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起業後9年間の生々しいストーリーとインバウンド事業への挑戦

はじめまして!ブルード代表の田中です。*この記事は2019年に書いた内容を22年にアップデートしています

今回は起業してからの9年間どのように試行錯誤してコロナ禍での2倍成長や流通売上高数十億円を達成できたのか、そしてインバウンドの新規事業について話していこうと思います。

2012年10月に起業する前は、株式会社リジョブ(株式会社じげんにM&A)で本社営業リーダーと新規事業部の企画統括を兼務していました。新規事業は、農業、ホテル、仮想通貨、マッチングサービスなど沢山のサービスの立ち上げ経験をさせて頂きました。

起業をした理由

そもそも起業した理由は、高校卒業まで12年間目指していたプロ野球選手を卒業と同時に諦めたことがきっかけです。その時に夢を無くした喪失感から、次は死ぬまで続く夢を見つけようと思い、多くの職業を調べる中でビビっときた職業が経営者でした。人生をかけられるほど長く続けられること、社会を変えられる可能性に惹かれたことが理由です。19歳の時でした。そこからリジョブ入社までアメリカ留学をしていました。留学中は、ハワイにある上場企業創業者の家に住み込みでインターンをさせて頂いた経験がベンチャー企業に入社するきっかけとなりました。

リジョブでは入社条件がフルコミッション営業で生計を立てられるようになることでした。代々木にあるアパートと電話線を手配頂き、そこで約半年間フルコミ営業をして稼げるようになったため晴れて入社させて頂きました。

創業から9年間の歩み

リジョブ卒業後は、北新宿の小さなアパートの一室で1人創業しました。ミッションもビジョンもなく、ノープランでの起業でした。27歳の時です。

起業して1つ目の事業として選んだビジネスは、スマートフォン(SP)に最適化したホームページ(HP)の販売でした(今でいうwix)。当時は2012年、パソコン用のHPをSPに最適化できていない美容室や飲食店が大半でした。

リジョブの営業で美容室などの店舗営業になれていたため、CMSの開発さえ上手くいけば儲かると考えスタート。1つ目の事業は「儲かる軸」で始めたというのが正直なところです。

新大久保や新宿の店舗に飛び込み営業を開始したところ、SPでの集客対策として反応は非常によくポンポン契約が決まっていきました。契約条件をHP納品後の支払いにしてしまったため収入がなく、大久保の外国人店舗で食べログページを制作することでラーメン代を稼ぐ日々です。初めての契約は新大久保のケバブ屋さんで今でも近くに行けば立ち寄っています。

営業は順調にいっており、契約数も30件を越えてきたきたころ、CMSの開発に失敗。200万円を使いあっけなく一つ目の事業が失敗となりました。

この時の学びは、「儲かるで始めた事業は、簡単に諦めてしまう」ということでした。どんな事業を始めても、上手くいかない時期は必ずあり、倒産ギリギリに追い込まれます。思考は停止し、恐怖に襲われる日々です。それでも諦めずに続けられる事業、それは自分の原体験に基づく思入れ深い事業だと気づかされました。

2つ目の事業内容を選ぶ軸は「原体験に基づく思入れ軸」でした。

自分の人生感を変えた経験を振り返ると、野球、アメリカ留学、ベンチャー就労経験だと分かりました。小学1年から高校卒業まで野球漬けの日々をすごしていたおかげで、信頼関係構築の重要性や全国で勝つための練習に対する強度を学びました。

アメリカ留学ではサンフランシスコに約4年滞在し、人種や宗教、LGBTなど日本との違いに驚きましたが、違いを受け入れ共存することの素晴らしさを学びました。硬かった自分の考えが無数の違いとぶつかっては当たり前が崩れていく過程で、少しずつ考え方が柔らかくなり固定観念がなくなっていきました。また日本の豊かさに気付き、生まれた時点で平等ではない世界の現実を目の当たりにしました。

リジョブでの経験も衝撃的でした。当時正社員は13名のみ、役員は朝から夜中まで働き、何度もオフィスで寝ていました。そこでは事業を成功させるためなら何でもやるという起業家精神を学びました。リジョブはその後じげん社へ約20億で売却されました。

2つ目の事業は、3つの中から自分の人生観を大きく変えてくれた留学事業に決めました。しかし、日本の人口減少による留学市場縮小は不可避で衰退産業です。留学事業単体で上場をしている企業もありません。社外取締役(当時)からの市場選択が悪いという反対意見を押し切ってまで事業化しようと決めた理由は、思入れが強い分成功確率が高いと思えたこと、日本だけでなく世界でトップになればそれなりのマーケットがあると考えていたからです。

