盤の部分は変わりませんから、そこをゼロから作る必要がないんです。他の参入企業とはそこが結構違うかなと思っています。
─ 海外の情報収集も積極的にされているそうですね。
先月、中国の杭州でロボティクスの展示会があったので実際に行ってきました。日本はアメリカや中国と比べて、この分野への投資規模がまだ全然違う。なので遅れているなという感覚はあって、実際に現地に行って見てみないとわからないことも多いんです。アメリカや中国のエンジニアと直接ディスカッションできるコネクションもあるので、そういったところから最先端の情報を取ってきています。
▶︎ GPU、実機ロボット、場所──個人では揃えられない環境が全部ある
─ フィジカルAIに関わりたくても、環境が揃えられずに困っている人は多いと思います。その点、ORTはどうなのでしょうか?
シミュレーションをするにはNVIDIAの高性能GPUがないとできないんですが、GPU付きのサーバーってめちゃくちゃ高いんですよ。クラウドで用意しようとしても、費用がかなりかかる。ORTにはそういうGPU付きのサーバーがありますので、そこをすぐ使ってもらえます。
もう一点がハードの部分ですね。シミュレーションで確かめたことを実機で動かしてみないと、Sim-to-Realのギャップは埋まらない。ハードウェアの会社さんと連携しているので、実際のロボットを使った動作確認にもスムーズに入れます。シミュレーションから実機検証まで、一貫してできる環境があるんです。
─ それは個人ではなかなか揃えられないですよね。
ソフトウェアエンジニアからすると、ハードウェアって本当にお金がかかるなと思っています。ロボット本体だけでなく、動かす場所も要るし、安全に動作させるための吊り具のようなものも必要になってくる。フィジカルAIは「パソコンさえあればできる」ものではないので、参入障壁は高い分野です。でもその環境が全部揃っているというのが、ORTの強みのひとつだと思っています。
ウェブ開発の積み上げが、国家プロジェクトに繋がるまで
国家プロジェクトを担うまでに至ったのはなぜか。江口さんの歩みを辿ると、ORTの今が見えてくる。創業は6年前。大学院に入ったタイミングで山本さんと会社を立ち上げるところから、この話は始まる。東大経済学部出身のエンジニアが、なぜフィジカルAIの最前線に立っているのか。
─ 起業の経緯を教えてください。
もともとのきっかけは、学生のときのインターン先でオフショア開発を使っていた経験です。オフショアって、コードの品質が悪くて結構悩まされるんですよ。それで「品質の高い開発ができる仕組みを自分たちで作れないか」という話になりまして、起業しました。
自社でWebフレームワークを作ってしまうとか、ベトナムで採用して教育していくとか、いろいろ試みました。ベトナムには子会社のOpenReachTech Hanoiがありまして、代表の山本が現在そちらに住んで、チームづくりをやってくれています。
ベトナムの子会社OpenReachTech Hanoiのメンバー!
─ 現在のORTは、どんな規模になっていますか?
グループ全体でエンジニアが7割近くを占めていて、ベトナム側だけでも開発メンバーが20名います。社内向けのAI業務システム「Chiho」も自分たちで作っていて、プロジェクト管理からAIエージェントの管理まで全部入っています。受託案件で積み上げてきたものを自社のプロダクトに転用する、という流れができてきていて、最近はそのChihoや独自CRMを外販するところまで来ています。始まりはオフショアの品質問題でしたけど、そこから積み上げてきたものが今は複数の柱になってきています。
社内向けのAI業務システム「Chiho」
─ 江口さん自身は、どのようにして技術を身につけてきたのですか?
もともと大学は経済学部なんですよ。最初からバリバリのエンジニアだったわけではなくて。ただ当時、ブロックチェーンが面白そうだなと思って1年間休学して独学していました。1年ガッと集中してやっていると、その分野ではそこそこ詳しくなれます。今はAIもあるので、もっと速くキャッチアップできると思っています。
ブロックチェーンを皮切りに、AI、ロボティクス、量子コンピュータ周りのPQCと、面白いと思ったフィールドには感度よく飛び込んで、ガッと深くまで潜ってみるということをずっとやってきた感じです。
─ ウェブ開発から、なぜフィジカルAIに辿り着いたのですか?
