働きながら育児や介護を行う従業員が増加し、その両立支援は企業にとって喫緊の課題となっている。2025年4月および10月に施行される育児・介護休業法の改正は、企業に対応を迫るものだが、これは守りの対応に留まらず、従業員のエンゲージメントを高め、強い組織を築く好機ともなり得る。
育児・介護との両立は、もはや人事部門だけの課題ではない。経営戦略として、いかに従業員のエンゲージメントを高め、持続可能な組織を築くかという視点が不可欠だ。
スリール株式会社、社会保険労務士法人グラース、ウォンテッドリー株式会社が共催したセミナー「改正育児・介護休業法の理解~企業人事が押さえておくべきポイントは~」では、法改正の詳細な解説から、制度を血の通ったものにするための企業の役割、そして両立支援が組織の「共感」と「安心」をいかに育むかについて、多角的な視点から議論が交わされた。
育児・介護休業法改正のポイントと企業の実務対応
なぜ今、育児・介護支援が“待ったなし”なのか? ~迫りくる『ビジネスケアラー』時代~
本セミナーで法改正のポイントと企業実務を解説したのは、社会保険労務士法人グラース代表の新田香織氏。新田氏は、社会保険労務士としての豊富な実務経験に加え、厚生労働省や東京都の検討委員として育児・介護関連の制度設計にも深く関与し、東京労働局で次世代育成支援対策推進法(次世代法)を担当した経験も持つなど、まさにこの分野の第一人者である。
新田氏はまず法改正の背景として、「ビジネスケアラー」、つまり働きながら介護を行う人が2030年に向けて急増するという経済産業省のデータを提示した。

このデータによれば、働きながら介護を行う「ビジネスケアラー」は2030年には介護者全体の約4割に達すると予測されており、企業にとって見過ごせない課題だ。
「少し前までは親の介護は人ごとだったかもしれないが、ここ1年でぐっと身近になったという声をよく聞く。皆さんの会社でも介護に直面する従業員は今後どんどん増える」と新田氏は警鐘を鳴らす。
続けて、介護による経済損失が日本全体で約9兆円、パフォーマンス低下も3割に及ぶという試算にも触れ、これが企業・社会双方にとって喫緊の課題であると指摘する。
さらに、介護の平均期間が約5年1ヶ月であるのに対し、現行法での介護休業は通算93日という現状を挙げた。5年超に及ぶ介護期間全てを休業で賄うのは現実的ではない。だからこそ、「介護休業をどう有効に使うか、企業は啓発する必要がある。基本は両立であり、それを会社が支援する視点が重要だ」と強調した。
2025年4月施行 改正のポイント
【介護関連の主な改正点(2025年4月1日施行)】
4月施行の改正ポイントをまとめていこう。
まず介護関連では、介護休暇を取得できる労働者の対象範囲が広がり、これまで対象外だった継続雇用期間6ヶ月未満の労働者も原則として取得可能になる。これに伴い、企業は労使協定や就業規則の見直しが求められる。また、要介護状態の家族を介護する労働者がテレワークを選択できるよう、企業に措置を講じる努力義務が課される。
さらに、介護離職を防ぐための雇用環境整備も義務化された。具体的には、介護休業等に関する研修の実施、相談窓口の設置、社内事例の収集・提供、または両立支援の方針周知といった措置のうち、少なくとも一つ以上を講じなければならない。
加えて、介護に直面した従業員から申し出があった際や、従業員が40歳に達する年度などには、関連制度や給付金について個別に情報提供し、利用意向を確認することも企業の義務となる。
【育児関連の主な改正点(2025年4月1日施行)】
育児関連の改正では、まず「子の看護休暇」が「子の看護等休暇」へと見直される。これにより、対象となる子の年齢が小学校3年生修了までへと広がり、感染症に伴う学級閉鎖や子の行事参加なども取得事由に追加される。
また、従来は労使協定により対象外とできた雇用期間6ヶ月未満の労働者も原則として休暇を取得可能となるため、企業は就業規則等の見直しが必要だ。
所定外労働(残業)の免除についても、請求できる子の年齢が小学校就学前までへと拡大され、就業規則の改定が求められる。テレワークに関しては、短時間勤務制度の導入が困難な事業所向けの代替措置として新たに追加された。加えて、3歳未満の子を養育する労働者がテレワークを選択できるよう、企業には措置を講じる努力義務が課される。
さらに、男性の育児休業取得状況等の公表義務は、その対象が従業員301人超の企業へと拡大された。これに伴い、企業は取得率の算出と公表の準備を進める必要がある。
2025年10月施行 改正のポイント
ここからは10月施工の改正ポイントを見ていく。
大きな柱として、まず3歳から小学校就学前の子を養育する労働者に対し、企業は5つの選択肢(始業時刻変更、テレワーク、保育施設の設置運営または費用補助、新たな休暇制度の創設、短時間勤務制度)の中から2つ以上の措置を講じることが義務付けられる。
さらに、子が3歳になる前の適切な時期(具体的には1歳11ヶ月から2歳11ヶ月の間)には、企業が選択した上記2つ以上の措置について、対象となる従業員へ個別に説明し、利用意向を確認することも義務化される。
加えて、本人または配偶者の妊娠・出産等の申し出があった際や、同じく子が3歳になる前の適切な時期に、企業は労働者の仕事と育児の両立に関する意向(勤務時間帯、場所、両立支援制度の利用期間など)を個別に聴取し、その意向に配慮することも義務となる。
企業が押さえるべき実務対応のポイント
これらの多岐にわたる改正に対応するため、企業は計画的な準備が不可欠である。新田氏が示した主な実務対応は以下の通りだ。