早速私はアメリカへ飛び、全米を回って語学学校や大学と提携します。ニューヨーク→ボストン→シカゴ→サンフランシスコ→ロサンゼルスなど現地の教育機関にアポをとりつけ提携交渉していく中で見えてきたビジネスモデルが留学のオンラインブッキングでした。スペインのエージェントがオンラインブッキングで留学費用を5%OFFにするサービスを運営していることを知りました。調べてみると日本にはまだなかったため、イケるかもしれないと思ったのです。

私も大手留学エージェントを利用し、30万円もの手数料を支払ったため、可能性を感じました。早速サービスのモックアップ開発を開始しました。初めてのエンジニアはUCLA卒で香港人の親友ドミニック、サンフランシスコのスタバでたまたま横に座っていた日本人留学生と意気投合してジョインすることになったりん君の2名で開発をスタート。

試行錯誤あり、なんとかモックアップが完成したところ、自分たちで開発するにはハードルが高いということでアウトソースすることになりました。なんとかリリースにこぎつけたのは2013年12月22日、構想から10ヶ月が経過していました。

サービス名は「UBOOOK(ユーブック)」、SNS上で留学友達を探してもらい、複数人で予約することで、留学費用が最大10万円安くなるというサービスです。その時のプレスリリースはこちら

開発に200万円近く投資し、残高は50万円、社員数3名(アメリカでコンサルをしていた後輩、ベンチャー時代の同僚、私)という状況です。リリース初日の問合せ数はたったの2件でした。振り返ると、日本人は欧米人と違い、オンラインで留学を予約しない国民性だとわかりますが、当時は顧客解像度が粗くそこまで理解できていませんでした。今となっては恥ずかしい話ですが、開発さえしてしまえばうまくいくと勘違いをしていたところ、開発を継続する費用も、マーケティング費用もなく、2ヶ月後にはキャッシュアウトという状況でした。

そこから今月売上げなければ来月潰れるという薄氷を踏む状況が約2年間続きました。残ったのは(ベンチャー時代の同僚と私)の2名。この暗闇のトンネルを2年間走り抜けることができたのは、「原体験に基づく思入れ軸」で事業を始めたからです。また一緒に戦ってくれた仲間がいなかったら倒れていたと思います。死なずに続けていくと、ビジネスについて少しずつ科学が進みます。

ベンチャーはリソースがないので1つの事業/商品に特化すること、沢山の商品を扱うのではなく専門家になること、デザインを綺麗にしても顧客価値がなければ問合せは増えないこと、ファイナンスや資本効率の理解なしにスケールもないこと、PMFユニットエコノミクスなどビジネスのフレームワークを学びながら事業を推進することなどの基本を当時は学んだと思います。そんな中で、私たちは衰退産業にある留学市場で唯一右肩上がりの留学先を見つけました。それはフィリピン留学です。プロダクトライフサイクルを5年分作ってみたところ、参入タイミングとして間に合うと判断しフィリピン留学の専門家として再スタートすることになります。

サービス名は「8weeks(エイトウィークス)」、今回は対面営業型の留学サービスですが、サポート手数料を無料にしました。その時のプレスリリースがこちら。リリース日は2015年4月30日ですので、UBOOOKをリリースして約1年半後でした。見ての通り、こちらのサービスはとてもデザインがイケてるとは言えません。それでも、問合せ数は右肩上がりに伸びていきました。伸びている市場にタイミングよく早期参入することの重要性とデザインがダサくても市場によっては受け入れられるという学びを得ました。

この間、1人を残して創業メンバーが全員辞めた時が一番の倒産危機でした。残ったメンバーがピンチで急成長し何とか乗り越えられました。彼は今も主力メンバーとして弊社を牽引してくれています。

その後2018年3月に、サービス名を「StudyIn(スタディーイン)」と一新、紹介する国数も拡張しました。コロナ禍では逆張り経営で採用を強化。25名だった従業員数は70名となり(22年末には100名を越える予定)、ワンルームアパートから三軒茶屋にある80坪のオフィスへ移転もしています(22年には300坪のオフィスへ移転予定)。失敗ばかりですが気づけば、留学DX事業は日本最大級の規模まで成長しました。

コロナ禍では徹底したDX化を推進しました。営業を対面から全てオンライン化、書類の郵送をクラウドサインに変更、セールスフォース(CRM)の導入、コミュニケーションはLINEビジネス、業界最大手のレアジョブ社と提携し留学前に無償のオンライン英会話を提供、集客は広告からSNSマーケティングへシフトしました。生産性は大きく上がり、広告費を1/2に抑えた上で売上高2倍を達成しました。

特に動画メディア事業の主要チャンネル「StudyInネイティブ英会話」の総フォロワー数が140万人を越える人気となり、マスメディアや雑誌メディア、高校/大学/企業からの講演依頼が殺到。StudyInは自社の放送局から毎日CMを流すことで広告を使わずに強い集客を実現できています。

22年にはカナダに、23年にはオーストラリアに支社設立を計画しており、世界展開を手伝って頂けるエネルギッシュな方からのご応募をお待ちしております!

