何がしたいのかわからなかった私がメドレーの仕事にやりがいを感じる7つの理由

株式会社メドレーの横尾千歌と申します。

現在、メドレーが発信する各種コンテンツを内製するコンテンツ部の部長として、社内の各ライター・編集者・メディア運営ディレクターを束ねる仕事をしています。

このブログを読んでくれている方の中には「自分は何がしたいのかわからない」ということに悩んでいる方も多いのではないかと思います。私自身もかつて同じ悩みを抱えていました。そんな私がメドレーの仕事に出会うまでどんなことをしてきたのか、どこで「何がしたいかわからない」という悩みと決別できたのか、今メドレーの仕事でやりがいを感じていることは何かをお話しできればと思います。

何がしたいかよくわからなかった10代のころ

私は小さい頃から「将来何がしたいか」という質問が苦手でした。大人から聞かれるたびに「将来なんてなってみないとわからないし、今何かになりたいと思ってもいつか気が変わるかもしれないのに」と内心は思いながら、その場ではピアノの先生とか、幼稚園の先生とか、当たり障りのない夢を語ってやり過ごしていました。

初めてインターネットにふれたのは、たしか90年代半ばの10歳くらいの頃だったと思います。

あまりに感動して、その日は閲覧したページをわざわざ印刷して家族に自慢しました。以来、Eメールを覚えて、ホームページを自作するようになって、上陸したてのSNSを使うようになって、と、日本のインターネットの歴史をリアルタイムで経験していく青春時代を送ります。

インターネットは大好きでもはや中毒くらいにのめり込んでいましたが、その時代はまだディレクターというような職業を想像したこともなかったので、やはり将来何がしたいかはよくわからないままでした。

(なにがやりたいかわからなすぎて一心不乱にドラムを叩くわたし)


高校3年生で進路をそろそろ決めなければいけない18歳の頃、周りは美容師や看護師などの専門職を目指す友人が多くなっていました。しかし相変わらず私は、将来何がしたいのかよくわかりませんでした。何がしたいかよくわからなかったので、専門分野を絞らずに学べる慶應義塾大学総合政策学部を受験しました。

ところがその入試の面接で、面接官に「将来何がしたいか」と聞かれてしまいました。その場では苦し紛れに「将来何がしたいか具体的にはまだわからないけれど、何かの組織の中心にいるような人間になりたい」と答えたと記憶しています。半分は本心で、半分は面接中の口から出まかせみたいなものでした。

無事に合格して大学に入学できた私は、やりたいことを探すためにあらゆることを幅広く学びました。法学も経営学も社会学もプログラミングもデザインも、一通り授業を受けました。一番好きだったのは言語学と発達心理学です。でも、人がなぜ言葉を覚えられるのかを紐解くのがいくら楽しくてもそれが将来仕事としてやりたいことなのかは結局わからずじまいでした。

社会に出てからもやりたいこと探しの日々

そのままなんとなく教育系の出版社である株式会社ベネッセ・コーポレーションに編集者として就職しました。最初は言われたことをやるだけでも精一杯で自分は何をしたいのかを考える余裕もなかったですし、やりたいこと以上にできることもそんなになかったので、まずは目の前の仕事に一生懸命取り組みながら、ゆっくりと何がしたいのかを考えることにしました。

ある程度仕事を覚えた2年目の終わり頃、このままでいいのか悩むようになり、思い切ってIT業界に転職しようと思い立ちました。環境を変えればやりたいことが見つかるんじゃないかと思ったのです。当時ものすごく勢いがあって若手にさまざまなチャンスを与えてくれそうなグリー株式会社を選びました。転職後は早くからマネージャーを任せてもらえたり、海外に出張したり、新規プロダクトを立ち上げたりと、実際いろんなことにチャレンジさせてもらいました。


しかし一向に自分は何がしたいのかわかりません。社会人5年目の27歳あたりで、ついに悩みがピークに達しました。当時のFacebookにはしょっちゅう「何がしたいかわからない」や「何に悩んでいるのかもわからない」といったことをポストしていました。



