【エッセイ】ケイコおばさんのしそジュース
午後2時、西側にある私の部屋には梅雨明けの強い日差しが差し込む。その光を避けるためにカーテンを閉め、冷房をガンガンにしてアイスを食べるのは暑い夏の至福のときである。冬に食べるアイスも同じくらい好きだから、アイスが凄いということなのか。 私はもう、冷房がない生活というのは耐えられないと思う。小学生の頃、校舎には冷房がなく、扇風機をたまに付けてくれるぐらいだったので、腕の汗がノートの紙に貼り付く度に剥がしていた。その後のノートが少し湿っていて書きづらくなるところまでがワンセットだ。今となっては井上陽水の『少年時代』を背に脳裏に浮かぶ夏のワンシーンだが、当時はなかなかに地獄だった。中高は設定温度こそ高けれど、夏場は冷房が効いていたし、何せこのオンライン授業期間は自由に設定できてしまうので、常に冷房を寒いぐらいにつけていた。 が、例のカビ事件で、エアコンにどうもその一因があると判明したため、私は今冷房をつけずに暮らしている。だから、最初に書いたアイス云々はお預け、それどころか灼熱の環境で生きている。そんななかで課題をしていたため、終わる頃には汗だくになっていた。喉が渇いて冷蔵庫に向かう足取りはふらふらと覚束ない曲線を描く。 これでは家にいながら熱中症になってしまう。私の口は、なにか汗を補えるような飲み物を求めていた。そこでふと、母が大分前に買ってきてくれた梅ジュースの存在を思い出した。途端、今飲むのは梅ジュース以外にあるだろうか、いやないと力強い反語が頭の中で響く。冷蔵庫を開け、お目当ての梅ジュースを見つけると、コップいっぱいに注いで一気に口に流し込んだ。 酸っぱい。 思っていた以上に酸っぱくて、顔全体がきゅっと収縮した気がした。 クエン酸をもろに感じる。 もしかして水で薄めるタイプだったのかと思い、ラベルを隅々まで見渡したが、これで正解らしい。 なかなかに酸っぱい。 そのとき、私はこの感覚に懐かしいものを覚えた。答えはすぐにわかった。 軽米の親戚の家で飲ませてもらった、しそジュースだ。 私の親戚は基本的に東北に住んでいるのだが、そのなかの一人、軽米のケイコおばさんがつくるしそジュース。私が覚えている限り、夏に遊びに行った時は必ず出してくれた。色は透明がかった紫色で、味はゆかりごはんのしそ味の濃さの10分の1くらい。甘みはない。身体に良いんだろうと無条件に思える味がする。おそらくスーパーなどでは売られていない味。唯一無二のスーパードリンクだ。ジュースを想像して飲むと、きっと少し後悔する。祖母はケイコおばさんと古くからの付き合いなので、「いいから」と遠回しに断ったりしていたが、私や妹はそこまでの間柄ではないし、何より私たちに「せっかく遠くから来たんだから飲んでけ」と優しく豪快に微笑む人の心を無下にすることなんてできないので、いつもありがたく頂戴していた。そういえば、最後に会ったとき、帰る際に庭兼畑に植えている野菜と、大きな西瓜かメロン一玉を車の後ろが埋まるくらい持たせてくれた。小さい頃にはトマトを収穫させてくれて、それを食べさせてくれたのもよく覚えている。あのときのトマトは甘くてみずみずしくて美味しかった。 ケイコおばさんは数年前に亡くなってしまったが、梅ジュースを飲んで、おばさんの太陽みたいな笑顔と、優しくて大切な思い出と、忘れられないしそジュースの味があの夏の日差しのなかに蘇った気がした。