動画メディアを事業の共通基盤に

情報を取得する方法は、5年~10年でGoogle検索からYouTubeなどの動画検索に置き換わります。つまり、SEOモデルがVSEOモデルに移行し、あらゆる産業で地殻変動が起こります。5Gなど、技術革新によりインターネット速度が速くなることで必ず起こる大きなパラダイムシフトです。情報の取得方法が紙からWEBに転換するタイミングで楽天やサイバーエージェントなどのIT企業は爆発的に成長しました。楽天は日本一のショッピングモールになり、サイバーは電通を肉迫して日本一の広告代理店になっています。ブルードは、この転換期を捉え動画メディアを共通基盤として海外事業を変革していきます。

音声メディアも、似たような時間軸で大きな音声広告市場になります。StudyInは着々とPodcastでユーザーを増やしていますが、各事業で続けていく計画です。情報の取得方法が動画メディアと音声メディアに変わるタイミングで起こる業界構造の変化を適切に捉えていきます。

旅行×語学マーケットを創造する

インバウンド留学DX事業はオンライン予約のプラットフォームを作ります。22年に日本が開国をしたことで、長期留学を対象に欧米人からのお問い合わせが戻ってきています。10年前、アメリカを回った際に発見したヨーロッパのビジネスモデルは、実は日本のマーケットでは機能しないことが分かっています。欧米人は留学を勉強ではなく、旅行の延長と捉えている人が多いからです。

彼らは、日本で日本語を学びたいのではなく、日本に長期滞在をして日本文化を体験したいと考えています。手段としての学生ビザなのです。

彼らにとっての日本留学は「Study Abroadではなく、Live Abroad」。

留学を旅行の延長と捉えていること、さらに日本人ほど細かくない国民性から、半年や1年間の長期留学でも海外旅行をオンライン予約するようにオンラインで留学を予約します。2019年、訪日外国人のマーケットサイズは過去最高の4,7兆円でした。欧米人の留学を旅行マーケットとして捉えた時に、インバウンド留学は非常にポテンシャルが高いと考えています。大雑把に計算すると、世界の旅行マーケットは200兆円以上、このマーケットで0.5%の市場を創造できれば1兆円です。さらに、今後も海外旅行マーケットは世界中で伸び続けます。すでにこのマーケットを開拓している企業がスイスにあり、その企業が留学マーケットでは世界をリードしています。

私たちは日本文化のポテンシャルを活かし、日本のインバウンド留学を語学旅行と捉え、新しいマーケットを開拓していきます。さらにプラットフォームを世界に拡張し、デジタルの力で世界一の語学旅行プラットフォームを目指していきます。

外国人材と介護事業者を繋ぐマッチングプラットフォームを作る

外国人材事業ではインドネシア、フィリピン、マレーシアからくる特定技能人材と人材不足の介護事業者をマッチングするプラットフォーム事業を立ち上げています日本政府は今後、特定技能人材を増やすことで移民の受け入れを進める方針でいます。テクノロジーを使いマーケティング、オペレーション、日本語教育をDX化し新しい仕組みでマーケットを開拓していきます。

1億2千万人いる日本の人口は2100年までに5000万人をきると言われています。あと80年で7000万人以上が減る計算です。日本はすでに外国人人口270万人、世界第4位の移民大国です。深刻な労働者不足が表面化しており、ロボットやテクノロジーで労働を代替しても、ロボットは税金を払えないので、社会福祉制度は破綻します。日本は図らずも移民国家となり、この流れは不可逆です。

日本がグローバルカントリーになる歴史上初めてのパラダイムシフトを生きているうちに経験できるのであれば、日本初の国際化を推進することでビジョンである「世界的なボーダレス企業を作る」ことを実現しようと思います。

インバウンド事業は人材と留学からスタートするため、外国人や帰国子女採用も積極的に行なっていますし、海外進出も22年より開始します。インバウンド事業に少しでもご興味があればぜひ一度お話しましょう!

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