いっそまた転職しようかと思って転職サイトを見てみると、「20代後半の女性の転職では、自分は何がしたいのかをよく考えて」といったようなコラムがわんさか出てきます。それがないから困っているというのに、どうしたものか。途方に暮れました。

ひょんなことからやり始めた仕事が天職だと気づく

そんな時に突然、介護関連の新規事業を立ち上げるというチームに異動が決まりました。なぜ私が介護・・・。介護みたいなものはもっと原体験があって思い入れが強い人がやるべきジャンルだと思っていたので、最初はブルーになったのが正直なところです。

けれどやってみたら、これが妙にぴったりの仕事だったのです。

やりたいこと探しの過程でいろんなことに挑戦してきたことが、ここに来て役に立ちました。

学生時代、発達心理学を学ぶ延長で保育士試験を受けたために社会福祉についても学んでいたことが、介護の制度・仕組みを理解する時に役立ちました。

最初に就職した出版社で紙面作りの仕事をしていたことが、パンフレットなどを制作する時に役立ちました。

プロダクトの運用をする時に事業計画を立てたりPLを書いたりしていたことが、新規事業の立ち上げそのものに役立ちました。

そして介護業界ではインターネットに詳しい人間が重宝されます。ネットばかりしてきたことそれ自体がいろんな人の役に立てることを知りました。

やりたいことがわからなくても、やれることがたくさんある。やれることをすれば人の役に立てる。悩みが一気に吹っ切れました。

幸運にもその事業はよく成長し、2015年の4月、メドレーへ事業譲渡することになります。

きっかけは事業譲渡だったけど、転職活動をしてもメドレーに辿り着いたはず

譲渡が決まった時、私個人のキャリアの選択肢としては、「引き継ぎを終えたらグリーに戻るか」「メドレーにそのまま入社するか」「はたまたそれ以外の進路に進むか」の3つがありました。ありがたいことに両方の会社から自分で進路を決めていいと言ってもらえたので、冷静に考えることができました。

それまで、安定期フェーズのベネッセ、10から100にする成長期フェーズのグリー、0から1にする立ち上げフェーズの新規事業チームと、それぞれフェーズの違う場所で働く経験をしています。

メドレーは私から見ると、1から10というこれまで経験したことのないフェーズを経験できそうな会社であり、似たようなフェーズにあるベンチャーの中でももっとも社会的意義が高い事業をしている印象がありました。

ほかにもいい会社があるのではないかと思った時期もありましたが、何社も見たうえでメドレーを選び転職してくる人たちを見て、おそらく自分も何社見ても同じ選択をするだろうと思い、そのままメドレーに入社する決断をしました。

譲渡するまで知らない会社で経営陣もメンバーも初対面の人たちでしたが、まるで昔から一緒に働いてきたかのような謎の一体感があり、この決断は間違ってなかったと日々感じています。

「何がやりたいか」より、「何にやりがいを感じるか」

今、大学入試の面接で話した言葉通り、図らずも組織の中心で仕事ができているという自覚とやりがいを感じています。

入社したてのころは基幹事業である医療介護の求人サイト「ジョブメドレー」のWebディレクション実務を中心に担っていましたが、会社やチームの成長伴い、徐々にチームマネジメントやコンテンツ編集に特化したディレクションなどに職務が移ってきました。

現在の私の役割は、メドレーの中で働く医療者やエンジニア、デザイナー、ライター、営業、カスタマーサポート、管理部門といったあらゆる人たちの真ん中でそれぞれの力をコラボレートし、価値を最大化することです。座っている位置も物理的にオフィスの中心点のあたりです。

今もまだ、自分は何がしたいのかよくわかっていません。というかもうそのことに悩まなくなりました。やりたいことがはっきりしていなくても、やりがいを感じる瞬間がたくさんあるからです。


