「好きなものや大切にしているものを、誰かと分かち合えたとき。そのときに初めて、幸せを感じられるんです。」
人に嫌われないよう、周りに合わせて生きてきた学生時代。大学で世界の広さに触れたのち、「同世代に遅れている」という悔しさを原動力に、レバレジーズで看護師の人材紹介に奔走し、全国3位の成果を残しました。
結果は出ている。それなのに、どこか満たされない——。
そんな松藤さんが、なぜOTOGIという場所を選んだのか。その原点と想いについて伺いました。
松藤涼 / コンサルタント
1998年生まれ。近畿大学卒業後、2021年8月にレバレジーズ株式会社へ入社。看護師専門の人材紹介でCA・RAの両面を担当し、全国3位の実績を残す。2025年3月に退職し、半年間ヨーロッパを旅する。2026年9月、株式会社OTOGIに入社。趣味は読書と映画鑑賞。
「嫌われないように」生きた日々と、大学で訪れた“開国”──「分かち合う」という原点
ーーこれまでのキャリアを伺う前に、まずは松藤さんご自身のことを教えてください。仕事以外では、どんなことに時間を使っていますか?
一番は読書です。小説が中心ですが、哲学や心理学の本を手に取ることもあります。
映画もそれなりに観るほうで、作品を通して自分とは違う人生に触れるのが好きなんです。
ーー読書や映画が好きなメンバーは、OTOGIにも多いですね。
僕は特に、登場人物の心理状態を観察するのが楽しいんです。
本や映画の中で出会った、大切にしている言葉もあります。アドラー心理学の『人間の悩みは、すべて対人関係の悩みである』。漫画「チ。 ―地球の運動について―」の『一生快適な自己否定に留まるか、全てを捨てて自己肯定に賭けて出るか、どちらを選ぶも自由だ』。
そして自分の生き方の軸になっているのが、映画「イントゥ・ザ・ワイルド(Into the Wild)」の『幸福が現実となるのは、それを誰かと分かち合った時だ』という言葉です。
周りの目ばかり気にしていた僕に、「こう生きたい」と思わせてくれた言葉なんです。
ーーその感覚は、どこから来ているのでしょう?
保育園の頃の夕食の時間です。父が出張がちだったので母と食卓を囲むことが多く、「竹馬がうまくなったよ」「友達と遊んで楽しかった」といった話を、母はいつも笑顔で聞いてくれました。その時間が、僕にとっての幸せの原風景です。
反対に、人の顔色をうかがうようになったのは中学時代でした。いじめを受けたこともあり、大好きな母に心配をかけたくなくて、打ち明けられなかったんです。
それでも高校で環境が変わると、少しずつ前を向けるようになりました。
ーーその後の大学生活はいかがでしたか?
一気に世界が広がり、「今の在り方にとらわれなくていいのかもしれない」と思えたんです。
中でも大きかったのが、友人に誘われて入った学生団体「キャンパスコレクション」での活動です。ゴスペルとダンスを掛け合わせたステージを企画し、運営リーダーを務めました。
合唱やオペラのサークルと交渉して演者を40〜50人集め、8,000人の観客の前でステージを届けることができました。
ーー大きな挑戦でしたね。その経験を通して、気づいたことはありますか?
好きなものを分かち合うことと、価値を生み出すことは、地続きだということです。
演者さんが全力で表現するからこそ観客の心が動き、その感動が、チケットという形でイベントの売り上げにつながっていく。
社会との接続、とでも言うんでしょうか。一人ひとりの熱量が、人を動かし、経済を回していく。その在り方を、すごく美しいと感じました。
OTOGIには、一つのことに深く向き合う「鎖国」と、世界を見て視野を広げる「開国」という共通言語があるのですが、大学時代は、まさに僕にとって最初の“開国”だったんだと思います。
遅れを取り戻すための修行。契約社員から全国3位へ駆け上がったレバレジーズ時代
ーー大学卒業後のキャリアについて教えてください。
実は、新卒では就職しなかったんです。学生団体で熱量の高い仲間と過ごした分、自分との差を痛感してしまって、社会に出てやっていける自信が持てずにいました。
周りが社会人として働き始める中、僕はアルバイト生活。でも、頑張る同世代の姿を見るうちに、「絶対このままじゃあかんな」と思うようになって。
まずは営業で力をつけて、遅れを取り戻したい。そんな“修行”のつもりで、契約社員としてレバレジーズに入社したんです。
ーーどのようなお仕事をされていたのですか?
