目次
はじめに
ウォンテッドリー 執行役員CTOの安間です。
ウォンテッドリーでは、生成AIを競争力の源泉と位置づけ、全社員のAI有効活用率を100%にすることを目標に掲げています。
この目標に向けて最初に着手したのは、「生成AI活用ガイドライン」を作ることでした。今回は、このガイドライン作成が起点になって、AI推進チームの発足・数字でのモニタリング・勉強会運営へとどう展開していったかを書きます。
少しでも組織の生成AI活用に活かしていただけると幸いです。
なぜ最初にガイドラインを作ったか
ウォンテッドリーでは、すでに多くの生成AIを利用できる状態にありました。このような状態の中で、全社に広く展開していくと、何をどこまでやっていいか分からないため、
- 個人契約や無料版での業務利用(シャドーAI対策)
- 顧客企業から預かった個人情報のような、入力してはいけない情報の入力
- AIの出力をそのまま対外発信してしまうリスク
といった問題が起きやすくなります。活用を広げたいなら、まず「どこまでは安心して使えるか」を明確にする必要がある。これが最初にガイドライン整備から始めた理由です。
ガイドラインは活用を制限するために作ったのではなく、安心して使える範囲を明確にするために作りました。対象は雇用形態を問わず、業務に従事するすべての人です。
CTO直下のAI Opsチーム(AI推進チーム)がガイドライン作成を担当しました。エンジニアだけでなく、ビジネスサイドのメンバーも混ぜたチームです。これによって、多様な視点が入ることになり、実際に利用して、運用できるものとなります。
ガイドラインの概要
正式な社内規程として位置づけた上で、現場が迷わないように「これだけは守ってください」という項目を6つに絞りました。
- ホワイトリスト掲載ツールだけ使う — 会社契約アカウントで、ホワイトリストに載っているツールのみ業務利用OK。個人契約・無料版での業務利用は禁止。
- 入力してはいけない情報を明確にする — 他社から委託された個人情報、通信の秘密に該当する情報など、どのツールでも絶対NGな情報を明確化。
- 出力は人が必ず確認する — 特に対外発信・意思決定・コードのマージでは確認を省略しない。事実関係/権利侵害/AIの誤り(ハルシネーション)の3点をチェックする。
- 業務外利用はしない
- 目的外利用はしない
- 困ったら止めて報告する — 「マズいかも」と気づいたら利用を止めて、即座に報告する。報告を理由に不利益な扱いはしない。
ルールを作って公開するだけでは終わらせず、全社の場で直接説明し、その後もSlackで随時相談を受け付ける体制にしました。
ガイドラインを「作って終わり」にしないための推進チーム
ガイドラインは、作った瞬間から古くなっていきます。新しいツールは次々出てきますし、「このケースはOKなのか」という問い合わせにも継続的に答えていく必要があります。ガイドラインを機能させ続けるには、それを担当する人が必要でした。
ガイドラインを作成したチームが引き続き、活用推進を担当しました。AI活用は開発部門だけの話ではありません。むしろ、営業・人事・コーポレートなど非エンジニア職の方が、ホワイトリストにないツールを使いたい、この情報を入力していいか、といった相談が日常的に発生します。だからこそ、開発とビジネスの混合チームにする必要がありました。
このチームは、
- 生成AI活用のルール・ガイドラインの継続的な整備・更新
- 利用促進(ツールの導入・展開、問い合わせ対応)
- 勉強会の企画・運営
を一気通貫で見ることです。困ったことがあればAI OpsチームのSlackチャンネルに投げてもらい、このチームが窓口として対応する体制にしています。
数字によるガイドラインの浸透度
次にやったことは「ガイドラインが実際に浸透し、活用が進んでいるか」を数字で追うことでした。ルールを作っただけで満足せず、効果を可視化する仕組みが必要だと考えたからです。
社内では、AIの活用度を4段階のレベルで定義しています。ざっくり言うと、
- Lv.1:自分の業務の「この作業はAI」が1つ以上あり、AIで効率化できている状態(点でAIが使えている状態)
- Lv.2:自分の業務フローの2〜3ステップにAIを組み込み、定量効果を説明できる状態(線でAIが使えている状態)
- Lv.3:自分のAI活用を基にチームで使える型を作り、展開実績がある状態
- Lv.4:業務プロセスをAI前提に再設計し、組織レベルの定量効果を創出できている状態
全社目標は「Lv.2以上を100%達成する」ことです。毎月、自己評価アンケートを取り、達成率の推移をウォッチしています。
測定開始の1ヶ月目の60%から2ヶ月目には72%まで一気に伸びましたが、そこから先は伸び幅が鈍化していきます。2ヶ月目から5ヶ月目にかけて、+12→+5→+5→+4ポイントと、月を追うごとに増加幅が小さくなっていきました。もともと関心が高かった人たちがLv.2に到達しきると、残るのは「ガイドラインを読んでも、実際にどう手を動かせばいいか分からない層」です。この層をどう動かすかが、大きな課題として残っていました。