自分の家族や友人などの身近な人たちが応援してくれること。

喜んでサービスを活用してくれるユーザーさんがいること。

文化そのものを作る過程に携わることができること。

メンバーの活躍や成長を間近に見られること。

どうやったら成功できるかを自ら考え自ら実行でき、実際に成功体験を得られること。

レベルの高い人たちに囲まれて働くことができること。

エンジニアや医師、経営者といったさまざまな職種の中でも一流の人たちが自分を頼ってくれること。


特に大きいのは、周りから頼られることです。

ときどき、「みんな医療や介護に強い思いを持って仕事をしているところで自分みたいな人間がこんな大事な仕事をしていていいんだろうか」と思う時があります。

でもそれはほんの一瞬です。なぜなら次の瞬間には社内にいる一流の人たちが、こんな自分を頼ってくれるからです。仲間のためにも一生懸命やりきらなければという気持ちになれます。

かつての私のように何がしたいかわからなくて悩んでWantedlyなどの転職サービスを覗いている人も多いと思います。 もちろん、何がしたいかが見つかってその通りの職業に就けたらそれはそれでとても幸せなことだと思います。でも、やりたいことかどうかを問わず、「自分のことを必要としてくれる場で働くこと」が、やりがいにはつながるのではないでしょうか。

そんな私は、こんな人と働きたい。

メドレーのディレクターは、医師や看護師、薬剤師といった医療従事者と常に議論しながら、未来にあるべき医療・介護サービスを作り上げていく役職です。社会的意義の高い仕事をしてみたい、と考えている人にもぴったりだと思います。

少しでもご興味湧いた方、まずはオフィスに遊びにきてぜひお話ししましょう!


Director/manager
「納得できる医療」を実現する、Webディレクターを募集!
私たちは「インターネットを通じて、医療ヘルスケア分野の課題を解決する」ことを目指しています。 自分が病気になった時、大切な家族が病気になった時、誰しもが必ず直面する「医療」。 その領域には、素晴らしい技術や力がある一方で、まだまだ深刻かつ大きな課題が存在しているのも事実です。 私たちメドレーのメンバーは、インターネットの力で「医療の新しいインフラ」の実現をしていくことでその課題を解決し、次世代の医療を変えていけると信じています。 その想いに共感し、社内には医師をはじめとした医療の領域に精通したメンバーや、大手IT企業出身者等のインターネットに精通したメンバーが集まり「医療とITが本当の意味で融合したサービス」を自社開発しています。 現在は、 ・日本の医療リテラシー向上を目指す、600名以上の協力医師によるオンライン医療事典「MEDLEY」 ・スマホで医師の診療が受けられるアプリ「CLINICS(クリニクス) 」 / クラウド型電子カルテ「CLINICSカルテ」 ・医療介護分野の人材不足を解消する国内最大級の採用管理システム「ジョブメドレー」 ・口コミで探せる介護施設の検索サイト「介護のほんね」 この4つの事業を運営しています。 私たちは、今後も新しい事業を展開する予定です。
株式会社メドレー

◆過去のメドレー社員の記事

第1回:ぼくがクックパッドを辞めてメドレーに入った7つの理由

第2回:現役ダーツプロの僕がメドレーに入社した7つの理由

第3回:デザイナーの僕がメドレーに入った7つの理由

第4回:私がドクターヘリを降りて、メドレーに入った7つの理由

第5回:ライフセーバーの私がメドレーで働く理由

第6回:私がヤフーを辞めてメドレーに入社した2つの理由

第7回:外資系投資銀行出身の私がメドレーに入った理由

第8回:Googleのエバンジェリストをやめてメドレーに入社した僕が6つに割れたバキバキの腹筋を手に入れるまでに実行した7つのステップ

第9回:今年不惑を迎えたエンジニアがメドレーを選んだ理由

第10回:年収36,000円のお笑い芸人が、メドレーに入社するまでの7つのステップ

第11回:医者にならずに7年過ごした僕がMEDLEYニュースを書く7つの理由

メドレーが提供しているサービス

・医師たちがつくるオンライン病気事典「MEDLEY

・遠隔診療ソリューション「CLINICS

・医療介護業界の求人サイト「ジョブメドレー

・介護施設を選ぶための口コミサイト「介護のほんね

株式会社メドレー's job postings
Anonymous
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