足場を組んでいた手が、いまは店とチームを束ねている。
畑違いの現場で染みついた「なんとかする力」は、業種が変わっても錆びなかった。
未経験はハンデではない。前の現場で培ったものが、そのまま武器になる。
株式会社プラーナは、茨城県つくば市を拠点に複数の飲食業態を展開する企業です。モスバーガーのフランチャイズをはじめ、横浜家系ラーメン「たくみ家」、油そば「元祖油堂」などを手がけています。社名はサンスクリット語で「生命エネルギー」を意味します。お客様の「お腹も心も満たす」状態=「幸腹度」を高めることを理念に掲げ、創業以来積み重ねてきた土台をもとに「第二創業期」へと歩みを進めています。
同社の第二事業部で、油そば「元祖油堂」の運営を統括するのが海老原涼太さんです。前職は建設業。足場職人として現場に立っていた人が、まったくの未経験で飲食の世界に飛び込み、店舗スタッフから店長、マネージャー、事業部長へと役割を広げてきました。
「経験値は、むしろ必須ではないと思っています」——そう言い切る海老原さんに、畑違いの一歩を踏み出した理由と、前職の経験がいまどう活きているのかを聞きました。
プロフィール
海老原 涼太(えびはら りょうた)|株式会社プラーナ 第二事業部 部長。30歳。高校卒業後、公務員試験の浪人を経て建設業へ。約3年従事したのち、幼なじみの誘いでプラーナに入社。唐揚げ専門店の一般スタッフからキャリアをスタートし、油そば「元祖油堂」の店長、マネージャー(現・ブロック長相当)を経て、現在は第二事業部の責任者として複数店舗を統括する。
畑違いの世界へ。幼なじみの一言が、動き出すきっかけになった
―― まず、プラーナに入るまでは、どんな経歴を歩んできたんですか。
高校を卒業したあと、消防士になりたくて、公務員試験の浪人を1年ほどしていました。その途中で、高校の先輩から『足場の仕事を手伝いに来ないか』と誘われたんです。行ってみたら、そのまま建設業の道に進みました。足場職人として、3年ほど現場に立っていました。
―― そこから飲食業へ。転機は何だったんですか。
プライベートで社会人サッカーをやっていて、試合でけがをしてしまったんです。手術と入院で、しばらく仕事ができない時期がありました。ちょうどそのときに、いまプラーナで働いている幼なじみが連絡をくれました。幼稚園からの付き合いの友人で、『けがをしているなら、これからのことも考えて、うちで働くのはどう?』と。
―― 誘われたとき、率直にどう感じましたか。
昔からよく知る相手だったので、彼が言うなら間違いないな、と。しかも、プラーナがどれだけ良い会社かを熱烈にアピールされまして(笑)。ついていくべき人が本当にすごい人だから間違いない、と。ちょうどコロナ禍で唐揚げのテイクアウト需要が伸びていた時期で、出店を増やす担い手を探している、お前は向いていると思う、と。それで決めました。5年ほど前の話です。
―― 料理や飲食は、もともと得意だったんですか。
いえ、まったく。料理が好きでもなかったし、自分の作ったものを人に振る舞うのが好きなタイプでもなかった。衛生管理の知識もなく、本当に何もわからない状態でした。それでも、信頼できる人が『ここに希望がある』と言ってくれた。それなら、まず飛び込んでみようと思いました。
前職の経験は無駄にならない。むしろ武器になる
―― 未経験での入社は、不安もあったんじゃないですか。
不安はありました。飲食業に携わったことがなかったので。でも、入ってみたらマニュアルがしっかり整っていて、そこはまず安心できました。当時の直属の上司が、教え方が本当に丁寧で、フレンドリーに接してくれる人だったんです。細かく指示するというより、自由に任せてくれて、困ったときに相談に乗ってくれる。そのスタイルが自分にすごくフィットしました。
―― 建設業での経験は、いまの仕事に活きていますか。
間違いなく活きています。建設の現場って、行ってみたら思っていたのと違う、ということが日常茶飯事なんです。敷地の条件が図面と違ったり、想定外のことが起きたり。それでも納期までに、なんとかして終わらせなければいけない。この『なんとかする力』は、飲食の現場でもそのまま効いています。
―― ほかにも、現場で鍛えられたものはありますか。
