ゼロから学べる! ファシリテーション超技術
あなたは会議について、こんなこと思っていませんか? 「オンライン会議の仕方がわからない......」「時間通りに終わらない......」「決まらない......」etc。 この本では、問題解決の仕方、メンバーの意見の引き出し方、合意形成の仕方、上手なオンライン会議の進め方など、生産的な会議のやり方をプロファシリテーターが教えます。 ...
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ルールなき「カレンダー占有」とマネージャーの苛立ち
マーケティングチームのマネジメントを担う中で、私は「会議」のあり方に最も激しい歪みを感じていました。
当時在籍していた会社には、全社ルールはおろかチーム内のルールすら存在していません。定例の戦略会議、新プロジェクトのキックオフ、突発的なスポットミーティング。そのすべてがWebカレンダー上で「とりあえず1時間」のスケジュール枠を確保するだけでスタートする、いわば無法地帯だったのです。
当時の私は、チームを率いる者として「自分が場を仕切りたい」「主導権を握っておきたい」という強い欲求を抱いていました。前後のスケジュールを鑑み、会議は時間通りにきっちり進めるべきだという、ある種の自己顕示欲に近いこだわりもありました。だからこそ、他メンバーが主催するミーティングに参加した際、目的もゴールも見えないままダラダラと浪費されていく時間に、猛烈なもったいなさを感じていたのです。
「なぜ、誰もミーティングのスキルを持ち合わせていないのか」 自分も含めた組織全体のスキル不足に対する心の底からの苛立ちと、一向に決まらない議論への焦燥感。
この底なしのストレスを根本から解決したいともがいていた時、私は一冊の書籍に出会いました。園部浩司氏の著書『ゼロから学べる! ファシリテーション超技術』です。
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1. 邂逅 ── 『ゼロから学ぶファシリテーション』が提示した設計図
2. 進化 ── 高揚と、見えていなかった落とし穴
3. 功罪 ── モンスター・ファシリテーターの限界
【得られたメリット】
【発生した副作用】
4.結実 ── 明日から孤独な戦いを脱出する「現場の型」
ⅰ. カレンダーの占有権をハックする(アジェンダの事前共有ルール)
ⅱ. 問いのステップを画面で可視化する(思考の現在地コントロール)
ⅲ. マルチタスクを「システムの自動化」へ逃がす(ツールの役割配置)
本書が私に提示してくれたのは、会議を「個人の資質」ではなく「再現可能なプロセス」として設計する視点でした。それまでの私は、場をコントロールする「個人の腕力」に依存していました。しかし真のファシリテーションとは、参加者の認知を整理し、合意形成へ導くシステム設計に他なりません。
「再現可能なプロセス」という言葉を読んだとき、最初に思ったのは「ルール化できれば、誰でも始められる」という、ある種の安堵でした。しかしすぐに別の問いが浮かびました。メンバーが当事者意識を持たないことには、どんなプロセスも機能しない、と。
思い当たる光景がありました。事前に共有したアジェンダを、明らかに読んでいない素振りで会議に臨むメンバーの顔。配慮のない発言が続いた結果、時間通りに進まず議論が空転していくあの感覚。
怒りより先に浮かんできたのは、自責でした。どうすれば、他のメンバーが自分ごととして動いてくれるのか。この本が提示した設計図は、その問いへの最初の手がかりでした。
会議の「目的」と「ゴール」を、事前にどれほど厳格に定義できるか。アジェンダを因数分解し、議論のステップをいかに構造化できるか。この基本原則を、現場のシステムに泥臭く落とし込むことから、私の試行錯誤が始まりました。
最初に「変わった」と感じたのは、10〜20人が集まる月例会議の場でした。
その日、私は会議の全体像を頭の中に入れた上で、裏方に徹しました。誰がどの議題で詰まりそうか、どこで時間が押すか、先読みしながら場を動かしていく。議論の現在地を画面で可視化し、脱線の気配を察知したら静かにポインタで軌道を戻す。
会議が終わったとき、「私でないと成立しなかった時間配分だった」という手応えが確かにありました。それは誇りでもあり——この時点ではまだ、落とし穴だとは気づいていませんでした。
本書の理論を実務に適用した結果、メリットと副作用の双方が生まれました。