2025年4月1日施行の改正に向けて:
- 育児介護休業規程の修正(子の看護等休暇、所定外労働の制限などに対応)
- 労使協定の修正(子の看護等休暇・介護休暇における勤続6ヶ月未満の従業員の除外規定削除など)
- 個別周知・意向確認文書の作成
- 40歳到達時の情報提供文書の作成(主に介護関連)
2025年10月1日施行の改正に向けて(主に3歳から小学校就学前の子を持つ従業員の柔軟な働き方の措置関連):
- 育児介護休業規程への追加
- 労使協定への追加
- 個別周知・意向確認文書の作成
- 対象者への意向聴収文書の作成(主に育児関連)
実務対応のヒントとして、新田氏は「厚労省のウェブサイトには、規程例や周知文書の雛形がほぼ全て揃っている」とし、これらを自社用にカスタマイズして活用することを推奨した。特に40歳到達時の情報提供には、介護保険制度の概要をまとめたリーフレットの活用も効果的だという。
「介護離職者を出さないためには、研修も非常に有効。介護休業と介護休暇の違いや、介護保険制度の基礎知識を伝えるだけでも違う。そして、これらは個人の問題ではなく組織の問題として捉え、みんなで助け合う風土を作ることが大切だ」(新田氏)。
仕事と育児・介護の両立を支援する企業の役割
法的基盤の整備は不可欠だが、それが実際に機能しなければ意味がない。スリール株式会社マーケティングマネージャーの生川氏は、これらの制度を真に活かすための組織風土と、管理職の果たすべき役割について、実践的な視点から語った。
同社は「誰もが自分らしいワークライフの実現」をミッションに掲げ、長年ダイバーシティ推進に関するコンサルティングや研修を提供してきた。その豊富な現場経験から見えてくるのは、制度だけでは解決できない組織課題だ。
両立支援制度の活用には全社員にD&Iの必要性の納得感が重要
生川氏はまず、「制度を作って終わりではいけない。きちんと使っていけるような風土、社内の雰囲気を作っていくことが重要だ」と、制度運用の核心を突いた。育児や介護という個別の事象に留まらず、多様な人材が活躍できるダイバーシティ&インクルージョン(D&I)を推進する広い視野の必要性を訴え、法改正への対応もさることながら、最終的な企業の役割は「多様な人材が活躍できる組織を作ること」にあると強調する。

その実現に向けた第一歩として、比較的見通しの立てやすい育児中の社員の活躍支援から着手し、業務プロセスや働き方を見直すことで、他の両立支援にも応用可能な組織の土壌を育むことを提案した。
D&I推進の鍵を握る「管理職」の意識と行動
人事施策を組織に浸透させる上で、重要なのが「管理職」。施策の成果は、上司がその意図を正確に理解し、実行に移せるかどうかにかかっており、「管理職が納得感を持って実行できる仕掛け作りが大切」だと指摘する。
スリール社でも需要が高まっているという管理職向けのダイバーシティマネジメント研修は、まさに多様な部下の状況を個別に引き出し、それぞれの強みを活かすためのマネジメント手法だ。生川氏は、育児中の社員への対応を例に、画一的な配慮ではなく、「本人の希望やキャリアプランを丁寧にヒアリングし、期待を伝え、活躍の道筋を共に考えるコミュニケーションが不可欠」だと、個別対話の重要性を示した。
プライベートな事情のヒアリングについても、生川氏は、業務に必要な範囲であればキャリアの希望も併せて尋ねることが有効なアプローチだとアドバイスした。現状の困りごとだけでなく、将来どうありたいか、そのために今何ができるのかを共に考える建設的な対話が、社員の働きがいを高め、組織としての人材活用にも繋がるという。