調整力ですね。建設現場は、ゼネコンや現場監督、職人さんなど、いろんな立場の人と段取りを合わせながら進めます。相手に合わせて動く力、納期から逆算する意識は、自然と身についていました。あとは、打たれ強さでしょうか。理不尽なことも含めて、現場でいろいろ経験してきたので、多少のことでは動じなくなった。振り返れば、それがマネジメントの土台になっています。
―― 経験者のほうが有利、という感覚はありますか。
正直、経験値は、必ずしも最初から必要ではないと思っています。いま扱っている業態は、特別に高い調理スキルを必要としているわけではないので。それよりも、人としての魅力や、お客様に真っすぐ向き合える姿勢、一緒に成長していける素直さ。そういう『人間力』のほうが、経験よりずっと力になると感じています。
―― 未経験から短い期間で事業部長というのは、社内でも珍しいんじゃないですか。
そうかもしれません。前職が飲食だった人は社内にもわりといるんですが、まったくの未経験で入って部長まで進んだケースは、正直あまりいないと思います。自分でも、よくここまで来たなと思います。特別な才能があったわけではありません。建設現場で染みついた『とにかく手を動かして、なんとか形にする』という進め方を、そのまま飲食に持ち込んだだけなんです。考え込む前に、まず動く。動いた分だけ、できることが増えていきました。
―― 社内では『プラーナっぽくない』と言われることもあるんですか。
よく言われます(笑)。良い意味で、と付け加えてもらえるので、ありがたいんですけど。うちは明るくて熱量の高いメンバーが多いなかで、自分はどちらかというと、一歩引いて冷静に見るタイプなんです。感情で押すより、数字や状況を分析して、いまは自分がぐっと我慢すべきか、前に出るべきかを判断する。建設の現場で、立場の違う人たちに揉まれてきたぶん、その引き出しは多いほうだと思います。タイプの違う人間がいることが、組織の幅にもなっているのかなと。いまの自分に足りないものがある人ほど、うちでは活躍できると思っています。
1店舗の現場から、事業部を率いる立場へ

―― 入社して、最初はどんな仕事から始めたんですか。
唐揚げ専門店に、一般社員として入りました。オープン日が入社日だったので、研修も受けておらず、むしろアルバイトさんのほうが詳しいくらいのスタートでした(笑)。最初は調理がメインで、徐々に店舗の管理業務を覚えていきました。
―― そこから、どう役割が広がっていったんでしょう。
入社の少しあと、店が急拡大している時期で、店長やマネージャーが次々に別の店舗へ異動していったんです。オープンして半月で異動、というくらいのスピードでした。同時期に入った社員も早めに抜けてしまいました。結果的に、自分一人で店を背負うことになったんです。でも、それが一番の経験になった。自分にとって、大きく成長できる環境だったと思っています。
―― その後、油そば「元祖油堂」の事業へ移られたのは、どういう経緯だったんですか。
唐揚げの店で2年ほど働いたころ、唐揚げの勢いが少し落ち着き、会社としては油そばに力を入れるフェーズに入っていました。ちょうどフランチャイズの1号店を出したタイミングで、2店舗目、3店舗目と広げる計画があったんです。上から『こっちをやってみないか』と声がかかり、迷わず引き受けました。
―― そこからは、どんなステップで上がっていったんですか。
元祖油堂に入って、店長を1年半ほど。店舗数が増えて複数店を見る必要が出てきたので、マネージャー(いまのブロック長にあたる役割)を半年ほど。組織がさらに大きくなり、事業部として確立していく流れの中で、部長をやってみないか、と声がかかりました。
―― 昇格のたびに、試験のようなものはあったんですか。
これまでは正式な試験はなく、組織の拡大に合わせて、自分から役割を広げてきた、というのが正直なところです。いまはキャリアアップの制度も整い、これから入る人がステップを描きやすい環境になっています。これから入る人は、その仕組みに沿ってステップアップできると思います。
―― 役割が変わるたびに、大切にすることも変わりましたか。