私が主催するマーケティング会議のパフォーマンスは劇的に改善されました。1分単位の時間配分への工夫、「今どのステップの問いについて話しているか」をコントロールする意識が極めて鋭敏になり、ターゲット選定や施策の原因特定において、検索では決して到達できない現場の一次情報を綺麗に網羅できるようになったのです。
議論の空転が解消され、施策の実行速度は大幅に向上しました。
一方で、致命的な副作用も生まれました。ファシリテーションが私の「属人的な職人芸」になってしまったことです。
会議中、議論のプロセスをリードしながら、同時にポインタを動かし、プレゼンアプリを切り替え、レコーディングアプリを管理し、リアルタイムで議事録を画面共有にタイピングしていく——。気づけば私は、「一人でマルチタスク化された超技術を持つモンスター・ファシリテーター」になっていたのです。
その限界を、私は別の月例会議の場で静かに悟りました。
画面を共有しながら議事録をリアルタイムで打ち込み、タイマーを横目で確認し、議論が脱線するたびに軌道修正をかける。いつも通りの「全部ひとりでこなす」時間の中で、ふと思ったのです。
——誰かひとり、隣にいてくれたら。
会議が終わった後、私は少しだけ席に残りました。「補佐してくれる人がいれば」という感覚は、弱音ではなく、警告でした。本業以外の役割を誰かに頼める空気は、このチームにはない。そのことを、私はその瞬間まで直視していなかったのだと思います。
追い打ちをかけるように、ある対峙がありました。チームの中に、会議の場で主観的で利己的な発言が繰り返される、そういうタイプの人がいました。問いのステップを画面に可視化し、「今は原因特定の時間です」と冷静に軌道修正をかけた瞬間、その人は言いました。
「そんな進め方、必要ですか。話せばわかるでしょう」と。
反論はしませんでした。ポインタで画面を指しながら、「このステップで進めることで、全員の時間を守れます」とだけ、答えました。会議室の空気が、一瞬だけ張り詰めた記憶があります。
園部氏が本書で述べる「信頼できる仲間がいることを実感できる」という言葉の重みを、私はこの時期に初めて理解しました。組織のファシリテーション文化が未成熟な段階では、ファシリテーターへの過度な依存が生まれ、主催者の心理的・物理的負荷が限界に達する。その冷酷なコストを、身をもって支払うことになったのです。
この泥臭い試行錯誤を経て、私は気づきました。「モンスター・ファシリテーター」の属人的なプロセスは、実はファシリテーターの能力に依存しない「システムの設計」へと還元できる、と。それこそが、明日から誰もが無法地帯を脱出するための「現場の型」です。
もし、あなたがルールなき無法地帯の組織で、「1人マルチタスクの罠」に陥りそうになっているなら、明日から以下の3ステップを実践してください。最初から全員を巻き込もうとしてはいけません。
「〇〇に関する打ち合わせ」と書くのを今日から辞めてください。カレンダーの概要欄に必ず、以下の「動詞のゴール」を3行で明記します。
会議の冒頭に画面共有するアジェンダの横に「問題解決ステップ(①現状把握、②原因特定、③解決策選定)」の文字を大きく並べておきます。
議論が脱線する、いきなり解決策に飛びつこうとするメンバーがいたら、「今は②の原因特定をしています。解決策は次の10分で話すので、まずは原因を出し切りましょう」と、画面の文字をポインタで指し示しながら、冷徹に軌道修正をかけます。
すべてのマルチタスクを1人で背負い込んではいけません。会議のオープニングで、最も若手、あるいは最も会議に非協力的なメンバーを指名し「アジェンダの残り時間を測るタイムキーパーをお願いします」とだけ依頼してください。「下準備のめんどくささ」は拒絶されますが、「会議中の時間管理」であればスキルがなくてもできます。
あの月例会議の、何回目だったかは覚えていません。細部の記憶は薄れています。ただ、ひとつだけ残っている光景があります。いつも真っ先に脱線を始めていた、あのメンバーが、自分から「今はどのステップですか」と聞いてきた瞬間です。
私は何も言わずに、画面のポインタを②に向けました。それだけで、会議が動いた。
ファシリテーションとは、決して華やかな司会術ではありません。無法地帯の組織において、時に孤独を引き受けながらも、アジェンダという名の「脚本」によって他人の時間を1分たりとも無駄にしない——それは、マネージャーの執念であり、合理的な優しさそのものなのです。
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