そして最後に、両立支援を形骸化させないためには、単なる制度周知に留まらず、「なぜそれを行うのか、組織としてどうなりたいのかを管理職に伝え、共感を得ることが不可欠だ」と、管理職を通じた組織全体の意識改革の重要性を訴えた。
制度や仕組みで実現する仕事と育児・介護の両立支援
従業員が安心して制度を利用できる風土が整った上で、さらに一歩進んで「共感」と「安心」を組織全体で育むにはどうすればよいのか。最後に登壇したウォンテッドリー株式会社Engagement事業部長の橋屋氏は、福利厚生を戦略的なコミュニケーションツールとして捉え直し、その具体的な設計思想を提示した。
同社は「シゴトでココロオドルひとをふやす」ことを目指し、共感採用を軸としたプラットフォーム『Wantedly Visit』などを運営するほか、橋屋氏が率いるEngagement事業部では従業員の定着や活躍を支援するサービスも展開している。こうした「共感」や「エンゲージメント」を追求する同社の視点から、橋屋氏は福利厚生という観点から、企業がいかにして従業員の「共感」と「安心」を育み、仕事と育児・介護の両立を支援できるかについて語った。
福利厚生の本質は「定着」への貢献
橋屋氏はまず、「福利厚生は採用や育成にも影響するが、本質的には『定着』に貢献する施策」と定義。ハーズバーグの二要因理論を引き合いに出し、福利厚生を「衛生要因」と位置づけた。

「衛生要因とは、ないと不満を生むもの。給与や人間関係、労働環境と同様に、育児・介護支援を含む福利厚生は従業員の『働きやすさ』を支える基盤。これが欠如していると『バケツに穴が開いている状態』で、他のどんな良い施策(動機付け要因)を打っても効果が薄れてしまう」と、その重要性を訴える。
衛生要因は短期的な業績指標に表れにくいため後回しにされがちだが、「性質を見越して長期施策として、四の五の言わずに取り組む割り切りが重要」と強調。組織の土台を固めることが、従業員の安心感、そして組織への共感へと繋がる第一歩となる。
「共感」を育む制度設計のヒント
では、どのように人事制度、特に両立支援策を設計すれば「共感」が育まれるのか。
橋屋氏は、ウォンテッドリーが提唱する「共感」の重要性に触れ、「会社やチームのミッション・ビジョン、つまり向かうべき方向が明確に示され、それらを心から有意義なものだと感じ、達成することを自分の使命と感じられる状態」が共感であると説明。共感が生まれる最大の効果は「従業員と組織のベクトル(矢印)が揃う」ことだと指摘した。
この「矢印」を揃え、共感を育む人事制度を設計する上で、橋屋氏はウォンテッドリーのフレームワークを紹介。その要諦は、第一に組織として目指す方向性を明確にし、それに紐づく施策を決定・実行すること、第二に「なぜこの施策を行うのか」という意図を従業員にしっかり伝えること、そして第三に信頼の基盤となる「信用・尊重・公正・誇り・連帯感」といった要素を制度に込めることである。橋屋氏は、これら一連の取り組みの重要性を説いた。
特に育児・介護支援においては、「公平性」の観点が重要になる。「特定の属性の人だけが恩恵を受けるのではなく、誰もが多様なライフステージにおいて安心して働き続けられるよう、会社が配慮し支援するという『公平な機会提供』の姿勢が大切」と語る。
最後に橋屋氏は、制度を「企業から従業員へのギフトであり感謝の証」と捉え、「『何をあげるか』だけでなく、『なぜあげるか』という背景や感謝をちゃんと伝えるコミュニケーション」の重要性を訴えた。「育児で大変だと思うけど、会社としてはこんな未来を目指していて、あなたに活躍してほしいからこの制度を用意した、というメッセージを添えることが、共感を深める」と、具体的な伝え方の一例を示した。
企業の「思い」を伝え、真の両立支援を実現するために
本セミナーは、育児・介護休業法の改正が、企業にとって単なる義務に留まらず、従業員との信頼関係を深めるチャンスであることを明らかにした。
新田氏が解説した法改正のポイントと実務対応は、全ての企業がまず取り組むべき基礎となる。そして、その土台の上に、生川氏が強調した「制度を使うことをためらわない風土」や「管理職の理解とサポート」、橋屋氏が示した「働きやすさの確保」と「共感を呼ぶ会社からの発信」が加わることで、従業員は本当の意味で安心して力を発揮できるようになる。
今後、企業は育児や介護といったライフイベントへの支援を、経営的な視点からも重要な取り組みと位置づけ、従業員への投資として前向きに捉えることが大切だ。
この法改正をきっかけに、自社の人事制度が従業員の安心と成長、そして組織全体の活性化に繋がっているか、改めて見つめ直すことから、より良い変化が生まれることを期待したい。