看護師専門の人材紹介で、CAとRAの両面を担っていました。求職者の方と面談して希望を伺い、病院の紹介から選考対策までをサポートしながら、病院側にも足を運んで、どんな人材を求めているのかをヒアリングしていました。
とにかく量で取り返すしかないと思い、平日は毎日23時まで、土日も働く日々。
ただ、最初はなかなか数字が上がりませんでした。
ーーそこから、どのように成果につなげていったのでしょう?
それまでは、がむしゃらに頑張るだけで、感覚に頼っていたんです。
上司から目標を逆算する考え方を教わり、いつ何をどれだけ積み上げるかを意識するようになってから、少しずつ結果がついてきました。
ーー求職者の方との関わり方でも、何か変化はありましたか?
ありましたね。看護師さんの転職理由でよく挙がるのは「残業が多い」「人間関係がよくない」といった悩みなので、最初は条件さえ合えば納得してもらえると思っていました。
でも実際に最後の決断を左右するのは、その人の価値観やストーリーです。
たとえば「患者さんとじっくり向き合いたい」という方なら、条件が良くても流れ作業になりそうな職場には踏み切れません。「特定の領域の専門性を高めたい」という方なら、その分野を学べる環境が決め手になる。
そこまで踏み込んで初めて、本当に納得できる選択を支えられると気づきました。
ーーエージェントとしての手応えも大きかったのでは?
結果だけ見れば、基準を満たしたことによって正社員に登用され、全国3位という成績も残せました。でも正直、数字そのものにはそこまで心が動かなかったんです。
うれしかったのは、求職者の方から「松藤さんのおかげで活躍できています」「病院の社内報に載りました」などと連絡をいただいたとき。
先輩に認めてもらえたときもそうでしたが、僕の原動力になっていたのは、誰かと喜びを分かち合える瞬間でした。
「人手不足から人手不足へ」の違和感。成果の先で見つけた、本当に向き合いたいもの
ーーそれだけの手応えがありながら、退職を決めたのはなぜだったのでしょうか?
二つあります。一つは、成果を出せるようになるほど、自分が本当に大切にしたいものが見えてきたこと。
当時の環境は、生産性を重視し、仕組みを活かして一人ひとりが目標を達成していくスタイルで、学びも多くありました。そのうえで、僕は意義を感じられる目的に向かって働きたい。数字を追うほどに、その想いが見えてきたんです。
ーー成果を出したからこそ、気づけたことなんですね。
もう一つは、業界の構造そのものに目が向くようになったことです。
語弊を恐れずに言うと、人手不足の病院から人手不足の病院へ、人が移っていく感覚がありました。
紹介した方が入職すれば、エージェントとしては売り上げが立つ。でも、それで病院の課題が解決されているかというと、そうとは言い切れない。成果が出れば出るほど、その構図にどこか割り切れなさを感じるようになりました。
この構造を変えていくには、採用のあり方そのものから見直す必要があるんじゃないか。そう考えるようになったのが、大きな転機でした。
ーー退職後は、どのように過ごされていたのですか?
しばらくは、満たされないのは自分に欠陥があるからじゃないか、と自問する日々でした。
そんな中、思い切って半年ほどヨーロッパを旅したんです。日本を離れて自分を外から眺めてみると、「自分には自信がない」という見方も、あくまで一つの観点にすぎないと思えるようになりました。
振り返ると、僕の人生は「鎖国」と「開国」の繰り返しです。一人で抱え込んだ中学時代が鎖国なら、大学時代は開国。数字を突き詰めたレバレジーズ時代は再び鎖国で、退職後の旅でまた世界が開けた。
一度深く潜るからこそ、次の一歩を踏み出せるのかもしれません。
ーーその後、転職活動ではどんな企業を受けていたのでしょう?
