生椎茸と乾燥椎茸
スーパーの生椎茸と、乾物売り場の干し椎茸。
同じ椎茸なのに、出汁を取ると味の深さが全然違う。
ずっと「乾かしただけでしょ」と思っていました。
実は、そこには理由がありました。
椎茸を天日干しにするのは、長持ちさせるためだと思っていました。
でも本当の目的は、旨みを増やすことだったんです。
生の椎茸には、旨み成分がほとんど含まれていません。
ところが乾燥させると、細胞が壊れます。
中にあった核酸が、酵素の働きで分解されて、グアニル酸という物質に変わる。
これが、干し椎茸だけが持つ強烈な旨みの正体です。
昆布のグルタミン酸、かつお節のイノシン酸、そして干し椎茸のグアニル酸。
三大旨み成分と呼ばれるものの中で、椎茸だけが「乾かすことで初めて旨みが生まれる」という珍しい食材でした。
しかもグアニル酸には、グルタミン酸の旨みを何倍にも引き立てる働きがあるらしく、昆布出汁に干し椎茸を合わせると旨みが跳ね上がるのは、偶然の組み合わせじゃなかったんだと知りました。
このグアニル酸が旨み成分として発見されたのは1957年、椎茸から抽出されたのがきっかけだったそうです。
歴史の長い椎茸という食材の中に、まだ100年も経っていない発見が隠れている。
当たり前だと思っていたものに、実はちゃんとした発見の歴史があった。
そのギャップが、なんだか面白いと思いました。
椎茸を選ぶ理由
調べていくうちに知ったのですが、このグアニル酸を多く含む食材は椎茸以外にほとんどありません。
強いて言えばドライトマトに少し含まれているくらいで、干し椎茸はほぼ唯一無二の存在なんだそうです。
普段何気なく戻し汁を捨ててしまっていた人間からすると、ちょっと申し訳ない気持ちにもなりました。
さらに調べていくと、戻し方にもコツがあることを知りました。
冷水で、時間をかけて戻すこと。
お湯で急いで戻すと、旨み成分が十分に増える前に終わってしまう。
逆に加熱の温度が高すぎても、せっかくのグアニル酸が壊れてしまう。
強火で一気に温度を上げたあと、じっくり弱火で保つくらいがちょうどいいらしい。
乾物ひとつを美味しく仕上げるのに、こんなに繊細な条件が重なっているとは思いませんでした。
「干せば終わり」じゃなくて、戻す人の手にも旨みが委ねられている。
そう考えると、椎茸という食材の見え方が変わりました。
プロの料理人が出汁にこだわるとき、干し椎茸を丁寧に選び、丁寧に戻すのも、こういう理屈をちゃんと知っているからなんだろうと思います。素材を作る側と、それを活かす側、両方に知識と手間が必要な食材なんだと気づきました。
正直、椎茸農家に関わるまで、椎茸のことをそんなに知りませんでした。
売り場に並んでいるものを、なんとなく買って、なんとなく食べていた。
名前も、旨み成分の名前も、考えたこともなかった。
でも中に入ってみると、乾燥ひとつ、戻し方ひとつに、こんな理屈が隠れている。
知らずに扱っていたものが、実は科学的にも奥が深い食材だったと気づいたとき、なんというか、ちゃんと知りたくなりました。
栽培の現場にいる人たちは、こういう仕組みを体感として知っているのかもしれないと思うと、聞いてみたいことがどんどん増えていきます。
たぶんこの会社にいる人たちも、最初は同じだったと思います。
椎茸のことをよく知らないまま来て、知っていくうちに、もっと知りたくなる。
ずっと当たり前に扱ってきたものの中に、まだ知らないことが眠っている。
そういう入り口が、この仕事にはある気がします。
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