向き合う相手の数が、まったく変わりました。店長のころは10人から20人くらい。マネージャー、部長と上がるにつれて、関わる人数が100人規模になります。店長時代は『元気に、きれいに、丁寧に』——これを徹底すれば、良いお店になる、といつも言っていました。役職が上がると、自分が何を言うか、何にこだわるか、会社としての判断基準をどう伝えるか。そこを強く意識するようになりました。
まずやってみる。動いた分だけ、できることが増えていった
―― 店舗の立ち上げで、大切にしていることはありますか。
立ち上げの時期は、キャストの皆さんがまっさらな状態で入ってきてくれます。だからこそ、何を、どう伝えるかがすごく大事なんです。否定から入らないように気をつけています。『ここはこうしたほうが、お客様がもっと過ごしやすくなるよ』というふうに、理由とセットで伝える。声の出し方や笑顔のつくり方まで、細かいオペレーションになりますが、その熱量を絶やさないようにしています。
―― 数字の管理も、現場でやるんですか。
はい。原価率や人件費といった数字は、基本的に店長が現場で追っています。1年ほど前に業務システムが入って、いま原価率がどれくらいか、人件費がどうなっているかが、数字で明確に見えるようになりました。なんとなくの感覚でやるのと、明確な数字で見えるのとでは、意識がまったく変わります。そこを見ながら、日々改善しています。
―― いま、一番のやりがいはどこにありますか。
関わる人数が増えてきたので、その一人ひとりに対して自分ができることを考える。その人たちが少しでも成長してくれたり、前向きに挑戦できたりする。そんな姿を見て、後輩が育ったな、成長したなと実感できる瞬間が、いまの一番のやりがいです。
―― 飲食の仕事そのものに、感じるやりがいはありますか。
お客様から、目の前で『美味しかったよ』『また来るね』と言ってもらえること。これは、自分にとって衝撃的な体験でした。前職の建設業では、足場を組んで、塗装屋さんが塗って、また解体して……という流れで、目の前でお客様から感謝されることはなかったんです。自分が関わったものを食べて『美味しいね』と言ってもらえたときは、鳥肌が立つくらい感動しました。そこが本当に、飲食のやりがいです。
一人じゃできないことも、仲間となら必ずできる

―― プラーナには、どんな人が集まっていますか。
経歴はバラバラです。前職も本当にさまざまで、海外出身のメンバーも多い。いろんな人と関われるのが、面白いところです。挑戦したいことがあって手を挙げれば、チャンスをつかめる環境です。新しい業態もどんどん増えていて、ポジション自体も広がっています。志を持った人が上がりやすい会社だと思います。
―― 若手の活躍も多いんですか。
多いですね。自分の事業部にも、今年21歳の店長がいます。18〜19歳で入社して、2年ほどで店長になった子です。『事業部長になりたい』と本気で言っていて、そのために何をすべきかを考えながら、どんどん成長しています。若さもありますが、大事なのはそこじゃない。仕事に前向きに向き合えて、もっと良くするにはどうするかを自分で考えて、行動に移せる。そういう人が、伸びていくし、上がっていくんです。
―― 働き方の面では、どうなっていますか。
基本はシフト制です。とはいえ、個人の予定や都合はしっかり考慮します。海外出身のメンバーが『2〜3週間、国に帰りたい』というときも、社員がヘルプに入って、休める体制をつくっています。仕事だけ、プライベートだけ、ではなく、ビジネスもライフも両方取りにいく——それが、うちの考え方です。
―― 最後に、これから仲間に加わる人へ、どんなメッセージを伝えたいですか。
プラーナは、みんなが輝けるステージだと思っています。向上心を持って、自分がやりたいことを明確にして、それを実現するにはどうすればいいかを考える。そうやって動けば、自分自身も成長できるし、周りも、会社も成長していく。大企業では味わえない、自分が会社を動かしている手応えを得られる場所です。経歴も経験も関係ありません。挑戦する気持ちさえあれば、その先の景色は必ず変わります。ぜひ一緒に、成長していきましょう。
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