人材紹介会社をはじめ、PRや複業支援など、企業と人の関わりに携われる会社を中心に受けていました。
ーーその中で、OTOGIを選んだ決め手は何だったのでしょうか。
一つは、「採用狭報を採用のスタンダードに」というミッションです。
バズや一過性の拡散を狙う“広報”ではなく、企業への理解度と共感度を高めて、ミスマッチのない採用と定着につなげる“狭報”。人を動かして終わりではなく、企業の採用課題そのものに向き合える。
前職で抱えていたもやもやへの答えが、そこにある気がしました。
ーーミッションが、前職での経験とつながっていたんですね。
もう一つが、カルチャーです。
OTOGIには「OTOGIを通して、人生と人間性を豊かにする。」という理念があります。選考を進める中で、それをどう体現していくのかをまとめたNotionがあることを知り、実際に見せてもらったんです。
読み進めるほど、ここまで本気で理念と向き合っている会社があるのかと、どんどん惹きつけられていきました。
前職と海外生活を経て、一般的な正解ではなく自分の軸で生きたいと考えていた僕にとって、その考え方はずっと求めていたものでした。
OTOGIはまだ10名規模なので、一人ひとりの関わり方次第でカルチャーも変わっていきます。OTOGIらしい文化を、仲間と一緒に根づかせていける。そう思えたことも、入社の決め手になりました。
「成果の理由は、カルチャーにある」と言われる組織へ──人材紹介の経験を、採用広報で活かす
ーー現在はどのような業務を担当されていますか?
Wantedlyを活用した企業の採用支援を担当し、求人の企画やタイトルの作成、社員の方へのインタビュー、記事の執筆などを行っています。
今は5社ほどを受け持ちながら、メイン担当の先輩の打ち合わせに同席したり、一部の記事を任せてもらったりと、少しずつ経験を積んでいるところです。
ーー人材紹介とは違う面白さがありそうですね。
人材紹介は求職者の方に直接アプローチできますが、採用広報はそうはいきません。記事や求人を通して届けるしかない分、成果に至るまでの変数も多く、そこに奥深さがあります。
そして、Wantedlyは条件マッチではなく、会社が目指すことや働く人の想いへの共感で人と企業をつなぐサービスです。
条件の先にある想いに寄り添う面白さを、前職で知った僕にとって、まさに挑戦したかった領域です。
ーー前職の経験が活きる場面もありますか?
社員の方へのインタビューでは、人材紹介で面談をしてきた感覚がそのまま活きていると感じます。
インタビューというと、決められた質問を順番に聞いていくイメージがあるかもしれませんが、本当に大事なのは、相手がまだ言葉にできていない想いまで引き出すこと。
それができているのは、面談で求職者の本音に色々な角度から耳を傾けてきた経験があるからだと思います。
ーー仕事以外の面では、OTOGIはどう映っていますか?
教養や趣味の話が日常的に飛び交っていて、聞いているだけでも面白いんです。
Slackには、メンバーが自由に発信できる「times_〇〇」という個人チャンネルがあるのですが、好きなものを気軽に共有できる環境は、僕にとってはとても心地いいですね。
ーー最後に、OTOGIで実現したいことを教えてください!
常に顧客を主語に考え、クライアントにとっての正解を形にできる存在になりたいです。
その先で目指したいのは、「OTOGIの成果の理由は、カルチャーにある」と言われる組織です。カルチャーを、エンゲージメントのためだけでなく、成果に由来するものにしていきたい。そこにこそOTOGIらしさがあると信じています。
そのカルチャーは、一人ではつくれません。仕事の成果も、会社をつくっていく楽しさも、一緒に分かち合える仲間と働けたらうれしいです。