「素敵な会社に入社できてよかったと思い、モチベーションが高まった」そんな言葉から始まった今回のインタビュー。
前回の記事(※)では、FITプログラムの開発背景や概要について、心理士Yさんにお話を伺いました。
今回は、同じく心理士として現場を支える片岡さんに、FITプログラムをどのように現場で運用し、根付かせてきたのか、そして、医療現場とは異なる「就労支援」の領域で、心理士がどのような役割を果たせるのか、そのリアルなやりがいと難しさについて、深く掘り下げていきます。
(※前回の記事:認知行動療法をベースにしたオリジナルプログラム『FITプログラム』の魅力とは)
片岡 佳代子 / ニューロリワーク 春日部センター 心理士・就労支援員・生活支援員
臨床心理士、公認心理師。精神科クリニック・デイケアに10年間勤務したのち、2020年インクルード株式会社に入社。就労移行支援、自立(生活)訓練、定着支援の支援員として勤務。心理士会に所属し、FITプログラムの実施、ファシリテーター研修や、ファシリテーターから寄せられた疑問点の検討、社内向けセルフケア情報「こころホッとLetter」(以下、「社内報」という)の作成に携わっている。
就労支援の現場で心理士として働く
——なぜ心理士として就労支援で働く道を選んだのですか?
前職のデイケアで、初期の認知症の方などを担当していたとき、役割を失い自信をなくしていく姿を目の当たりにしました。でも、何かを頼まれたり、役割があると急にイキイキとされる姿をみて、病気の治療だけでなく、社会の中で働き、誰かに感謝されることで自信を回復していくプロセスに関わりたいと思うようになりました。そこで、転職を考えるようになったんです。
とはいえ、心理士が就労支援の現場で働く例は決して多くはなく、不安もありました。そこで半年ほど図書館で関連書籍を読み漁り、知識を深めながら自分に合うかどうか考えました。
それでも「やりたい」という気持ちは変わらず、転職を決意しました。
——数ある企業の中で、インクルードを選んだ理由は何ですか?
転職活動中にインクルードの求人で「心理士」と書かれているのを見て、「心理士も積極的に募集しているんだ」と感じたのがきっかけです。
そして何より心を惹かれたのは、インクルード独自のプログラムである『ブレインフィットネス』でした。当時出版されたばかりの『ブレインフィットネス・バイブル』を自分で購入して読み、そのアプローチの素晴らしさを実感しました。元々、認知症の方の脳トレにも関わっていた経験から、運動や生活習慣が脳に良い影響を与えるという考え方に深く共感しました。
FITプログラムが浸透するまで
——最初にFITプログラムに関わったときのことを教えてください。
入社して間もなく、FITプログラムの制作ミーティングに参加させてもらいました。すでにある程度形になっていて、その完成度の高さにワクワクしたのを覚えています。同時に、参加メンバーの勉強熱心さにも驚かされました。中には心理士の資格を持たないメンバーもいたのですが、外部研修で学んだことを積極的に共有したり、専門的な内容について熱心に議論したりしていて、「こんなに心理学を勉強しているんだ、私もついていけるように知識をアップデートして頑張りたい」という気持ちでした。
また、利用者さんの気持ちを大切に考えながらプログラムが作られていることや、就労支援の現場で行う際のリスクについても丁寧に話し合われているのを感じ、医療現場とは違う支援の場ならではの配慮があるのだと実感しました。
その熱意と細やかな配慮に触れ、「素敵な会社に入社できてよかった」と思い、モチベーションが高まったのを覚えています。
——プログラムの導入前はどのようなお気持ちでしたか?
インクルードにはすでに「ブレインフィットネス」という素晴らしいプログラムがあると自信を持っていました。そこにFITプログラムも加わることで、利用者さんの安定就労をよりサポートできるのではないかと思い、さらに「選ばれるサービスになるといいな」という期待を持っていました。
不安としては、最初の1回目ぐらいは「利用者さんから難しい質問や答えられない質問をされたらどうしよう」という気持ちがありました。でも実際は、質問したことについてのお話を良く聞くと、FITプログラムの内容に落とし込めることがほとんどでした。不安を作っていたのは「質問には良い答えを即答しなければいけない」という自分の認知だったようです。
今はむしろ、利用者さんから質問してもらえることが、とても嬉しく感じています。質問してもらうことで、「どこが伝わっていなかったのか」「利用者さんがどこを知りたいと感じているのか」が分かるので、こちらにとっても勉強になります。
スライドの内容を変えた方がよい場合や補足資料が必要だと感じた場合は、心理士会のフォローアップチームで話し合い、常にプログラムのブラッシュアップにつなげています。
——今やFITプログラムは、卒業生インタビューでも頻繁に「役に立った」と名前が挙がる人気のプログラムです。どのようにして、その重要性を根付かせていったのでしょうか?