最初はオフショア開発の品質改善から始まって、その後はLLMを使ったtoB向けシステム、CRMの自社開発パッケージ、ブロックチェーン開発と、難しめのソフトウェア開発を幅広くやってきました。
米スタートアップからの受託では半年で数千万円規模のシステム開発を行い継続して発注してもらえていたり、Salesforceのリプレイスを想定した独自CRMを一から構築したりと、複雑度の高い案件を任せてもらえるようになってきました。「このスピードと品質で開発できるところはない」と言ってもらえることも出てきて、それなりに実績が積み上がってきたな、という感覚はあります。
ずっとソフトウェアだけで完結する仕事をやってきたんですが、最近のハードの進歩を見ていて、「ソフトだけでは限界が来るな」という感覚があって。そのタイミングでフィジカルAIがめちゃくちゃ面白いなと思い始めたんです。
日本って産業用ロボットや部品の分野では世界トップクラスの競争力があるんですが、ソフトウェアはNVIDIAをはじめとするアメリカ勢が牛耳っています。せっかく日本にすごいハードの体制があるのに、使うソフトはアメリカのものになってしまんですね。それがもったいないなとずっと感じていて。そこで我々が培ってきたソフトウェアの開発力を使って、日本の市場に合うようにローカライズしたサービスを提供できれば、そこにチャンスがあるのではないかと思っているんです。
「コードが書ける」では足りない。AI時代にエンジニアに求められる本当のスキルとは?
AIがコードを書く時代に、エンジニアの価値はどこに向かうのか。江口さんはこの問いに対して、明確な考えを持っていた。そしてその力をORTで実際に身につけられる理由を、具体的に語ってくれた。
─ AI時代にエンジニアとして価値を出すために、何が重要だとお考えですか?
コードを書くことの価値は、やっぱり下がってきているなと感じています。だからこそ重要になるのが、上流工程の設計や要件定義、そして現場の実務に触れた経験から培われる判断力だと思っています。
お客さんから「こういうものを作りたい」という要望をヒアリングして、それをシステムの設計に落とし込む。このプロセスはまだAIに簡単に代替されるものではありません。ただそれをやるためには、「システムの勘どころ」を自分の中に持っていないといけない。AIに指示してコードを書かせるだけでなく、実際に手を動かして作ってみることが今でも重要なのはそのためです。
─ AIとは、どのように関わっていけばいいのでしょうか?
AIが出してきたものをそのまま使っていると、それが正しいかどうかを判断できなくなります。セキュリティ的に危ない実装だったり、設計として筋が悪かったりしても気づけない。AIとやりとりして出てきたものをちゃんと評価できる目を、自分の中に作っておかないといけないと思っています。
最近Forward Deployed Engineer(FDE)という言葉が出てきているんですが、客先に行って実際の課題を見つけて、それをシステムで解決する一連の流れを一人でできる人は、めちゃくちゃ重宝されるんですよ。コミュニケーション能力やプロジェクト管理といったソフトスキルも含めて、エンジニアに求められる範囲が広がっています。昔はコードが書けるだけで偉いみたいな風潮があったんですけど、今はそれだけでは物足りないと思われてしまうことが増えてきていますね。
─ そのようなスキルは、ORTに入ることで実際に身につけられるのでしょうか?
システム開発の案件では、お客さんの要望を聞いてシステムに落とし込む仕事を普通にやっています。そこでのやりとりが積み重なっていく。フィジカルAIの国プロのほうでも、複数の関係者がいるので、ハードウェアの会社さんや関係各所とのコミュニケーションが日常的に発生します。要件定義や現場との調整を、実際の案件の中でOJT的に経験していける環境です。
それから、リモートベースで働いているというのも実は大きくて。対面と違って、自分の作業状況や意図をテキストで正確に伝えないといけないんですね。それが日常的な訓練になっています。「何を、なぜ、どう進めているか」を言語化する習慣が自然と身につくので、それがそのまま要件定義や上流設計の力にも繋がっていく感じがしますね。
自分で課題を見つけ、動ける人ほど活躍できる環境
ここまで技術、環境、江口さん自身の考え方を見てきた。最後に、ORTがどんな人と一緒に働きたいと考えているかを聞いた。江口さんの言葉は、率直だった。
─ どんな方と一緒に働きたいですか?
自走できる人ですね。ORTはまだまだ小さな会社なので、ある程度自分で課題を見つけて解決していける人が欲しいなと思っています。環境は整えてきているつもりなので、あとはその中で自由に、主体的に動いてもらいたいです。
「これは問題だよね」とプロジェクトの中で課題を発見して、いち早く修正していくとか、後から入ってくるエンジニアのためにドキュメントをちゃんと残しておくとか。そういうことを言われずともやってくれる人だと、めちゃくちゃ一緒に働きたいなと思います。
新しいことへの挑戦マインドがある人も大歓迎です。フィジカルAI部門の立ち上げや資金調達など、会社としても今まさに変わろうとしているフェーズで。この変換期に一緒に入って、動いてくれる人がいるとすごくありがたいです。
─ 逆に、ORTに向かない方はどんな人でしょうか?
大企業みたいにしっかりした研修があるとか、そういうのを期待している方には正直向かないと思っています。自分で自走できる人でないと厳しい部分もあります。でも「自分で動ける」という自信がある方にとっては、これだけ自由度が高い環境は逆に面白いんじゃないかと思っています。
難しい問題に正面から向き合い、ソフトウェアの力で物理世界を変えていく。そのような挑戦をしていきたい方と一緒に働いていきたいです。