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アツいチャンスが巡ってくる人になるための意思決定のルール(後編)

こんにちは!アディッシュHR企画部の松下です。

先日、地方や海外に住む学生のためのオンライン就活サービスを提供する『オンライン就活』のキャリアイベントに、アディッシュ取締役の杉之原が登壇しました!

就活をしている大学生対象に、『「やりたいことが分からない人」のキャリア開拓論。アツいチャンスが巡ってくる人になるための意思決定のルール』と題してオンライン対談形式で行われました。

今日は、対談の内容(後編)をお送りしたいと思います。

↓↓ 前編はこちらです ↓↓

「やりたいことが分からない人」のキャリア開拓論(前編)
https://www.wantedly.com/companies/adish/post_articles/278211


プロフィール

杉之原明子

アディッシュ株式会社 取締役
2008年に株式会社ガイアックス入社後、学校非公式サイト対策の「スクールガーディアン」事業の立ち上げ及び責任者を経て、2014年、アディッシュ株式会社取締役に就任。管理本部の立ち上げ及び上場準備の旗振りを担う。

管大輔(ファシリテーター)

株式会社ガイアックス 『オンライン就活』事業責任者
2013年に新卒入社。SNSマーケティングのコンサルタントとして従事した後、2015年に事業部長に就任。クラウドソーシングの活用、リモートワークの推進など働き方の多様化を積極的に進めた結果、2年間で離職率を40%から0%に、売上が5倍に成長。2019年にソリューション事業本部長に就任。
2020年に『オンライン就活』サービスを立ち上げ。学生に多様な生き方や働き方を伝える「オンラインキャリアセミナー」を毎日開催し、ファシリテーターを務めている。

働き方への漠然とした不安から、「働く喜びは何か」と向き合う

 杉之原さんの場合って、何度も、自己喪失からそれを克服するっていうステージを経験されてきたと思うんですけど、どのように自分をアップデートされてきましたか?例えば、キャリアで悩んだときの意思決定の基準が変化されてきたんじゃないかなとか思ったりするんですけど、その変遷を聞きたくなりました。

杉之原 そうですね。キャリアの意思決定の変遷で言うと、大きなきっかけが2回ありました。

1回目が26歳ぐらいのときで、スクールガーディアン事業の責任者になった直後。それまですごいバリバリ働いてきたもので、「30代もこの働き方が続くんだろうか、不安」みたいな感覚になりました。おそらく価値観型の人の悩み方だと思うんですけど。そんなときに、テレビドラマで見た公務員の職業に憧れまして(笑)。それが航空管制官だったという。航空管制官は公務員の専門職なんですけど。事業責任者をやりながら週3日は塾に通って、合格したんですよね。

で、アディッシュの代表である江戸に「私、航空管制官になるんで会社辞めます」と言いました。江戸には、IT系の他の会社に行くならわかるけど、公務員になるとか、航空管制官もよく分からないし、君の引き止め方が分からないと言われました。

 過去の事例がないパターンですよね(笑)

杉之原 そう(笑)。私は、そこで、ベンチャーに残るか、公務員になるかという二択と向き合うことになりました。土曜日とかに江戸も時間を使ってくれて、働く喜びは何か、私自身に関するワークをやったんですよね。それって就活のときにやることじゃん、みたいなことですよね(笑)。

自分の軸を考えるというのを、結局そういう局面になってまた向き合いました。そのときに、目の前の状況を変えていけるとか、そのためにチームメンバーと実現していくプロセスが私はすごく好きなんだということが分かって、ベンチャーで働き続けるという選択をしました。

 あのとき、僕も聞いたときにどんなリアクションすればいいのかわからなかったですもんね。杉之原さんとご飯に行ったときに「私ちょっと航空管制官になるんだ」って言われて、この人何を言ってるんだろうなと思ったのを思い出しました(笑)。これがひとつ目ですね。

杉之原 はい(笑)。ときを同じくして、アディッシュという会社をつくるという話があったので、厳密には公務員になるか、会社をつくるかという二択で、会社をつくることを意志決定したというのが先ほどの話で、これがひとつ目ですね。

「あなたは何がやりたいですか」と問われ続け、自らキャリアを開拓できるように

杉之原  で、会社をつくるのであれば、私はどんな役割をやりたいんだろうと考え、事業をつくる側からコーポレート側にキャリアチェンジしました。私自身、自分で事業を率いる中でチームづくりを実験しながらも、組織の課題を感じることが多かったです。会社をつくるということは、自分ごととする範囲の中に組織の課題も入ってくるので、組織づくりとかそういったものにチャレンジしてみたいなという想いが強くなって、コーポレート側にキャリアチェンジするように働きかけるというか、行動したというのが2回目でした。

キャリアチェンジしたいですと言っても、「あなたは経験者でもないし、はて、どうしたものか」みたいなかんじだったので、まずは、スクールガーディアン事業を次の人に引き継ぎました。「杉之原さん、次の仕事決まってないけど、事業引き継いじゃったよ」みたいなかんじでした。

杉之原 その後、組織の課題に迫るために、アディッシュの中で、最も規模の大きいカスタマーサポート事業部に異動し、東京拠点の運用責任者をやりました。そのかたわらで、人事関連の講座に通い、その議事録をガイアックスとアディッシュの両経営陣に毎週送って、というより、送りつけて(笑)、私は人事について勉強してるんですよと暗に示しました。そうこうしているうちに、組織課題の議論があったときに、ファシリテーターを担えるようになりました。