そう言っていただけると嬉しいです。浸透のために、工夫してきた点はいくつかあります。
一つはアンケートの実施です。約2年前に、心理士チームのメンバーが中心となって「FITに期待すること」というアンケートを利用者さんから集めたことがありました。その結果、「自分の考えを言葉にできるようになりたい」という期待に加え、私たちが予想していた以上に「グループワーク」に対する期待が大きいことが分かったんです。
皆さん、人と話すことに関心が高いのだと改めて実感し、それ以降、ファシリテーターを務める際は、アイスブレイクやグループワークで「言葉にして話す機会」をできるだけ多く持つよう意識しました。「似たような経験をした人がいるんだ」と共感したり、「こんな風に上手に話せるんだ」と気づいたりする、やり取りの場を大切にしています。
もう一つは「ホームワーク(宿題)の習慣化」です。正直、これは今でも難しいなと感じる部分がありますが、FITプログラムで学ぶことは、実践しないとあまり意味がありません。
ですからプログラム内では、「やり方だけ知っていても、自分でやれないと意味がないですよ」という例え話をよくします。「車の運転も、やり方を知っているだけでは運転できませんよね」と伝え、職場で使えるようになるには練習が不可欠だと理解してもらうようにしています。
さらに、ホームワークを提出してくれた方には必ず肯定的なコメントを残し、「ホームワークをやることが役に立つ」という雰囲気を作るよう工夫しています。
——ただ「やってください」と伝えるのではなく、実践の重要性を伝える工夫もされているのですね。
はい、就労支援の場ならではの工夫として、「タスク管理」の視点を取り入れることもあります。
個別訓練の時間の中で、あえて「FITのホームワークに取り組む時間」を設定してもらうんです。例えば、「次のプログラムはいつだから、この日にやれば振り返りに間に合いますね」と逆算して計画する。この計算やスケジュール管理自体が、仕事に必要なスキルであることを説明するようにしています。
卒業生のインタビューで「FITが良かった」と話してくださる方は、この「実践」の部分に、通所中に熱心に取り組まれた方が多いのではないかと思います。
やりがいと成長
——では、FITプログラムにはどのような価値や意義があると感じていますか?
一番の意義は、利用者さんが「自分でやれる、できる」という状態になれること。そして、困ったことがあっても「自分で言葉にして、自分で対応できる」ようになることだと思います。
実際、FITプログラムを受講した方から「この間、自分がこんな風に偏って考えてるなって、自分で気づいたんですよ」と報告してくださった方がいました。誰しも認知の偏りが出てくるのは当然のことです。ただ、それを客観的に見て「あ、またやってるな」と少し笑い話にできるくらいになると、ストレスへもうまく対処できるようになります。
FITプログラムは、そうした「自分で気づき、対応できる状態」を目指すためのものだと感じています。
——FITプログラムは「認知行動療法」をベースにしていますが、医療機関ではなく就労支援の場で応用する際、どのような工夫や難しさがありますか?
これは、最初のミーティングでも議論されていた「リスク管理」に直結する部分です。最も重要な工夫は、プログラムが「治療の場」と誤解されないようにすることです。
私たちは利用者さんに「認知行動療法です」とは言わず、あくまで「FITプログラム」として提供しています。そして、「辛い記憶をなんとかしたい」といった過去の治療のためではなく、「現在とこれからのために取り組むもの」という位置づけを明確に伝えています。
医療現場では過去の記憶にアプローチすることを期待される場合もありますが、就労支援の場ではその期待に飲み込まれないよう、しっかり線引きをすることを常に意識しています。
—— 日々の支援に関わる中で、片岡さんご自身の成長を感じた瞬間はありますか?