ところが6ヶ月目、全員がLv.2以上に到達し、100%まで一気に伸びました。この背景にあるのが、次に紹介する勉強会と、そこでの泥臭い取り組みです。
数字を動かすためにガイドラインの先にやったこと
「守るべきルールを示す」ことと「実際に使えるようになる」ことの間には、大きな距離があります。
ここを埋めるために、AI Opsチームが企画・運営しているのが勉強会です。
この勉強会はハンズオン形式、少人数で開催しています。これによって、実際に、一人一人が理解しているのか使えているのかを見ていくことができます。
基礎編
2ヶ月目に13回に分けて開催し、アンケート回収32件で満足度4.18/5.0、理解度4.00/5.0という結果でした。伝えたのはシンプルな4つの考え方です。
- コンテキスト思考:AIは知識豊富だが自社のことは何も知らない「優秀な新卒」だと考える。必要な情報は自分から渡す
- 確率的思考:AIは「次に来る言葉で一番確率が高いもの」を選んでいるだけ。魔法でも万能でもない
- モジュール思考:「この作業、自分じゃなくてもできる?」と自分の仕事に問いかけ、任せられる部分を見つける
- 拡張思考:AIは代わりにやってくれる存在ではなく、能力を拡張する道具。1時間で3案しか出せなかったのが10案に
また、ありがちな失敗パターンを3つ共有しました。
- 「いい感じにして」で丸投げしない
- 必要な情報を渡す
- 知っていることまで長々説明しない
フロー化編
基礎編の次のステップとして、3ヶ月目から応用編にあたる「フロー化編」を18回に分けて開催しました。テーマは「AIエージェントを自分で作る」です。
- Lv.1(点)からLv.2(線)へ:毎回指示を出す使い方から、業務フローを一度設計すれば一連の作業が回る使い方へ
- I/O思考:仕事を「何を受け取り、何を出すか」で捉え、前工程のOutputを次工程のInputにつなげて設計する
- 分解のコツ:業務を4〜6ステップに分け、「手が止まる瞬間(考える・判断する場面)」をステップの境界にする
- 任せる/任せない線引き:繰り返し作業・情報整理・たたき台作成・文章作成はAIへ、最終判断・方針決定・対人折衝・創造的思考は人が持つ
最後は自分の業務で設計図を作り、Geminiに貼り付けるだけでプロンプトが自動生成される「プロンプト生成エージェント」で、その場で自分専用のGemを作成するところまで体験させました。
新入社員・中途社員向けオンボーディング
オンボーディングや確認のための施策を合わせて実施しています。
- 新入社員・中途社員向けのAI活用研修をオンボーディングに常設化
- 自社版教材(修了テスト付き)を全社に配信
単発のイベントで終わらせず、入社時点から継続的に触れる導線を作っています。
来てもらえない人には、時間を合わせに行く
正直に書くと、うまくいかないこともありました。特にビジネスサイドのメンバーは日々の商談やお客様対応で忙しく、勉強会の案内を出しても「呼んでも来てもらえない」ことが何度もありました。
対策は特別なものではなく、徹底的にこちらから時間を合わせに行くことでした。個別に予定を調整し、リスケになってもまた日程を提案し直す。何度もリスケを重ねながら、それでも実施し続ける。できない場合には、隣の席に座り空いている時間を見つけて話しかけていきました。
また、レベルも自己評価なので、客観的なレベルとズレていること(上振れ、下振れ)があります。これを是正するためにAI Opsチームが適宜ヒアリングを実施してレベルの精度向上も併せて実施しています。
ガイドラインを作って数字を追うだけなら、極端な話、ドキュメントを公開して終わりにできます。でも実際に活用度を上げようとすると、最後は「一人ひとりの時間を確保しに行く」という泥臭い作業に行き着きます。AI Opsチームが本気であることを行動を通じて伝えていき、周囲を巻き込んでいきました。6ヶ月目にこの活動を集中的に行った結果が、鈍化していた伸び率を一気に押し上げることにつながりました。
これまでとこれから
AI Opsチームによるガイドライン作成、月次での数字のモニタリング、そして勉強会の運営、定着の施策についてお話しいたしました。
ガイドラインを作るだけでも、体制を作るだけでも、数字を追うだけでも、目標には届きませんでした。この3つを組み合わせて、足りない分は地道な勉強会や一人ひとりへの声かけで埋めながら回し続けた結果、Lv.2以上100%という目標を達成できました。
これを維持運用し、Lv.3以上の割合を増やしていくことが課題です。
最後に
ウォンテッドリーでは、AI活用の推進を開発チームに限らず全社で続けています。ガイドラインという制度と、それを実際に浸透させる運用の間には距離があって、その距離を詰め続けるのが全社の生産性向上に寄与すると思っています。
こうした組織づくりや「AIとどう一緒に働くか」に関心のある方は、ぜひ一度カジュアルにお話ししませんか。