コーポレート側に完全にキャリアチェンジするのに1年かかりました。これが2回目。

 地道な努力をされていたんですね。

杉之原 それはそうだけど、当時の、ガイアックスという環境に感謝もしている。いまもそうかもしれないけど、「これがあなたのキャリアですよ」と提示されるのではなく、「あなたは何がやりたいですか」と問われる環境だったので、先が見えなくても、自分の直感を信じて動き続けないと自分のキャリアがない、開拓できないという環境にいたんだな、というのは振り返りますね。

 問われますよね、ガイアックスはね。分かります。

杉之原 インターンのときは、毎週の1on1で「杉之原さんがやりたいことは何?」と問われ、「ありません」「分かりません」と言い続ける期間が結構あったけど(笑)。それでも、問われ続ける環境、かつ、本当に自分で開拓しないと何もないという、そういう環境に育ててもらったなという感じはありますね。

 問われない方が楽だったりしますよね。そういうのも考えなくて済むっていうか。

杉之原 本当にそう。私は、特に考えてこなかった。思い返すと、「いい中学に入って、いい大学に入って、いい会社つまり大企業に入って、ずっと働き続けなさい」と親に言われ続けてきて。やりたいことを自分でも問わなかったから、人に言われたことを盲目的に「そうなんだ」って思ってやり続けてちゃってきたな、というのは振り返って思いますね。

“YES or はい”精神が、チャンスを目の前にしたときの意思決定力に繋がる

 ありがとうございます。そして、今日のタイトルの後半に『アツいチャンスが巡ってくる人になるための意思決定のルール』とありますが、チャンスが巡ってくるってどんな人なのかとか、意思決定のところで何が大切なのかみたいなところ、少しお話いただいてもいいですか?

杉之原 そうですね、すごい素敵なタイトルを付けていただいたんですけど、チャンスが巡ってくるという点では、インターンのときから、江戸に「仕事は”YES or はい”だ」って言われて育ってきてですね。NOと言わない、というのは大切だなと思います。

あれだけ、やりたいことは分かりませんって言っておきながら(笑)、言われたことには”YES or はい”でやってきたと思うんですよね。

新卒2年目のときに、事業責任者になるんですけど、そのきっかけが、私がガイアックスに就職した理由でもある、憧れていた上司が辞めてしまったんですね、会社を。そのときに江戸に、「杉之原さんが事業責任者をやるか、あなたの上司をあなたが採用するか、自分の人事を自分で決めてきて」と言われたんですよ。さすがにいろいろ悩んだけれど、事業責任者をやることに決めました。

いま振り返ると、”YES or はい”精神がなければ、自分は及ばないなとか、いろんなことを思って断っていた可能性もあるなと思っていて。仕事を始めたころの”YES or はい”というのは、仕事を選り好みせず、何度も素振りしなさい、ということだったと思うけど、キャリアの節目というか、チャンスが巡ってきたときにも、「はい」と言える力につながったんだな、というのはすごい思いますね。

その後も、「会社をつくります。取締役をやりませんか」に対して「はい」だし、「上場を目指します。その旗振り役は、まあ、あなたの役割ですよね?」に対して「はい」っていうかんじで。当然、やったことがないので、果たしてできるかは分からないですよね、誰も。

 経験者じゃないですもんね。

杉之原 本当にそう。”YES or はい”が、意思決定力に繋がるんだというのは、いま話しながら改めてそう思いました。

目の前の点が、いつかユニークな線になるという感覚

 あと、いま聞いていて思ったのは、やりたいことが長い時間軸でない価値観型だからこそ、やれることを増やすために”YES or はい”っていうのが大事なのかなと思ったりしましたね。

杉之原 ほんとそうですね。その観点で言うと、いま目の前で取り組んでいることが、未来においてどういう点になるんだろう、というのは20代の後半から考え始めまして、そういうユニークな点を増やしたいな、という意識は芽生えていますね。

例えば、30歳のときに、京都造形芸術大学(現 京都芸術大学)に編入したんですけど、そのとき、本当はMBAを探していたんです。コーポレート側にキャリアチェンジしたし、経営をテーマに勉強して引き出しを増やしたいなと思ってMBAを探していたんだけれども、ダニエル・ピンクの『ハイ・コンセプト』を読んだら、どうやら別の選択肢もあるっぽいなと。

そういえば私って、左脳的に、点数的に勉強するということはすごいやってきたけれど、それを右脳的な領域に繋げる活動をやってこなかったなというのをそのときに思って。MBAではなく、芸術という点をつくるのも、後々のキャリアにおいて何かユニークなものになるのではないかと思いました。

そういう感じで、”YES or はい”で目の前のことに挑戦しつつ、そのひとつひとつの点がいつか繋がると面白そうだな、という感覚は20代後半から持っている感じがします。

 点の打ち方か。それは大事な気がしますね。僕も多分オランダに来たのはそれかもしれないですね。面白い点になりそうだなと思って。特に大きな理由なく来ましたね。

杉之原 そういう感覚が持てると、意思決定というか、チャレンジしようとか、周りを巻き込んでいこうっていうエネルギーになるのかなというのは、うん、管さんがオランダに移住した一例を見ていても思います。

ご参加いただいた皆さま、ありがとうございました!

↓↓ 前編はこちらです ↓↓

「やりたいことが分からない人」のキャリア開拓論(前編)
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※本記事は、主催者の承諾を得た上で、2020年6月20日の対談内容を編集したものです。

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