本当に…日々、成長させてもらっていると感じます。先ほどお話ししたように、利用者さんからの質問を通して、自分の説明のレパートリーが増えました。
また、利用者さんが書いたワークシートを見て、「あ、ここで詰まるんだ」「ここが分かりにくいんだ」と気づき、説明の仕方や例え話を変えてみる。その繰り返しで、支援の引き出しが少しずつ増えていく感覚があります。
さらに、心理士会で行うファシリテーター研修や、支援員からの質問に回答を考える中で、「ファシリテーターがどこに説明のしにくさを感じているか」が分かってきたのも大きな成長です。自分以外の視点が加わることで、知見が大きく広がったと感じています。
—— 就労支援やリワークの現場ならではの「やりがい」はどんな点にありますか?
一番は、利用者さんの「熱量」ですね。リワークに来られる方は、「うつになったから再発しないようにしたい」といった、目的意識が非常に明確です。その分、プログラムを受けているときの熱量がこちらにも強く伝わってきます。
もう一つのやりがいは、「変化の早さ」と「気づきやすさ」です。クリニックでは通院が数週間に一度かもしれませんが、ニューロリワークは毎日通所されます。
毎日お会いすることで、支援員も利用者さんの小さな変化に気づきやすく、利用者さん自身も「できることが増えている」という変化を実感しやすいです。復職や就職という明確なゴールに向かって、短期間で変化していくプロセスに日々立ち会えることは、この仕事ならではの大きなやりがいだと感じています。
—— 日々の支援の中で「難しさ」を感じるのはどんな場面でしょうか?
FITプログラムに限らず、常に難しいと感じるのは、利用者さんのアセスメント(評価)とご本人の意思との「すり合わせ」です。
支援員としては「このやり方を続けると、将来的に困ってしまうのでは」と考えることがあります。しかし利用者さん本人にとっては、今までやってきたことを変える不安や抵抗感があるのは当然です。
利用者さんが「変わってもいい」「やれる」と思っている範囲と、私たちが「こう変わった方が後々楽になるのでは」と考えるところ。この着地点をどこに持っていくかは、本当にいつも悩みます。
利用者さんの安心・安全だけを優先すると課題がそのままになってしまい支援になりませんし、逆にこちらが変えようとしすぎても受け入れてもらえません。ペース配分や伝え方の塩梅は人によって全く違うので、日々試行錯誤です。
—— 医療現場での心理士としての経験が活かされることはありますか?
利用者さんのお話を丁寧に聞く(傾聴する)ことや、質問を通して話を引き出すことは、心理士として専門的にトレーニングを積んできた部分であり、日々の支援の中で活かされています。
それに加えて、私自身の役割の一つとして意識しているのは、「他の支援員に伝えること」です。たとえば、先ほど触れた「治療と支援の違い」や「面談とカウンセリングの違い」を言語化し、具体的に共有することで、支援員が安心して業務に臨める環境を作ることができます。
また、支援員が悩んでいる場面では、心理士の視点から「こう考えてみては」と客観的に助言できることも、支援の質を高める重要な価値の一つだと感じています。
—— 今後、心理士としてどのような役割を担いたいと考えていますか?
まずは、今やっていることの継続と改善です。FITプログラムを、より分かりやすく、生活や就労の場面で使いやすくなるよう改善し続けていきたいです。心理士会での活動や研修を通じて、FITがもっと役立つものになるよう貢献していきたいですね。
それと同時に、インクルードの社員にもFITの考え方を活用してもらいたいと思っています。社内報を通じて、FITスキルに関する発信も行っています。
私たちの仕事は、人と深く関わる仕事なので、支援員自身も日々さまざまな気持ちになります。FITで学ぶ物事の受け止め方や対処法は、支援員自身のメンタルヘルスにも必ず役立つはずです。
利用者さんへの支援の質を高めること、そして支援する支援員も支えること。この両面で、心理士としての専門性を活かしていきたいと考えています。
――ありがとうございました。
インクルード株式会社では、「ソーシャルインクルージョンを実現し、全ての人が活躍する社会を創る」というミッションの実現に向けて、ともに歩んでくれる仲間を募集しています。
今回の記事を通じて、インクルードでの働き方や心理士の役割について、少しでも興味を持っていただけたら嬉しいです。